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非正規の賃金、正社員の6割。安い労働力を生むことしかできないニッポンの経営者たち

河合薫健康社会学者(Ph.D)
(写真:イメージマート)

低すぎる日本の非正規賃金

いったいいつになったら、“庶民の懐“は暖かくなるのか。

1月24日に労災フォーラムが開催された直後、テレビメディアは昨年同様、いや、昨年以上に「賃上げ」という言葉を連呼し、「去年を上回る4%、5%! 中小企業も!非正規も!」と騒ぎ立てた。

一方、経団連は16日、春闘での経営側の指針を発表し、十倉会長は序文で賃上げの歯車を回すことに「日本経済の未来がかかっている」と強調。大企業の2023年の賃上げ平均3.99%(経団連集計)を超えるよう、さらなる熱量と決意で春闘にのぞむことが「社会的責務」とし、非正規雇用の賃上げや正社員登用の重要性も強調した。

正社員はもとより、非正規の賃上げを実現しないことには日本の未来はない、はずである。

日本の非正規の賃金は欧米諸国と比較しても異常なほど低い。欧米では同一労働同一賃金が徹底されているため、非正規と正規の違いは「労働時間の違い」でしかない。

そもそもEU諸国では有期雇用は基本的に禁止している国も多いし、有期雇用は企業にインセンティブを与えるとして無期雇用より高く設定している国もある。

日本でも1990年代に新しい働き方として「契約社員」が生まれた当初、「会社にしばられない働き方」として若者たちを魅了した。私自身、この時代の“若者”なのでよーく覚えている。それがいつの間にか「雇用の調整弁」となり、「安い労働力」と化し、身分格差になった。政府が進める正規への転換支援も、全くといっていいほど効果がでていない。

氷河期の正社員化支援の無足

政府が重い腰をあげ、やっと2017年度にスタートした「就職氷河期世代の人たちを正社員として雇った企業に対す る助成制度」(特定求職者雇用開発助成金〈就職氷河期世代安定雇用実現コース〉)の利用額はわずか「1割未満」。約5億3000万円の予算のうち17年度中に利用されたのは、たったの765万円(27件)、 18年度は約10億7000万円に予算を倍増したにもかかわらず、同年12月末までに約1億2800万円(453件)しか使われていない(日本総合研究所2019年5月 29日付、View point「就職氷河期世代への支援の在り方を考える」)。

2019年に政府は〝氷河期世代に能力開発を!〞という失礼な掛け声のもと、氷河期世代の正社員を3年間(20〜22年度)で30人増やす計画を打ち出した。ところが、最終年度の段階で目標の10分の1 、たった3万人しか正社員は増えなかった。おまけに656億円の予算のうち、各省庁が実施した約60事業の中には氷河期世代の人が本当に参加したのかどうか 分からない事業があるなど、めちゃくちゃである(毎日新聞2022年7月8日付「氷河期支援、効果に疑問 正社員増、目標10%」)。

「壁」に巣食うエリートたちの不始末

リクルートワークス研究所の「全国就業実態パネル調査2023」によると、2018年〜22年に転職した非正規雇用者のうち、正規雇用に移動した人は15.4%。さらに、「不本意ながら非正規雇用として就業している人」で、1年後に正規雇用転換できた人はわずか2.8%しかいなかった。また、非正規雇用で働く人のうち同一企業で正規雇用に転換した人は4.9%、不本意非正規に絞っても6.7%しかいなかった。

問題はそれだけじゃない。たとえ「正社員」に転職できても初職が非正規だと「募集要項」に書かれている採用条件を下げられるケースが存在するという。

1時間あたりの所定内給与額を正社員・正職員とそれ以外の人で比べた場合、非正規の賃金は正社員の6~7割程で、その差はこの20年間でほとんど変わっていない。

有期か無期か?は単なる雇用形態の違いであるはずなのに、経営者側の都合で「賃金格差」を当たり前にしたのだ。

この国のお偉い人たちは、いったいどこまで「非正規雇用問題」を深刻に捉えているのか。

これまでも「非正規は雇用の調整弁ではない」と言い続けていたのに、リーマンショックの時は派遣切りを行い、コロナ禍でも真っ先に非正規の人たちは仕事を失い、女性の自殺者が急増するなど、非正規という不安定な雇用形態が人間の尊厳を満たすには十分ではないことを学んだはずなのに、政治家も経済界も深くコミットしてこなかった。

正社員と非正規を隔てる壁は、想像以上に高い。

それ以上に高いのが、政治や企業の最上階で日本の行方を左右する多大な権限と責任を持つ“お偉い人たち“と、現場で働く人たちの間に立ちはだかる「壁」だ。

働く人の「命の価値」

本来、経営とは「人の可能性」を信じることであり、人の可能性を最大限に引き出すために会社は人に投資するのに、残念ながら今の日本企業は「可能性という目に見えない力」をないがしろにしている。 パート、外国人労働者、非正規社員などの「安い労働力」を作ることを経営を勘違いしている。

本来、国民経済とは「この日本という国で生活している1億2000万人超の人が、どうやって雇用・就労の機会を確保し、所得水準を上げ、生活の安定を維持するかを考え、実現すること」なのに、権力ある人たちが保身のために作り上げた「利益誘導社会」に国民経済が終始している。

いつからか私たちは「働き損社会」の慣れっこになってしまったのだ。私たちは本来、頑張ったら、ちゃんと評価されなくてはいけないにもかかわらず、だ。

「働くこと、それにどう報いるのか?」は、その国の本質的な「人」への考え方、価値観を物語るものだと。それは働く人の「命の価値」を考えることでもある。

おそらく数週間後には、春闘の結果があれこれと出てくるであろう。

その時、「非正規」という3文字をきちんち報じるメディアが、どれだけあるか?まずはそこに注目してみようと思う。

健康社会学者(Ph.D)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。 新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』話題沸騰中(https://amzn.asia/d/6ypJ2bt)。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、執筆メディア活動。働く人々のインタビューをフィールドワークとして、その数は900人超。ベストセラー「他人をバカにしたがる男たち」「コロナショックと昭和おじさん社会」「残念な職場」「THE HOPE 50歳はどこへ消えたー半径3メートルの幸福論」等多数。

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