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「昇格へ狂いたまえ」。レノファ山口が”維新の地”からJリーグに激動を起こす。

河治良幸スポーツジャーナリスト

レノファ山口はJ2に昇格して5年目を迎える。JFAの技術委員長として”アギーレジャパン””ハリルジャパン”を支えた経験も持つ霜田正浩監督が就任して3年目であり、気鋭の指揮官にとっても勝負のシーズンとなる。

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レノファ山口は明治維新の主役となった長州藩のお膝元でもある山口県をホームとする2006年創設のクラブだ。「レノファ」の由来は「renovation(維新)」の頭文字「レノ」と「fight(戦う)」「fine(元気)」の「ファ」を合わせたもの。まさにサッカーを通して山口県に勇気や元気を与える存在になるべく成長を続けている。

中国リーグからスタートしたレノファ山口は2014年から社会人リーグ最高峰のJF L、2015年にはプロクラブとしてJ3、その翌年にはJ2と”スピード出世”を果たしてきた。しかしながらJ2を戦い抜いてJ1へと上り詰めることは、それまでと違う次元の挑戦だ。

数年来、レノファ山口は加入時はほぼ無名だったタレントを育てて、巣立った選手がJ1やJ2の強豪クラブで活躍するというサイクルを繰り返して来た。小野瀬康介がガンバ大阪で押しも押されぬ主力となり、2018年に22得点を挙げたオナイウ阿道(横浜F・マリノス)が昨シーズンは大分トリニータでも活躍し、日本代表に選ばれたことは記憶に新しい。

そうした選手の”個人昇格”は新参のローカルクラブにすぎなかったレノファ山口のブランディングに繋がっていることは確かだが、いよいよクラブとして本格的に昇格を狙っていく体勢が整いつつある。それは山口を代表する明治維新の志士・吉田松陰の「諸君、狂いたまえ」という有名な言葉にちなんだ「昇格へ狂いたまえ」という新シーズンのスローガンにも表れている。

実際に有望な若手だけでなく大宮アルディージャで長くキャプテンをになった菊地光将や川崎フロンターレなどで豊富な経験をもつ武岡優斗、昨シーズンはJ1のサガン鳥栖に在籍した安在和樹など、まさに今シーズン結果を出すためのタレントを獲得しており、これまで2年間温めて来たプレーモデルに新たな戦力を加えて、維新の地からJリーグに激動を起こさんとしている。

その真意を探るべく霜田監督を直撃した。

「個人昇格は嬉しいんだけど、やっぱりチームで昇格したいという気持ちの方が、みんな強くなってきている。個人昇格を喜ぶ一方で、J3に優勝した余韻に浸る時期はもうそろそろ終わってきたかなと。J2の22クラブのうち、もう半分以上がJ1を経験したクラブだから。1回もJ1に行ったことないクラブが11個あって、その中の6に入って、2に入ってと考えると、普通のことをやってちゃダメだよねということですね」

そう語る霜田監督だが昇格だけに固執している訳ではない。これまで多くのクラブがJ2からJ1に初昇格しているが、どうしても残留をするための”防衛戦”になってしまい、そこで降格したらやり直しというサイクルになりやすい。それでも財政的に耐えられるクラブは良いが、山口においてそれは難しいと霜田監督は考えているのだ。なら、上がったら落ちないクラブのプレーモデルを構築しようと。

「やっぱり長い目で見ると予算的に潤沢なクラブはエレベータをやれる体力もあるけど、こういう地方の小クラブはなかなか大変だと思うので。だから上がったら落ちないチームを作ろうと。その上がり方も、上を見据えてやろう、地力をつけて上がろうとみんなが思っている」

その霜田監督に「昇格へ狂いたまえ」というスローガンの真意を聞くと「チャレンジングですよね今回のスローガンは」と満面の笑顔で回答が返ってきた。

「目標がないと狂えないねというのがあって、もともと言葉が、自分の信じた道を貫くんだったら、周りから”あいつ狂ってるね”って言われても、そこを愚直に進むというのが本来の意味なので。ただ単に”キチガイだよね”とか”狂ってるね”じゃなくて、そこにちゃんと目標があって、信念があって、周りがなんと言おうとそこに向かって行くんだという。そういう気持ちを今年は出したかったので、多分、このキャッチフレーズが使えるのは山口だけだろうと」

ーー志としての「狂いたまえ」は理解できます。そのための霜田監督の具体的なプランを教えてください。

「何で狂うかと言うと目標を達成したいから。逆に言うと、いいサッカーをやる、魅力的なサッカーをやる、選手が成長できるサッカーをやると言うのは捨てないけれども、やっぱり目標を達成するために、J1に行くために、今までだったら理想と現実でちょっと理想をとっていた部分もあるかもしれないけど、今年は現実的にどうやったら勝ち点を取れるかとか、どうやったら負けないかとか、そっちが基準じゃないんだけど、どっちかで選ばないといけないとしたら、今年は現実的なところを選ぼうかなと」

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これまで霜田監督が率いるレノファ山口の試合を観てきて、停滞感を覚えたことは記憶に無い。しかし、そこに結果が付いて来ない試合は多々あり、主力が夏に抜けるなどの事情があったにせよ、一昨シーズンは8位、昨シーズンは15位で終わった事実がある。

「こういうキャッチフレーズを言ってしまった手前、自分にプレッシャーをかける意味でも、チームの判断基準を1つにするためにも、どこか悩んだら、いいサッカーやってるよね、ボールを支配したよね、でも負けちゃったらゼロだとそこは。と言うことで、こっち側に判断の基準を持ってこようと思って。内容を放棄することはしないし、内容を追求した先に勝利があると僕は思っているけれども、目の前の勝利にこれが必要だと思ったら、それをやろうかなと思っています」

ーー昨シーズンのJ1で優勝した横浜F・マリノスを取材する機会が多いのですが、一般的には攻撃的なサッカーを継続しているというイメージがあると思います。ただ、実際に選手に聞いてみると基本スタイルは変えないけど、その中で色々と状況判断を働かせて、相手を上回るために選手の立ち位置とか距離感を変えているようです。つまり、選手が自由に判断する場所が整理されている。うまくいかない時に変えている。そうしたことは霜田監督のレノファにも言えますか?

「もう3年目なんだけど、レノファがどう攻めて、どう守るかと言うプレーモデルを先に決めちゃっているんです。それができそうな選手に声をかけているし、それをこっちですり合わせをしている最中だけど、立ち返る場所はそこなので。そこにプラスアルファ、自分で判断しなさいと。でも基準があって、パスするのかドリブルするのか悩んだ時に、どっちがうちのプレーモデルに合っているのか。それを具体化している最中です。それは練習試合でもやろうとしてくれているし、僕らは偶然性は考えていない」

”偶然性”と相反するワードに”再現性”がある。それは単なるパターンということではなく、相手と駆け引きしながらも自分たちがトレーニングから準備しているプレーのビジョンを場面、状況に応じて意図的に繰り出していけるということ。日本サッカーの課題ともなっている”再現性”に霜田監督は就任時から取り組んで現在にいたっているのだ。

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「点を取るのは全部、意図的に再現性を高めた先にある。だから同じ1パターンはしないけれども、その状況になったら自然とそれが出てくるところは決めていやっているので。3年やっている選手はだいぶ分かっているし、途中から来た選手は今それを一所懸命、頭に叩きこんでいる最中です」

ーー具体的な戦い方は試合でチェックしたいと思いますが、その”再現性”を発揮するための霜田監督の原則を教えてください。

「原則は基本的に相手のゴールに向かうのが一番です。もちろん守るのも2つあって、自分のゴールを守るのか、相手からボールを奪うのか。二つとも守備の概念としてあるとすると、僕は基本的に相手のボールを奪いに行くと言うのを先にやる。どんな時でも。なぜかというと取ったら攻められるから。やっぱり点を取るのがサッカーの面白みだし、山口の人にサッカー面白いねと思ってもらいたい」

その1つの指標として「相手陣地でハーフコートゲームできるのが最高」と語る霜田監督だが、もちろん、ただ相手陣内でボールを回しているのでは意味がない。

「僕の中で引いた相手を崩せないという意識はあんまり無くて。僕の中では崩しているけどシュートが打てないのか、あるいはシュートが入らないのか。これはまた別問題なんですよね。崩せているけど入らないのか、そもそも崩せていないのか、ブロックの中に入れないのか。どんなに相手が引いても、横の68メートルに10人並ぶチームは無いし、ペナルティエリアの中に10人を並べるチームは無いので、絶対にスペースはあると思っていて、どんなに相手が引いても裏のスペースはあると思う。そこをピンポイントで突けるかという練習はずっとやっているんです」

例えば「ずっと相手コートでボールを持っていても、入れられない、クロスもあげられない、相手の外でボールを回しているだけ。これはあんまりやりたくない」と霜田監督は語る。

「基本的に相手の陣地でパスを回したいけど、すごく高い位置に起点を作って中に入れるとか、縦に入れるとか、そういう方法論はプレーモデルの中に入れちゃっているので、あんまり相手に引かれたからどうのこうのというのは無いです」

ーー霜田監督はヨーロッパのサッカーを観て、向こうで指導も経験していますよね。戦術設計、つまり思いつきの流動性じゃなくて、色んなやり方があるにしても立ち位置とかしっかりして、ここでスペースを作ったところに入れるみたいなことを目指している?

「それは本当にこのチームを率いるとなった時からではなくて、自分が監督をやる前から考えていた。それは好きな選手を選べるとか、ほっといても点を取れる選手がいるとなれば別だけど、世界中の監督がそんなチームで指揮をとれる訳ではないので、世界中の監督さんの9割5分ぐらいは点の取れるストライカーを常に欲しいと思っている。僕はそういう状況の中で、点が年間20点とれるストライカーが欲しいではなくて、年間20点取れるストライカーにどれだけチャンスを作れるか」

ーー例えるならオナイウ阿道ですか。

「20点取ったら(オナイウ)阿道(現・横浜F・マリノス)になるし、同じぐらいのチャンスを作ることが戦術だと思ってるんですよね。あとはトントンと決められるかはその人の能力だから「練習しろよ」と言うしかない。そこまでは何とかしてボールを運ぶからとか、GKと1対1の局面を作るから。それを決められるかは選手次第。でも、戦術をストライカーにはしたくない。阿道が20点取ったけれど”戦術=阿道”ではない。僕らの戦術の中で、40回のチャンスで20回決めたから阿道はああやって成長したけれども、そこで9番がどれだけ決められるかどうかと言うのはFWが1本もシュート打てないのはFWの責任ではない。チームの責任です」

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実際にゴールを決められるストライカーは霜田監督も欲しがっている。ただ、ボールを預ければ個人で決めてくれる選手をレノファ山口が獲得するのは難しく、霜田監督のプレーモデルでもない。「チームとして同じ絵が描けた時に」決めきってくれる選手がいれば良いのだ。新シーズンに向けてはポルトガル1部のポルティモネンセからイウリを獲得し、松本山雅から21歳の長身FW小松蓮、柏レイソルから村田和哉などを新たに加えた。

「うちは3トップが売りなので、3トップに点を取らせるサッカーをしたい。だから一昨年に良かったときは小野瀬康介(現・ガンバ大阪)が半年で10点取って、阿道が20点取って、高木大輔が10点取ってと。前の3人にどうやって点を取らせるのかというところから戦術設計をしています。だから彼らは守備をしなくていいわけじゃなくて、守備の戦術の駒に入っているから、奪った後に、7人がボールを持ったら3トップはカウンターで行っちゃうとか。だから遅攻もできるし、速攻もできるし、最終的には前の3枚に全部で10得点、10アシスト、ここは20取れみたいな言い方はずっとしてますね」

ーー2018年には前半戦だけで10得点した小野瀬選手が移籍して、チームが難しくなったこともありました。もし前半戦から躍進できた場合は主力が目を付けられるケースも出てくるかもしれません。聞きにくいですけど、夏場に戦力を留められるかどうかは1つ鍵ですよね。

「本当に毎年、毎年、声をかけてもらえるのは有り難いし、それがレノファのブランドに繋がっているのいは間違いないけど、個人昇格ではなくてチーム昇格をしたいという年だから、今年はなるべくそういう夏に声がかかったとしても、行くチームによるかな(笑)。このチームで昇格したい。選手が行くなら、お金があるとかビッグクラブとかじゃなくて、本当のその選手が生きるとかですね。そういうのじゃなかったら、うちにいた方がいいかな」

そうした昇格への気運を支えていくのはレノファのサポーターであり、山口の人々だ。霜田監督は「今年は本当に勝負だなと僕らが思っている以上にサポーターがきっと思ってくれている」と語る。

「またスローガンの話になっちゃうけど、山口県民の人たちってそういうDNAは持っていると思うので、そういう山口県民の人が心から応援したくなるチームは山口の文化とか風習とか歴史とか、そういうのに紐付けた方が親近感が湧いてくれるのかなと思っているので、そういう意味では”オール山口”で戦うシーズンにしたいですね」

レノファ山口は昇格へ狂うことができるか。J2の新シーズンが幕を開ける。

(取材:KAWAJiうぉっち 写真:記者撮影)

スポーツジャーナリスト

タグマのウェブマガジン【サッカーの羅針盤】 https://www.targma.jp/kawaji/ を運営。 『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』選手カードデータを製作協力。著書は『ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)『解説者のコトバを知れば サッカーの観かたが解る』(内外出版社)など。プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才脳”」監修。

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