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クラブW杯の現場取材を通じて感じた”世界との差”と言うこと

河治良幸スポーツジャーナリスト
切れ味鋭いドリブルで違いを生んだ安部裕葵もゴールには届かず(写真:ロイター/アフロ)

2018年のクラブW杯もフィナーレ。レアル・マドリーとアルイアインの決勝を前にアジア王者の鹿島アントラーズは南米王者リーベル・プレートと対戦。0−4で大敗した。何度か良いチャンスを作り、三度クロスバーに嫌われるなど、結果ほど内容に差があった訳ではない。チャンスの数はほぼ等分にあった。

内田篤人が「いつも言われることだけど3分の1のところ」と振り返るように、そこでいかに決めきるか、守りきるかと言うところでリーベル・プレートの方がフィニッシュとゴール前のディフェンスの両方で鹿島を上回った結果だろう。ただ、それ以上に現場で見ていて感じたのは攻撃の緩急、見えているスペースをいつ使って使わないといった攻撃の緩急、引き出しの深みはかなり差を感じた。

例えばリーベルの選手は単に正確にボールをつなぐだけでなく、中盤の味方の手前にあるスペースにわざと緩いパスを出しておいて、鹿島の選手が追いつくかどうかのところで先にボールをつついて裏を取る。そういったプレーを随所に織り交ぜてくるから、鹿島が戦術的に目立った穴が無くても結局は危険なところまで運ばれてしまう。

攻撃の緩急には”つなぐのか””運ぶのか””キープするのか”といった選択があるわけだが、南米のトップレベルのチームはそこに”ためてつなぐ”と言う選択肢が入る。わざと相手が取れるかもしれない緩めのパスを出しておいて、その逆に速いパスを通すようなプレーを織り交ぜるのだ。1試合で300〜500本パスがあるとして、30本それがあると攻撃は大きく変わる。

日本人選手でもドリブルやボールキープでためを作れる選手はいる。個人でボールを運べる、失わない自信がある選手たちは意図的にボールを持つ時間を長くして、相手のディフェンスを引きつけて裏に出す。短いパスを繋いで崩すチームではそう言う選手が効果的な働きをすることが多いのは日本でも同じだ。

しかし、パスにそうした緩急を織り交ぜるのは効果的だと分かっていても難しい。なぜか。ミスが怖いからだ。パスで食いつかせると言うのはそこにディフェンスが寄せると言うことであり、少しでも狙いと違ったボールになればカットされてカウンターを食らう危険がある。狙いのあるパスであってもミスをすればイージーなミスと同じく「ミスパス」と言われる。

もちろん結果を問われるプロであればミスが厳しく言われるのは当然だが、育成年代でそうしたミスをした時に指導者がどう接しているだろうか。ドリブルで仕掛けて奪われたら「ナイストライ」と言う指導者はいるかもしれない。しかし、緩急の「緩」を狙ったパスがうまく行かずにカットされたらどう言うことになるか。

アスリート的なというのは国や民族だけでなく、個人でも個体差があるものだ。空間認識力や発想力といったものも生まれ持っての個体差はあるかもしれない。しかし、攻撃の中でそうした緩急を入れられるかどうかは育成からのトレーニングや生活習慣により変わってくるのではないかと考えている。

準決勝で欧州王者のレアル・マドリーに止める蹴るの正確性やパスレンジ、当然アスリート能力の差も見せつけられた。それはそれでショッキングなことではあるが、筆者にとっては3位決定戦の方で見えた”差”の方が日本における育成環境と照らし合わせて難しい問題に思われた。

もちろん、それが”差”なのか”違い”なのかはチームや選手の思考にもよる。例えばレアル・マドリーの選手たちぐらい正確にボールを回し、距離のあるパスをなんでも無く通せれば、あえて危険にさわすようなパスを織り交ぜなくても攻撃を完結させることは可能だ(もちろんレアル・マドリーの攻撃にも緩急はあるけれど)。

またアスリート能力の高い選手が揃っていれば、それを押し出して相手を凌駕することも可能だし、9人で守って2人の個で違いを出せるFWにボールを集めていくといった方法も結果が出れば1つの正解だ。サッカーに唯一絶対の正解など無いわけだが、色々な球技を見ていても日本が世界で渡り合う場合にはチームとしての緩急、多彩さ、引き出しといったものは重要なキーワードである様に思う。しかも、その点で現状は明らかに足りておらず、もしかしたら世界トップレベルとの止める蹴るの差より埋まりにくい”差”であるかもしれない。

それを改善していくひとつの方法としては育成年代の指導者の選手との接し方があるし、あるいは多くのサッカーチームがフットサルを取り入れることで、より得点が入りやすく(1つのミスからの失点で問題視されにくい)、緩急での崩しが多くの場面で求めらる競技の性質をサッカーに生かす方法もあるかもしれない。アルゼンチンの”バビーフットボール”の様なストリートの環境を作りにくい日本ではサッカースクールやユースクラブの中で工夫していくことも大事になってくる。

一番は親が生活習慣の中で”狙いのあるミス”を理解し、頭ごなしに怒らない環境が普及すれば理想的だが、それはサッカー界からのアプローチだけでどうこうできるものではない。こうした問題というのは本来、鹿島アントラーズという1つのクラブからだけ語り切ることはできないのだが、2018年のクラブW杯を現場で見届けたフリーのジャーナリストは知る限り3人、4人であるので、その1人のオピニオンとして参考にしていただければありがたい。

スポーツジャーナリスト

タグマのウェブマガジン【サッカーの羅針盤】 https://www.targma.jp/kawaji/ を運営。 『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』選手カードデータを製作協力。著書は『ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)『解説者のコトバを知れば サッカーの観かたが解る』(内外出版社)など。プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才脳”」監修。

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