女子W杯の連覇まであと2つとなった“なでしこジャパン”。4年前の優勝をもたらした信念と修正力とは?

準々決勝で難敵オーストラリアを破り、ついにベスト4まで勝ち上がってきた。厳しい戦いが続くことは開幕前から予想できたが、その中で自分たちのスタイルをベースとしながらも相手を分析し、勝負のポイントをものにする“なでしこジャパン”の強さを生んでいる要因の1つは4年前の経験だろう。

『サッカー番狂わせ完全読本 ジャイアントキリングはキセキじゃない』では女子サッカーのエキスパートであり、現在も精力的にW杯を取材する江橋よしのり氏に当時の話を聞きながら、当時はダークホースにすぎなかった“なでしこジャパン”がなぜ優勝できたのかをまとめている。

ここの結びにも書いてある通り、当時は4年後を考えるとある程度の世代交代も必要と筆者は考えていたし、その考え自体は今も変わらずある。ただ、ここまで前回経験者にとっても競争が無かったわけではない。その中で佐々木則夫監督が実績だけなく、連覇を目指すための実用的なチョイスをした結果であることはここまで十分に証明されている。

ロンドン五輪も含めた4年間のサイクルの中で、女子W杯までメンバーに残った選手は多大な努力をしながら、4年前の経験も活かしてカナダに辿り着いたはずだ。彼女達が厳しい戦いの中でもしたたかさや団結力を見せ、その中で度重なるケガを乗り越えてきたチーム最年少の岩渕真奈や前回は惜しくもメンバー入りを逃した有吉沙織も輝きを放っている。

まさに経験と勢いの両方を味方につけて躍進を続ける”なでしこジャパン”。4年前の優勝を振り返ることで、ここからの戦いに向けて見えてくるものがあるはずだ。

信念と修正力で勝利の女神を味方にした世界制覇

2011年ににドイツで行われた第6回女子W杯は”なでしこジャパン”こと日本女子代表がアメリカ代表とのPK戦を制し、アジア勢として初優勝を飾った。世界的には大きな衝撃を与えた結果だが、チームを継続的に見てきたジャーナリストの江橋よしのり氏は「選手たちは大会前から本気で優勝を口にしていましたし、行けるんじゃないかという雰囲気は取材する側にもあった」と語る。

「2007年のW杯はグループリーグで惜しくも敗退しましたが、直後に佐々木則夫監督が就任してから選手が伸び伸びと、ミスを恐れなくなりました。守備も高い位置でボールを奪えるようになりましたね。攻守の軸である澤穂希がトップ下からボランチに下がって、前を向いてボールを持てるようになったことも大きいです」と江橋氏。なでしこリーグで成熟した主力選手が欧州や米国のクラブに移籍し経 験値と自信を高めたことも、そうした雰囲気を作り出す要因となった。

ただ、大会が始まると日本に対してロングボールを蹴ってきたニュージーランドに苦しみ、パワーを押し出すイングランドに0−2で敗れ1位通過を逃してしまった。

準々決勝の相手は大会2連覇中で開催国のドイツ。この世界的な強豪を相手に守備の立て直しをはかったが、エースの永里(現在・ 大儀見)優季の守備に対する考え方とチームの方針にズレがあったこともあり、ドイツ戦ではハーフタイムで丸山桂里奈に交替。堅守から、ドイツでプレーする安藤梢が指摘していたという相手CBの背後を突く形で延長後半にこの試合唯一のゴールを決め、初制覇に向けて大きな勝利をあげた。

江橋氏によれば、2009年の対戦でドイツにスコアレスドローを演じたことで守備には自信を深めていたというが、グループリーグの苦戦が大一番に向け気持ちを引き締める効果があったことは確かだろう。準決勝で北欧の強豪スウェーデンを3−1と破った日本は決勝に進出。過去の戦績が0勝21敗3分のアメリカと優勝をかけて戦うことになった。

幸運だったのは“日本キラー”のエイミー・ロドリゲスが先発から外れたこと。不調が理由だったようだが、江橋氏は「岩清水など守備陣も、彼女がいないことでやりやすさを感じていたようです」と振り返る。

立ち上がりから猛攻をかけるアメリカに守勢が続き、特にサイドの仕掛けに劣勢を強いられたが「佐々木監督が抜擢した選手で、守備範囲が広くてCKとミドルの対応もしっかりている」(江橋氏) というGK海堀あゆみを後ろ支えに粘り強くしのぐ。

後半24分にモーガンの先制ゴールを許すも、試合前のミーティングでも失点後がチャンスと語っていたという佐々木監督の指示通り、選手たちは相手の隙を突いて宮間あやの同点弾に結び付けた。

延長戦の前半終了間際に、セカンドボールのクロスから相手エースのワンバックに再び勝ち越しゴールを許すが、延長後半12分には近賀ゆかりと澤のコンビで得たCKから宮間のキックにニアに飛び込んだ澤が合わせて方向を変える、見事なサインプレーで同点に。ロスタイムには縦の攻撃から一気にDFラインを破りかけたモーガンを岩清水梓がスライディングで止め、退場と引き換えに日本のゴールを守った。

こうした試合の流れはPK戦にも大きく影響したのかもしれない。アメリカは最初の3人が立て続けに外し、日本は2番手の永里(大儀見)が止められたものの、最後はDFの熊谷紗希が決め、見事 なジャイアントキリングで世界制覇を成し遂げた。

「アメリカ戦は6対4ぐらいの割合で運の方が強かったかもしれない」と江橋氏も語るが、大会までの強化と気運、大会中の修正と団結、そして逆境にも折れない精神がかみ合ったからこそ、勝利の女神を味方にできたのだろう。

ただ、サイクルがうまくはまった形での優勝は、その後のジレンマを生むものだ。“なでしこジャパン”が再び大きなタイトルを獲得するには、世代交替を含めた幾多の試練に打ち勝っていく必要があるだろう。