マンガ「鬼滅の刃」発行部数1億2000万部のすごさ 最終巻初版数の忖度はある?

「鬼滅の刃」のコミックスが売り切れ状態になっている書店(写真:西村尚己/アフロ)

 劇場版アニメが史上最高興収(308億円)を視野に入れるなど記録的なヒットを飛ばしている「鬼滅の刃」。4日に最終23巻が発売され、マンガの累計発行部数が1億2000万部に到達しました。数字が大きすぎて実感がつかめませんので、もう少し分解してみましょう。

◇アニメ化で20倍超に成長

 「1億2000万部」と言われても、数が大きすぎてピンときません。累計発行部数では、新巻が出ると数は増えるのは当たり前ですし、数字が大きすぎて膨らめばイメージがつかみづらくなるのは仕方ありません。そこで1巻あたりの平均を出してその“成長”を追ってみます。

 まず、最終23巻が出て、各巻平均で520万部超も売れている計算になります。アニメ放送(2019年4月~9月)の開始時点の部数は1~14巻で350万部でしたから、各巻平均はちょうど25万部です。1年8カ月で20倍超になった計算です。

 なおアニメ放送終了2カ月後(2019年12月)は各巻平均約139万部(計2500万部)で、原作マンガの連載終了時(2020年5月、1~20巻)の各巻平均は300万部(計6000万部)です。何と連載が終わっても各巻平均換算で220万部も上乗せしているのです。劇場版アニメのヒットがあるといっても、ここまで新規層を上積みしたことは“伝説”になりそうです。

 そして恐ろしいのは、現在でも書店では既刊の売り切れが目につき、入荷待ちもあることです。劇場版アニメの公開前に書店に派手に平積みされるシーンをあちこちで見たにもかかわらず、しばらくたつと「売り切れ」「入荷待ち」の文字が踊りました。1億2000万部は、さらにどこまで伸びるのでしょうか。

◇「忖度」の裏にある本音

 そのヒットを受けて話題になったのは、「鬼滅の刃」の最終巻の初版部数が395万部と発表されたことでしょうか。同じ連載誌だった「週刊少年ジャンプ」の看板作品「ONE PIECE(ワンピース)」の初版最多部数を上回らなかったことから、「忖度(そんたく)だ」というネットの書き込みをよく見ました。

 しかしそれなら集英社は、本来は得られるはずの売り上げを捨てたことになりますが、ビジネスでそれはありえない話です。その前にビジネスの話をすると、コミックスで最も売れるのは1巻で、売り上げは続刊になるごとに落ちていきます。「これだけの名作なので、誰もが全巻そろえているはず」と思うのはファンの心理にすぎません。つまり1巻あたりの平均の520万部を根拠にして、最終巻の需要数とみなすのは無理があるわけです。平均値はあくまでも一つの指標に過ぎません。

 さらに「鬼滅の刃」は既刊も爆発的に売れている事情があります。むしろ既刊を欲しがるライトユーザーは、欠品が続くと購入をあきらめてしまう可能性は高いでしょう。つまり既刊を上積みする方が最終巻を増やすよりも、ビジネスの優先度ははるかに高いと言えます。そして、最終巻も既刊もこれだけ売れると、紙という資材調達もそうですし、印刷工場を押さえるのも一苦労です。

 「印刷だから部数を増やすなんて簡単でしょう? 最終巻の部数は、刷れるだけ刷れば良いだけなのになぜしない?」と考えがちですが、そんな単純な問題ではありません。書籍は返品もありますから、最終巻の部数を出せば良し!だけでなく、バランスを見て既刊をなるべく欠品しないように刷っていく必要があり、その順番を誤るとかなりの機会ロスになるのです。旺盛(おうせい)な消費者の需要に対して、的確に供給をするのは、なかなか大変なのです。それが簡単にいけば、任天堂のゲーム機「ニンテンドースイッチ」も、ソニーの新型ゲーム機の「PS5」も、高額転売のターゲットになっている人気商品は苦労はしません。

 そして現在は、電子書籍が増えている背景もあります。「電子書籍の分を見越して初版発行数を抑え、少しでも既刊の印刷に回しましょう。最終巻の発行部数は様子をみて積み増ししましょう」というのは、ビジネスとしては妥当な判断に見えるのです。

 身もふたもなくいえば「鬼滅の刃の最終巻の初版発行部数は、史上最多であってほしかった。だから納得がいかない!」という、ファンの願いが「忖度」の本音なのでしょう。初版の発行部数を作品の単純なパワーと図ろうとすると、そう見えるのかもしれませんが、背景を考えると必ずしもそうではないわけです。

 少なくとも、これだけの部数を発行し、既刊も含めて商品をそろえるのは大変なのですよ……というのは知って欲しいと思うのです。そして最終巻の初版発行部数で一喜一憂せずとも、「鬼滅の刃」は十分“伝説”になっていると思うのです。