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「氷河期世代」25年間で年収195万円減 退職課税見直しで続く無間地獄

河合薫健康社会学者(Ph.D)
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

いったいどこまでこの国は、愚策のツケを“氷河期世代”に払わせるつもりなのか。

 政府は16日、今年の「骨太の方針」を決定し、退職一時金課税制度を見直し、労働移動を促すことが盛り込まれた。企業があの手この手で講じてきた“45歳過ぎたらお引き取り願いたい策”に加え、国が「会社に長くいてもいいことな~にもないから。次行こっ! 次!」という増税策に踏み切ったわけだ。

 退職所得課税に白羽の矢がたったのは、リストラの嵐が吹き荒れた1990年代初頭だ。「退職所得課税って、経済復活の邪魔になるんじゃね?」という経済成長の阻害要因説が指摘され、その後は賃金の高いシニア世代をなんとしてでも切りたい大御所たちが、「優遇措置があるから転職しない」だの、「優遇措置があるから会社にしがみつく輩が増える」だの、「雇用の流動化の邪魔」だの難癖をつけ続けた。

 そして今回、岸田文雄政権が掲げる「新しい資本主義」と「どうにかして増税したい国」と「シニア社員を切りたくて仕方がない経営者たち」の思惑が一致し、「やりましょう!」ってことになったのだろう。ある意味において・・・悲願達成、である。

 骨太の方針に盛り込まれた「新しい資本主義」の実行計画には以下のように記されている。

ーー退職所得課税については、勤続20年を境に、勤続1年当たりの控除額が40万円から70万円に増額されるところ、これが自らの選択による労働移動の円滑化を阻害し ているとの指摘がある。制度変更に伴う影響に留意しつつ、本税制の見直しを行う。

 勤続20年に相当するのは40代。いわゆる「氷河期世代」だ。かつて大炎上した「45歳定年説」を、政府が実現させようとしているのだ。

 改めて言うまでもなく「氷河期世代」を作ったのは経営者側のご都合であり、会社組織の人口ピラミッドをいびつにしたのも経営者側の問題である。なのにその責任を省みることもなく、景気が回復してもこれといった手立てを国も企業もしなかった。やっと、本当にやっと6年前に重い腰を上げたが、どれもこれも全く問題解決に至っていない。

 17年度にスタートした「就職氷河期世代の人たちを正社員として雇った企業に対する助成制度」(特定求職者雇用開発助成金・就職氷河期世代安定雇用実現コース)の利用率はわずか「1割未満」。1割、そう、1割にさえ届いていない。

 約5億3000万円の予算のうち、17年度中に利用されたのは、たったの765万円(27件)。18年度は約10億7000万円に予算を倍増したにもかかわらず、同年12月末までに約1億2800万円(453件)しか使われていなかった(日本総研19年5月29日付「Viewpoint『就職氷河期世代への支援の在り方を考える』」)。

 また、19年に政府は“氷河期世代に能力開発を!”という失礼な掛け声の下、氷河期世代の正社員を3年間(20~22年度)で30万人増やす計画を打ち出した。ところが、最終年度の段階で、目標の10分の1にすぎない、たった3万人しか正社員が増えていないことが分かった。

 しかも、656億円の予算のうち、各省庁が実施した約60事業の中には、氷河期世代の人が本当に参加したのかどうか、分からない事業があったという(毎日新聞22年7月8日付「氷河期支援、効果に疑問 正社員増、目標の10%」)。

 それだけではない。

 私の過去のメモを見返したところ、日本経済新聞が2012年7月30日付朝刊で、若年層の就業者が勤続年数によって、「どれだけ賃金が上がるか?」をシミュレーションしていた。その記事では、2000年に働き始めた世代は、勤続年数を経ても2倍程度にしか賃金が増えず、そのまま横ばいになる可能性があり、それより以前に就職した人たちより、生涯所得が最大で3割減るとしていた。

 では、実際はどうだったか。

 内閣府によると、バブル崩壊後の1994年から2019年までの25年間で、年収の中央値は「550万円から372万円へ」と著しく減少。特に45~54歳では、1994年の826万円から195万円も下がった。しかも、氷河期世代を含む「35~44歳の単身世帯」の所得のボリュームゾーンは、1994年の500万円台から、300万円台へと200万円ほども減少している。

【年代別中央値の変化】

25~34歳 470万円→429万円 ▲41万円

35~44歳 657万円→565万円 ▲92万円

45~54歳 826万円→631万円 ▲195万円

55~64歳 560万円→532万円 ▲28万円

65歳以上  50万円→38万円 ▲12万円

 むろん使っているデータも、対象も同じではない。しかし、日経新聞の10年前の予想を上回る“地獄”が続いていると解釈しても間違いではない。70歳まで働くとして30年近く続く残りの人生を、どう稼げばいいのかさえ見通しが立たない賃金の低さだ。その上、退職金まで手をつける、と。

「僕たち氷河期世代は、パワハラ、長時間労働、低賃金の三重苦に耐え、精一杯生きてきました。恩恵を受けるのはいつも次の世代です。報われなさに絶望します」

「今は、働き方改革で労働時間が短くなったけど、若い世代は家庭もプライベートも充実できていいなと思う」

「上の世代のようになりたくないので、自分も勉強してるけど、記憶力が落ちて効率が悪くて悲しい」

「この先も不透明ですし、厳しい状況が一生続くのが、私たちの世代なんだろと思う」

 これらは全て、私が聞いてきた氷河期世代の「悲鳴」だ。

彼らはただ就職するときの時期が悪かったというだけで、無間地獄を生かされている。

 すべては“上”の問題なのに経営者側の問題を問うこともない。あげく勤続20年を境にだと? なぜ、この国はこんなにも長期雇用を嫌い、シニア社員を嫌い、明後日の方向ばかり見て足元を疎かにするのか。

 これでは純粋に「この会社で最後まで頑張ろう!」と考えていた、やる気あるシニア社員まで、長年身に付けたスキルと「住宅ローンもあるし困ったね」といった生活問題とをてんびんにかけるようになる。これは会社や国を支える土台を潰すようなものだ。

 そもそも長期雇用が生産性に負の影響を及ぼすなんてエビデンスはどこにもないのに、雇用流動化さえ実現すれば経済は回る! 成長できる! と妄信し続けている。経営者の資質や責任を省みることなく、ひたすら働く人のお尻をたたき続けている。

 超高齢社会で、40歳以上が雨後の筍のように増え続けている現状を鑑みれば、これがいかに愚策かくらいわかるはずだ。

 「人」の可能性を信じ、すべての社員の才能やアイデアを引き出し、受け入れない限り、その会社が潜在能力を最大限発揮することはできない。この当たり前にいつになったら気付いてくれるのだろうか。(次回は中高年のリスキリング問題について取り上げる)

健康社会学者(Ph.D)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。 新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』話題沸騰中(https://amzn.asia/d/6ypJ2bt)。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、執筆メディア活動。働く人々のインタビューをフィールドワークとして、その数は900人超。ベストセラー「他人をバカにしたがる男たち」「コロナショックと昭和おじさん社会」「残念な職場」「THE HOPE 50歳はどこへ消えたー半径3メートルの幸福論」等多数。

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