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コロナ禍でもサッカー界は前向きに。FIFA提案の特別ルール「5人交代制」のメリットを考える。

河治良幸スポーツジャーナリスト
トータルフットボールやリベロの台頭も選手交代が影響している(写真:アフロ)

「禍も三年経てば用に立つ」ということわざがあります。「人間万事、塞翁が馬」にも通じる言葉ですが、いかなる禍でも時が経てば役に立つと言うこと。もちろん多くの命を奪い、人々の生活を苦しめるコロナが歓迎されるべきではありませんが、危機を乗り越えた上で、前向きに考えて進むことも大事でしょう。

サッカー界も世界的に活動が止まっており、一部の国・地域をのぞき、なかなか再開の目処が立たない状況が続いています。イギリスのBBCによるとFIFAが1試合5人交代制を期限付きの特別ルールとして提案しているようです。

理由は過密日程での選手の体力的な負担軽減を緩和することです。また過密日程になると怪我のリスクも増してくるため、3人より5人の方が対応しやすいこともあるでしょう。もっとも試合の進行を遅くしないため、今出ている案では交代のタイミングは3回のまま。つまり5枚の交代枠を3回で使い切るためには”二枚替え”を二度行うということになります。

球技でも同じフットボールを起源とするラグビーをはじめバスケットボールやバレーボール、野球、アメフトなどではサッカーより交代枠も多く、交代で出た選手が再度入れるルールを採用している球技も少なくありません。兄弟競技とも言えるフットサルも交代はフリーになっています。

なぜサッカーがこれだけ交代枠に厳しかというと、歴史の経緯があります。1863年に設立されたFAの定めたルールでは、90分という時間も決められていませんでした。そこから”午後3時から4時半までの”実質90分”が定められ、その後、明確に90分が規定されると、5分以内のハーフタイム休憩が許されるようになります。

当時のサッカーというのは肉体的な激しさはあったものの、体力の消耗は現在と非なるものであったことも大きいでしょう。11人制になったのも記録では1871年のFAカップが最初でした。しばらくサッカーにおける交代は認められておらず、怪我で続行が不可能な場合は反則による退場と同じく、人数が減るだけでした。

のちに負傷に限りGKは自由、フィールド選手は2人まで交代が可能になります。1953年という説も見られますが、W杯では1966年大会から。言い換えると、その時代においてもサッカーにおいて采配とほぼ同義語に使われる監督の戦術的な交代は認められていなかったわけです。

旧来のサッカーと現代サッカーでは運動量が大きく異なると言われますが、そうした競技上の事情も関係していたと思われます。負傷などに関係なく2人まで交代が認められたのは1968年のメキシコ五輪。そこから同じメキシコで行われた70年のW杯でも認められました。オフサイドのルール改正なども影響し、サッカーにより運動量が求められるようになったことが大きな理由にあるでしょう。

旧西ドイツのベッケンバウアーを代表するリベロが流行し、ヨハン・クライフを擁するオランダのトータルフットボールが一斉を風靡した流れも無関係ではありません。それと同時に試合中の選手交代が勝負の大きな鍵を握るようになり、監督が試合前の準備や戦術設計だけでなく、試合中に大きく関与できるようになりました。

有名なのは日本開催だった79年のワールドユース(現・U-20W杯)の決勝で、アルゼンチンのメノッティ監督は後半にリードされると”二枚替え”で流れを変えて、逆転勝利での優勝に導きました。サッカーにおいて監督による選手交代で勝敗がひっくり返るとこを”マジック”と呼ぶのも、こうした戦術的な交代が比較的、新しいものであるからです。

アメリカW杯があった1994年には2人+GKの交代が可能になり、1995年に現在と同じ3人までの交代が可能になります。この3人目の交代というのは非常に大きく、それまでは二枚替えをすると、いきなり交代枠が無くなってしまっていたのが、より積極的な選手交代ができるようになり、終盤に流れを変えたり、パワープレーと言ったジョーカー的な交代も可能になります。”スーパーサブ”と呼ばれる選手の出現は3人目の交代が可能になったことと大きく関係していた訳です。

その後、国際親善試合で両チームが合意した場合に6人まで交代できるなどありましたが、大きな変更はなく現代にいたっています。カップ戦など延長戦がある場合に4人目の交代が認められるようになったことは、ノックアウト方式の試合で延長戦のアクシデントを気にして、90分の中で積極的に交代カードを切らない傾向が出ていたこともありますが、現代サッカーのプレースピードが上がり、ここ2、30年でも体力的な消耗が増していること、過密日程も関係しているはずです。

こうした流れから、もともと交代枠を増やすべきというプランは方々から出ていました。遅かれ早かれ、どこかのタイミングで交代枠が増えることは間違いないですが、コロナの蔓延によりシーズンが中断し、再開後にさらなる過密日程が想定される中で、こうしたルール変更が行われるというのも転機と言えるかもしれません。

”5人交代制”は選手の過度な消耗や怪我のリスクを減らす以外に、いくつかメリットが考えられます。1つは監督の選手交代がよりアグレッシブになり、90分の中で試合の流れが大きく変わりやすくなること。しかも、3回の交代で5枚を使い切るには二度の二枚替えが必要になることで、流れが大きく変わりやすくなります。また5人まで交代が可能ということで、スタメンで出ている選手も前半からアグレッシブにプレーしやすくなります。

もう1つのメリットは多くの控え選手に出場のチャンスが与えられることです。言い換えると、これまで以上に主力の質だけでなく、選手層が鍵を握るようになってくるでしょう。デメリットがあるとすれば、従来のサッカーで醍醐味の90分間でのゲームコントロールが忙しくなり、選手が良くも悪くも”試合の駒”に近くなることです。ただ、そうしたルール変更に適した選手が出てくるのはサッカーの歴史の常とも言えます。

現状は期間限定での特別ルールとして提案されたに過ぎませんが、メリットの大きさを考えれば、そのまま正式なルールとして採用されて行く可能性もあります。あるいは90分で4人、延長戦で5人目が可能と言ったソフトランディングもあり得ますが、コロナ禍においても、サッカー界の前向きな楽しみを見出して行く要素の1つとして、効果に期待したいと思います。

スポーツジャーナリスト

タグマのウェブマガジン【サッカーの羅針盤】 https://www.targma.jp/kawaji/ を運営。 『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』選手カードデータを製作協力。著書は『ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)『解説者のコトバを知れば サッカーの観かたが解る』(内外出版社)など。プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才脳”」監修。

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