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「ドカベン」野球の駆け引き凝縮した名作 プロ野球に影響も

河村鳴紘サブカル専門ライター
「ドカベン」を紹介する秋田書店のホームページ

 人気マンガ「ドカベン」や「あぶさん」など多くの野球マンガを世に送り出した水島新司さんがマンガ家を引退することが発表され、大きな話題になりました。野球大好きのオジサン世代には衝撃と寂しさが走ったわけですが、水島作品を未読の若い世代には「ふーん」的な感じかもしれません。ですが「ドカベン」は、プロ野球選手がネタにするほどの影響力を持っています。今読んでも熱くなれる名作の魅力を説明してみます。

◇スーパー捕手も弱点あり

 「ドカベン」は、明訓高校に入学した強肩強打の左打ち捕手・山田太郎が、魅力的なライバルたちとしのぎを削る高校野球マンガで、1972年~81年に「週刊少年チャンピオン」で連載されました。後にプロ野球編などが展開されるのですが、エッセンスは「一度負けたら終わり」というトーナメントの過酷な戦いにあります。

 そしてポイントは彼が野球の“主役”である投手でなく、地味(に見られがち)な捕手であることでしょう。

 マンガの主人公と言えば、周囲を振り回す個性的なキャラやひねくれものになりがちですが、山田太郎は「気は優しくて力持ち」でして、性格は温厚です。「それでキャラが立つの?」と突っ込まれそうですが、それが立つから不思議なのです。

 それは圧倒的な実力と、完璧なようで欠点が存在していることでしょうか。ホームラン連発の長打力と、巧打力を兼ね備え、守備も一流。リードはもちろん、投手の投げやすい構え、ボールをストライクにしてしまうキャッチング(フレーミング)も持つスーパー捕手です。ですがかなりの鈍足でして、かつ緩急をつけた攻め、頭脳派・変則タイプの投手は苦手にしていたりします。

◇駆け引きの妙味

 つまり、主人公も相手に読み負ければ「打てない」ということが明確でして、野球のだいご味である投手と打者の駆け引きを凝縮しているのが名作たるゆえんです。エースの里中は、制球力が強みの変化球投手なので捕手のリードがカギを握り、捕手視点の組み立てが描かれていきます。内外角の投げ分けはもちろん、裏の裏の読み、打ち気にはやる打者を見抜くなどの心理戦ですね。

 また水島さんが野球好きだけあって、ルールにも精通しており、その盲点を突いた得点の入り方もあります。「野球は筋書きのないドラマ」という名言があるのですが、些細なプレー一つで変わる試合の流れ、野球の魅力と怖さがひしひしと伝わってきます。

 未読の方は、トーナメントなので「主人公が必ず勝つのは決まっているでしょ?」と思うかもしれません。ところが明訓は“常勝”ではありますが、無敵ではありません。そして実際に土をつけられる試合も存在します。最後の試合も、誰もが予想をしないドラマチックな幕切れとなっています。

◇裏の主役・岩鬼の存在

 “常勝”明訓、山田太郎を倒すために、多くのキャラが立ち向かってきます。宿敵(ライバル)とも言える土佐丸高校の犬飼兄弟、明訓高校でさえ1点を取るのに苦しむ白新高校の不知火、超俊足で強肩の山田太郎を振り回すいわき東の足利、かつては明訓の監督ながら明訓を倒すことに情熱を燃やす徳川監督……。

 そして山田太郎と並び、裏の主役といえるのが岩鬼でしょうか。岩鬼は山田太郎の正反対の性格で、奔放かつ気分屋でして、山田をしのぐフィジカルを持つなど、作品でも存在感があります。そしてド真ん中のストライクは打てず三振ばかりなのに、ボール球(悪球)だけは打つのです。一見するとチームの“不確定要素”として弱点のように見えますが、チームの危機を救うこともあるのです。

 なお個人的には、殿馬が印象に残る選手です。巧打堅守の二塁手で、ピアノの才能を持つ天才です。リズムを使う秘打を用いて、山田太郎が苦手にする投手を攻略します。

 ドカベンでは野球の駆け引きがベースにありつつも、岩鬼と殿馬の打法という「必殺技」的な要素があり、この“両輪”がかみ合って、マンガらしい仕掛けになっているのですね。同時に「野球は奥深い。考えることはこんなにあるんだ」と思わされる次第です。

◇最初は柔道マンガ

 ドカベンの影響力のすごさを感じるのは、プロ野球の記事やテレビ番組などで、ドカベンが分かることを前提にした発言がサラリと出ることです。福岡ソフトバンクホークスの柳田悠岐選手が理想の4番像に山田太郎を挙げたり、北海道日本ハムファイターズの栗山英樹監督が理想のチームとして明訓高校を挙げています。ちなみにドカベンのプロ野球編が始まったのは、かつてスター選手だった清原和博さんが水島さんに声をかけたのがきっかけなのは知られています。

 プロサッカーに影響を与えた「キャプテン翼」もそうですが、作品の影響力のすさまじさを実感するのは、連載が終わって10年以上が経過し、当時の読者が大人になってからなのかもしれません。

 タイトルのドカベンとは、弁当箱いっぱいに詰め込んだ大盛りの白飯に梅干しというイメージの「大きなお弁当」の意味です。山田太郎はこのドカベンを食べているのです。

 なお秋田書店のページでは、ドカベンについて「山田、里中、岩鬼ら、明訓球児が大活躍する高校野球まんがの最高傑作!!」とあります。その通りだと思うのですが、シンプルすぎて未読の人の興味は引かないであろう上に、公式なのにネット検索でも上位に表示されないのが残念です。せめてキャラクターの説明ページなどがあったりしてもいいのかなあ……と思う次第です。

 最後にドカベンを初めて読もうとする方は、コミックス7巻から本番と思ってください。最初は柔道マンガが展開されるので「あれ?野球マンガのはずなのに。間違えたかな」と思いますので、そこはお気を付けください。

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

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