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同一労働同一賃金で「賃金は上がりますか?」「いいえ、下がります」

河合薫健康社会学者(Ph.D)
著者:aperture_lag

私たちは「一億総活躍」への挑戦を始めます。

最も重要な課題は、一人ひとりの事情に応じた、多様な働き方が可能な社会への変革。そして、ワーク・ライフ・バランスの確保であります。

(中略)

非正規雇用の皆さんの均衡待遇の確保に取り組みます。短時間労働者への被用者保険の適用を拡大します。正社員化や処遇改善を進める事業者へのキャリアアップ助成金を拡充します。契約社員でも、原則一年以上働いていれば、育児休業や介護休業を取得できるようにします。更に、本年取りまとめる「ニッポン一億総活躍プラン」では、同一労働同一賃金の実現に踏み込む考えであります。

これは1月22日の通常国会で、安倍首相が行った施政方針演説の一部である。

この答弁から二ヶ月後の23日、政府は「同一労働同一賃金」の実現に向け、労働法や経済の専門家らによる検討会の初会合を開いた。

4月中に実現に必要な制度上の論点を整理した上で、合理的に賃金差が認められる具体例を示すためのガイドラインの策定作業に着手。労働契約法とパートタイム労働法、労働者派遣法の改正も視野に入れ、法制化を検討するのだという。

改めて言うまでもなく、非正規と正規雇用の賃金格差は大きい。

非正規社員男性の生涯賃金は(約6200万円)、正社員の4分の1で(正社員男性=約2億3200万円。みずほ総合研究所の試算)、特に40代になるとその差は歴然としてくる。

また、正社員の賃金カーブは50歳代前半をピークとする山型であるのに対し、非正規はフラットなため、もっとも差が広がる50~54 歳男性の平均年収は 200万円近くの差がある(非正規234.1万円、正社員435.8万円 「厚生労働省・賃金構造基本統計調査」)。

さて、これでこの賃金格差はなくなる? 確かになくなるかもしれない。

だが、今回の「同一労働同賃金」に向けた取り組みで、低賃金が解消され、一億総活躍社会に“光”が差した……? それは大きな間違いである。

「非正規雇用の皆さんの均衡待遇の確保に取り組みます」ーーー。

実は、この一言がもつ意味は、想像以上に大きい。

均衡――。今まであまりスポットの当たる言葉ではなかった、この言葉。今後は、この「均衡」という二文字が、労働者の賃金に大きな変化を与えるキーワードになるにちがいない。いや、「なる」と断言しよう。 同一労働同一賃金を考える上で、「均等」か「均衡」かは極めて大きな意味と、大きな違いを持っているのだ。

「均等」とは、一言でいえば「差別的取扱いの禁止」のこと。国籍、信条、性別、年齢、障害などの属性の違いを賃金格差(処遇含む)に結びつけることは許されない。仮に行われたとすれば、労働者は損害賠償を求めることができる。

一方、「均衡」は、文字通り「バランス」。「処遇の違いが合理的な程度及び範囲にとどまればいい」とし、「年齢が上」「責任がある」「経験がある」「異動がある」「転勤がある」といった理由を付すれば、「違い」があっても問題ない。

つまり、均等の主語は「差別を受けている人」だが、均衡は「職場」。「均等」では、差別を受けている人(=処遇の低い方)を高い方に合わせるのが目的だが、「均衡」では低い方に高い方を合わせても問題ない。

そもそも50年以上前の1951年にILO(国際労働機関)では、「同一価値労働同一賃金」を最も重要な原則として、第100号条約を採択しているが、この根幹をなすのは「均等」である。職種が異なる場合であっても、労働の質が同等であれば、同一の賃金水準を適用するとし、一切の差別を禁止している。

ジョブ型でない日本独特の働き方では、年齢や経験など職務給が存在しているため、同一労働同一賃金を実行するのは容易いことではない。だが、「均衡」を重要視し続ければ、その職務給を都合よく廃止できる。

「非正規の賃金が上がるんじゃなくて、正社員の賃金が非正規並みになるってことだな」

「そうだよ。今の賃金カーブをやめて、40代以上の賃金を下げるってことだろ?」

「ほとんどが管理職になれていないから、40代だけがアベノミクスの恩恵はマイナスなのに。もっと下げろってこと?」

「流れから言ってそうでしょう。非正規をなくすっていってるんだからさ」

「だいたいただ単に、非正規の賃金を上げたいだけなら、最低賃金上げて底上げすりゃいいだけなのに、あえて“同一労働同一賃金”なんて、耳障りの良い言葉使ってるだけだぞ」

そう。そのとおり。「非正規を企業が雇用するワケ」という原点に戻れば、自ずと方向性は見えるはずだ。そして、もっともアンラッキーな待遇を受ける可能性が高いのが“氷河期世代”だ。この先、正社員の賃金の「50 歳代前半の山頂」は崩れ落ちることになるだろう。

本音では、「正社員をなくしたい」現政権にとって、既に「アベノミクスの穴」にハマっている“氷河期世代の勝ち組”たちをどんどんと厳しい状況に追い込むことで、前例を作っていく手はずは着々とそろってきているのだ。

なぜ、安倍首相の演説で、「均衡待遇の確保」としっかりうたっているのか? なぜ、昨年の通常国会で野党3党が推進法案を提出したとき、「同じ仕事なら賃金も同水準にする均等待遇」という文言が、「同じ仕事であっても責任などに応じたバランスが取れていればよい均衡待遇」に修正され成立したのか? 

そして、なぜ、今あえて「均衡」だの「均等」という文言を政府側は使わず、「欧州でも年功序列などの賃金差が認められている例がある」という事例ばかりと強調するのか? なぜ、この文言ばかりが某放送局でしきりに繰り返されているのか?

まさしく限りなく黒に近いグレー。一度手を出した“快感”から抜けるのは、容易ではないのである。

健康社会学者(Ph.D)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。 新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』話題沸騰中(https://amzn.asia/d/6ypJ2bt)。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、執筆メディア活動。働く人々のインタビューをフィールドワークとして、その数は900人超。ベストセラー「他人をバカにしたがる男たち」「コロナショックと昭和おじさん社会」「残念な職場」「THE HOPE 50歳はどこへ消えたー半径3メートルの幸福論」等多数。

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