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ジブリ新作「君たちはどう生きるか」 ネットの評価が割れる背景を考察

河村鳴紘サブカル専門ライター
アニメ映画「君たちはどう生きるか」(写真:ロイター/アフロ)

 スタジオジブリのアニメ映画「君たちはどう生きるか」(宮崎駿監督)の公開から1週間が経過、公式からの宣伝は依然としてほぼないものの、ネットでは多くの人たちが同作の感想・批評を発表しています。特徴的なのは、多様な見方、賛否の振れ幅の大きさです。同作の狙いとともに考えてみます。

◇映画のレビューサイトでは両極端も

 「君たちはどう生きるか」は、2013年に公開された「風立ちぬ」以来10年ぶりとなる宮崎監督の新作です。公開前にストーリーや声優陣を明かさず、映像も出さないなど宣伝をしない戦略にもかかわらず、初週(4日間)で興収が21億円を突破し、関係者を驚かせました。

 映画のレビューサイトでは、高評価と低評価の両極端なレビューが目につきます。一方、ヤフージャパンのサービス「リアルタイム検索」では、感情「ポジティブ」の割合は、公開後から常に80%を超えています。

 つまり「君たちはどう生きるか」は、ネットにおいては、映画のレビューを書く層は賛否両論で、ライト層は好意的ということになります。それにしても、作品を考察したり、コメントをするなど、ネットで情報を積極的に発信する人たちからは、厳しい声が一定数あるのはなぜでしょうか。

◇鑑賞者が何を求めるか “合わせ鏡”

 それは「君たちはどう生きるか」の作品性が大きいと思われます。同作は、鑑賞した人に考えさせる側面が大きく、さらに鑑賞した人が映画に何を求め、どう読み取るかで評価が変わる“合わせ鏡”のような面があるからです。

 一言でいえば、作品を掘り下げる人には、考察のしがいがあります。登場するキャラクターや取った行動、設定などに対して、何を意味するのか、隠されたメッセージがあるのかを考えると、キリがありません。そして個々の解釈がパズルのように(自分なりに)つながると、知的興奮を覚えるのです。

 まず同作の中では、過去のジブリ作品と重なる部分が、一目で分かりやすく用意されています。ポスターの鳥も「誰をモデルにしているか」という考察合戦があります(面白いので、興味のある方はぜひ検索して読み比べてみてください)。こうした考察をするには、これまでのジブリ作品を知るのはもちろん、監督の経歴、考え方、アニメ以外の知識、視点の転換なども必要となります。

 しかし、アニメ映画を鑑賞するとき、そういう人ばかりではありません。誰もが楽しく鑑賞して、映画館を後にするか……という視点も、また評価の対象でしょう。

 要するに作品の「わかりやすさ」に評価の重点を置くと、「君たちはどう生きるか」が厳しい“採点”になるのも、また理解できます。宮崎監督の作品は、老若男女問わず鑑賞されますから、「最低でも誰にでも分かるようにするべき」というのも正論だからです。

 ただし「分かりづらいからダメ」といえば、一概にそうは言えないのが、エンタメコンテンツの面白いところです。過去の宮崎作品にも、解釈が難しいものはありましたし、批判を受けています。しかし「わかりづらい」とされる作品が、「難しいけれどなんとなく分かるし、先が気になる」というバランス感が取れているということも、あるわけです。そこは今は判然とせず、その一つの指標は、今後の興収などを見て考える必要があります。今年公開された映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」が、最初は一部からダメ出しをされていたのに、実は大人気だった……というのがあるわけですね。

 話を戻します。皆さんがネットで感想を出すときの考え方や狙いも、バラバラです。ただ「語りたい」という人もいれば、異なる意図を持つ人もいるでしょう。そして多くの人を感心させる考察は難しい一方で、厳しい批判であれば注目を集めやすく、人気作品であれば、批判の声も比例して増えます。つまり批判をしやすい環境にあるわけです。そして批判は、人気の裏返しとも言えます。声の大きい方が正しいわけではないのです。

 データ上では大多数の評価が肯定的なのに、評価が割れたように報道されるのは、こうした事情があるのではないでしょうか。

◇「タイパ」「コスパ」と対極

 タイトル名が示す通り、鑑賞する人たちに「君たちはどう生きるか」を問いかけている同作ですが、作中で誰にも明確に分かるかといえば、「ノー」でしょう。そもそも「どう生きるか」は、皆がそれぞれ常に考えていくことであり、簡単に答えは出るはずもありません。

 そう考えると、少なくない売り上げを犠牲にしてまで、映画のパンフレットを当日販売にしなかったことも、作品を通して訴えたいことを最優先したためではないでしょうか。パンフレットがあると、クリエーター側の制作意図が明らかになり、概ねの答えが出てしまうからです。

 かけた時間に対しての満足度を重視する考え「タイパ」や、費用対効果の「コスパ」が何かと重視される現代ですが、制作に長い期間をかけて全身全霊を打ち込む宮崎監督の作品とは、ある意味対極にあります。

 そして非効率であろうとも、考え続けることは人生において重要です。「どう生きるか」ということについて、我々に考える機会を与えてくれたこと。それが宮崎監督の“贈り物”ではないかと思うのです。

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

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