イラク戦「完勝」への分岐点。前半30分に迎えた最大の危機とハリルホジッチの指示

前半に3得点をあげ、その後はやや膠着したものの終盤に交代選手が躍動し、原口元気がA代表初ゴールを記録。終わってみれば4−0の完勝となったイラク戦だが、相手が本来のベストメンバーではない上にコンディションが万全とは言えず、相手として役不足だったという声も多い。

時期を考えれば日本サッカー協会のマッチメークに不満を言うのはやや無理があるものの、このパフォーマンスをアウェーや同格以上の強豪との試合でそのまま出せるかと言えば、さらなるレベルアップが必要であるし、さらなるハードワークや90分の中での素早く正確な判断が求められることは確かだ。

ただ、この試合を緩すぎた試合と評価する前に、振り返ってほしいシーンと時間帯がある。まず立ち上がりはイラクも日本にプレッシャーをかけてきたが、5分にいきなりスローインの流れから柴崎岳の絶妙なロングパスが裏を狙う本田圭佑に通り見事な先制点をあげた。さらにCKから酒井宏樹と競ったサマルの頭に当たってファーに流れたボールを槙野智章が蹴り込み、開始10分足らずで2点のリードを奪った。

そこから日本はうまく高めの位置にブロックを作りながらボールホルダーにプレッシャーをかけ、ボールを奪うと練習で見せていた様な縦志向のパスワークを繰り出してイラクのスペースを突き、ゴール前でディフェンスが跳ね返すしかない状況を何度も作り出した。

しかし、そうした流れがしばらく続く中で3点目を奪えなかった日本に対し、20分を過ぎたところからイラクがワイドに起点を作りながら攻勢をかけにきた。そして29分にイラクにとっては大きなチャンス、日本にとってはこの試合で最大のピンチが訪れる。

攻守の切り替わりで狙った本田圭佑の縦パスが岡崎慎司と合わずにイラク陣内へ抜けると、イラクはそこから右サイドで起点を作り、同サイドに開いたサマルからショートパスを受けたレビンが左サイドに大きく展開した。

この時点で左ウィングの宇佐美貴史、トップ下の香川真司、1トップの岡崎慎司がボールに合わせて同サイドにスライドしたが、右ウィングの本田も彼らと距離を開けないため左側に寄っていた。

しかし、この判断が危険な穴を生じさせた。スピードに乗ったサイドチェンジパスが本田の手前を抜けて左のオープンスペースで待つイスマイルに通ると、テクニカルな左SBは正確なファーストタッチでボールを前に出し、そのまま加速した。

イスマイルがドリブルで突き進む間に、左サイドのヤシーンが酒井宏樹と吉田麻也の間を狙って走り、さらにジャスティンとラディも縦にランニングしてきたため、日本のDFラインは後ろに下がりながらの対応を強いられた。

そしてイスマイルがバイタルエリアに差し掛かったところでヤシーンが左に流れて酒井と吉田の意識を引き付け、中央に生じたスペースにイスマイルがそのまま侵入する。

本田の追走も間に合わず、ペナルティエリア内に差し掛かったポジションで踏みとどまった吉田とヤシーンが1対1になりかけたところで、ボランチからカバーに走ってきた長谷部が内側からチャージに行く。ヤシーンは前のめりに転倒して一瞬ひやりとさせたが、ポーランド人のステファンスキ主審は笛をふかず、こぼれたボールを吉田が大きくクリアして事なきを得た。

長谷部のチャージは正当だが、もしアウェーであったり、中東のレフェリーであればPKになっていてもおかしくないシチュエーションではあった。日本にとってさらにラッキーだったのは、この直後に試合が一時中断されたことだ。

先のシーンで倒れたイスマイルがしばらく起き上がれず、日本の攻撃に対してアブドゥルアミールがファウルを取られると主審が試合を止め、イスマイルをタッチラインの外に出すためのインターバルが生じた。

その間に日本の選手たちはタッチライン際まできて水を採ったが、この間にハリルホジッチ監督が本田と酒井宏に対してかなり熱心に指示を出していた。

それがディフェンスに関することだったのは記者席からも察しがついたが、具体的にはどういう指示を出されたのか酒井宏に聞いてみると、やはり左SBのイスマイルと左サイドハーフのヤシーンに対する修正についてだった。

「イラクの左サイドがあんまり流動的じゃないという話を昨日のミーティングでしてたんですけど、今日の試合では相手の左サイドバックと、左サイドハーフの両方上がってくる時があって、そういう時にどっちがつくかを監督が言っていた」と酒井宏は振り返る。

「そこの監督の意見もしっかり飲みましたけど、その場の判断にも任せると監督も言ってたので、ピッチに起こってることを圭佑君と2人で話して、監督が言ってることを優先しつつも、次そうなったらどうしようと話はしました」

実際にこの後は右サイド(イラクの左サイド)のディフェンスがかなり安定し、また33分の岡崎による3点目を呼び込む意味でも、いい切り替えの時間になったかもしれない。

その後もセットプレーなどから散発で危険な場面はあったが、バランス良く90分をコントロールして完勝に結び付けられることができた。しかし、それも大きなピンチをギリギリの対応で乗り越え、そこからうまく修正していけたからこそだ。

イラクが彼らの本来の実力を出せなかったことは確かだし、メンバーやコンディションが万全でなかったことも含め、歯ごたえのある相手とは言えなかったことは選手たちの感想からも分かる通りだ。特にDFラインが未整備なのか、うまく統率が取れていなかったことは日本の速攻をさらに効果的なものにしていた。

しかし、最初から最後まで全てがルーズだったわけでもなければ、何の苦労も無しに楽勝できる相手だったわけでもない。そもそも試合というのは1チャンスを決められたら結果が大きく左右してしまうもので、その危険というのはホームで行われた今回の親善試合にも潜んでいた。

90分を通して組織を機能させ、個の能力を発揮しながら、試合の節目となるところで得点をものにし、失点を防ぎ、必要なところは試合中にも修正して安定させることが勝利につながる。

こういう試合の結果というのは得てして極端な評価を生みがちだ。結論としてそうした意見を導きだすことは問題ないし、色んな見方があっていい。しかし、試合の中にある現象をできる限り分析し、本質を見出してこそ真相が見えてくるのではないか。

この試合を映像で見返す価値がないと思っている人も、最初の5分間と30分前後の流れを見直してみてほしい。そこから見えてくるものは必ずあるはずだ。