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横浜F・マリノスは「スペースを捕まえる」。札幌戦で見えたビジョンを象徴するシーンを解く。

河治良幸スポーツジャーナリスト
(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

10月5日に行われたJ1第29節のホーム札幌戦で2−1の逆転勝利を飾った横浜F・マリノス。これで勝ち点は38となり、元オーストラリア代表監督のアンジェ・ポステコグルーが就任して1シーズン目の前半戦は苦しい状況が続いたが、J1残留に大きく前進しただけでなく、上位でのフィニッシュも見えてきた。

【試合データ】

最も目まぐるしく変わる順位については見ていないと語るポステコグルー監督は自分たちの目指す良いサッカーができれば、結果はついて来ると主張する。その指揮官が選手たちに強く伝えるのは「スペースを見つけなさい」ということ。今季のマリノスといえばボールをつなぎながら主導権を握るスタイルが取りざたされるが、それもスペースを作り、見つけ、突いていくための手段であり、目的ではない。

現在の順位ではマリノスより上位にいるコンサドーレ札幌は”ミシャ”ことミハイロ・ペトロヴィッチ監督が掲げる流動的なパスワークをベースに、やはり攻撃で主導権を取る基本スタイルだが、主力の3人を累積警告で欠く状況で、4−3−3を基調とするマリノスに対して、通常の3−4−2−1ではなく4−4−2を採用して臨んできた。

この形は指揮官も予想していなかったというが、相手がどんな形であれ流れの中でスペースを見つける作業の原理は変わらない。そのためテクニカルエリアから特に具体的な指示を出すことなく選手の判断に委ねた。中盤の右インサイドハーフを担う大津祐樹は「そこは最初のうちに(選手間で)話し合いました」と振り返る。

試合は攻撃的な両者らしいオープンな展開になる中で、前半21分にジェイの見事なシュートで札幌が先制する。そこから反撃したマリノスが24分に自陣から左サイドにパスをつないで、ペナルティエリアの手前で受けたウーゴ・ヴィエイラが鮮やかなボールキープからゴール右に走り込む仲川輝人に通し、ディフェンスをかわしての左足シュートで同点。さらに42分には左サイドを4対4で崩し、天野純のパスを追い越しながら受けた山中亮輔のショートクロスからニアでウーゴが押し込んで逆転した。

その2つのゴールもボールを動かしながら相手のスペースを見つけ、突いていくマリノスのスタイルを表現しているが、筆者がより象徴的な崩しの形として注目したのは26分に仲川のシュートが惜しくもGKク・ソンユンに阻まれたシーンだ。それは言わば「スペースを捕まえる」と表現するに相応しい理想的なコンビネーションを見せた。

札幌のつなぎを大津が止め、ルーズボールの奪い合いのところで天野が倒されたリスタートから、マリノスはハーフウェーをやや越えた中央右エリアから松原健、扇原貴宏、松原、センターバックのチアゴ・マルチンス、左ワイドに流れた畠中槙之輔とつなぎ、左前方の遠藤渓太にボールが出る。ここには右サイドバックの早坂良太がチェックに来た。

その機に左サイドバックの山中(あらかじめ畠中より内側の前目にポジションを取っていた)が”インナーラップ”と呼ばれるウィングのインサイドを追い越していくスプリントで裏を狙い、そこにボランチの荒野拓馬が付いてきたため、遠藤はその時点で出せなかった。ただ、そこに遠藤をチェックしていた早坂も行ったことで、遠藤が前を向いてボールを持つ時間ができる。

ここから再び早坂が遠藤に対応を切り替えて前に出ると、その背後に生じた左アウトサイドのスペースに山中が開き、遠藤が中に流れてから山中に短い縦パスを通したのだが、この間に興味深いオフ・ザ・ボールの動きを見せたのがインサイドハーフの天野だ。

荒野が山中に付いていったことで生じたスペースに入り込んでパスを受けられる状況を作った。そこで相手のもう一人のボランチである深井一希がインサイドから寄せ、天野の手前にはセンターバックの進藤亮佑が構えていたため、遠藤は前方で左アウトサイドに開いた山中へのパスを選択する。

そこでボールを持った山中に対して荒野、さらに早坂がチェックに行った隙を突いて今度は遠藤が早坂の背中を取る形でペナティエリアの左に飛び出し、そのタイミングでファーサイドから走り込む仲川が左サイドバックの菅大輝より一瞬早く、山中からのグラウンダークロスに飛び込んで合わせた。

中央ではウーゴがゴール前のやや手前にポジションを取っており、マイナスのクロスを受けられる選択肢を作ると同時に、もう一人のセンターバックであるキム・ミンテを引きつけており、遠藤がディフェンスとGKの間すなわちレーンに通す状況を助けていた。最終的にはゴール前でマリノスの3トップと札幌の4バックが対する状況になったのだが、ここで天野が飛び出していかず1つ手前に止まったことにより、ゴール前が混戦にならずに崩し切れたことは1つ注目したいポイントだ。

2列目からの飛び出しに定評のある天野ではあるが、一度前に出たところから、流れを見てあえて止まることで最終的に3人のアタッカーがフィニッシュしやすい状況を生み出すと同時にセカンドボールに備える体勢を取っていた。結局この流れで一度もボールに触ることはなかったが、しっかりと崩しに関わっていることは札幌のディフェンスの動きを見れば明らか。

彼はマリノスの中でも動くだけではなく、止まることで違いを生み出すことができる。

また、この展開では攻守のバランスを取っていた大津も仲川が飛び出すタイミングに合わせてペナルティエリアの手前まできており、仮にセカンドボールが生じれば天野と大津が二時攻撃に関われたわけだ。

こうした「スペースを捕まえる」攻撃ビジョンの共有はこのシーンで象徴的に表れたが、90分の中で得点経過や時間帯によるバランスも加味しながら、チャレンジが繰り返されており、そのバリエーションも豊富であるためシーンごとに発見がある。もちろん、そのベースにはシステムが存在するが、大事なのは相手を見ながら「スペースを捕まえる」こと。開幕当初は形から入った印象もあったが、相手を見ながらサッカーができるところまでステップアップしてきているようだ。もちろんチームとしてさらなる高みを目指す上で、そのクオリティを上げて行く作業にゴールはない。

スポーツジャーナリスト

タグマのウェブマガジン【サッカーの羅針盤】 https://www.targma.jp/kawaji/ を運営。 『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』選手カードデータを製作協力。著書は『ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)『解説者のコトバを知れば サッカーの観かたが解る』(内外出版社)など。プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才脳”」監修。

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