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仕事より、家庭がストレス?!ー犠牲になる子どもに苦悩するワーキングマザーたちー

河合薫健康社会学者(Ph.D)
著者:limaoscarjuliet

「家庭より、職場の方が、ストレスがない?」――。

こんな衝撃的な研究結果が、先日、米ペンシルベニア州立大学の研究チームの調査で、明らかになった。

ストレスホルモンと呼ばれる“コルチゾール”が、家庭にいる時の方が恒常的にかなり多く分泌されていたのである。しかも、より多くの女性が、「家庭にいるときより、職場にいるときのほうが、ハッピーな気持ちだわぁ~」と答えた。

「わかる~!! だって家に帰ると秒刻みの戦争! マジ、疲れる」

「ダンナが家事を手伝ってくれないと、確かに、ストレス溜まるよね~」

「仕事なんで家事に比べりゃ、屁だよ!」

などなど、「なんとなく分かる~~」派も多かったに違いない。

なんせ、仕事に疲れ切って家に帰った途端に、“セカンドシフト(第2の勤務)”が始まるのだ。

やれ、食事の準備だ! それ、皿洗いだ! ほれ、ゴミ捨てだ! 子どもの宿題だ! っと、限られた時間で、次々を“勤務”をこなさなければならない。

「家庭の時間を大切にしたい」という気持ちと、「ゆっくり1人で休みたい」という願望が、入り乱れる。

とにかく忙し過ぎて、自分の体力を完全に超えた“シフト”に、心と身体が悲鳴を上げるのだ。

では、前述の調査結果について、少々説明しておこう。

この論文のタイトルは、

「Has work replaced home as a haven? Re-examining Arlie Hochschild’s Time Bind proposition with objective stress data」

直訳すると、

「もはや、家庭ではなく、職場がホッとできる場所? ホックシールドが提唱した、「時間の板挟み状態(Time Bind)」を、客観的なストレス指標によって再検証する」

といった感じになる。

Time Bindとは、「共働き家庭の壮絶な忙しさと、心の葛藤」を意味し、米カリフォルニア大学名誉教授のホックシールドが、1997年に、著書「The Time Bind: When Work Becomes Home and Home Becomes Work」の中で、初めて使ったもの。副題に「職場と家庭の逆転現象=When Work Becomes Home and Home Becomes Work」なんて刺激的なタイトルをつけたこともあり、全米で一大センセーショナルを巻き起こした。

ホックシールドは、1990年代、全米有数のファミリーフレンドリー企業(仕事と家庭の両立に積極的に取り組んでいる企業)に勤めるワーキングマザーたちが、時短勤務や在宅勤務などの制度を使わず、自ら進んで、子供と過ごす時間を、時間外労働にあてている事実に直面した。

なぜ、彼らは、職場で時間を費やすのか? 家庭でいったい何が起きているのか?

そこで明らかになったのが、“職場と家庭の逆転”だったのである。

非人道的な場所だった職場は、生産性向上のために、必死に労働環境の改善に努めた。

人を大切にする企業であればあるほど、「やればやっただけ」評価し、職場の人間関係を円滑にし、「家庭を犠牲にしなくていいぞ。自分のペースで働いてくれ」と、さまざまな制度を充実させ、やさしい言葉を投げかけた。

その結果、働く人たちにとって、職場は、魅力的な場所になった。

一方、仕事で疲れ果てて家に帰っても、やさしい言葉でねぎらってくれる人は誰もいない。常に時間に追われ、夫とは家事や育児で度々衝突し、反抗期の子どもに悩まされる。仕事以上に、思った通りにことは運ばない。

「家庭がいちばん」「家族との時間を大切にしたい」と思いながらも、家庭にいるときの息苦しさから逃れたくて、仕事に没頭する。「子どもに悪い」「夫に申し訳ない」と思いながらも、仕事を選ぶ“もうひとりの自分”がいる。

母との大切な時間が減り、寂しい子どもたちは、母親の注意をひこうとわざと反抗したり、問題を起こす。そんな子どもとの関係を繕うための、“サードシフト(第3の勤務)”に母親たちは、さらに疲弊する。まさしく、「時間の板挟み状態(Time Bind)」。仕事と家庭が複雑に絡み合い、苦悩する母親たちの存在が浮き彫りになった。

「労働が苦痛でしかないよりは、仕事の喜びを感じ、職場で誇りを持てるほうが幸せだろう。だが、これは子どもの犠牲のうえに成立している。職場環境の改善ばかりが注目されるが、家庭のあり方も同時に考えるべきじゃないのか?」

そう、ホックシールドは世間に訴えたのである。

そして、今回。「職場と家庭の逆転現象」を、ペンシルベニア州立大学の研究チームは、ecological momentary assessment(EMA)という、「現象を、その瞬間に評価・記録する方法」で再検証した。

研究グループは、1日6回、決められた時間にアラームが鳴るように設定されたタブレットを被験者に配った。被験者は、アラームが鳴ると、(1)場所(仕事or 家庭)、(2)気分(ハッピーかどうか? を6段階で評価)、(3)ストレス(ストレスを感じているかどうか? を6段階で評価)、(4)コルチゾール値(頬をこすり測る)、の4項目を端末に記録するように指示されている。

このEMAを生かし、その場(職場 or 家庭)の記録を、統計的に比較したのである。

その結果、次のことが明らかになった。

(1)性別、既婚・未婚、子どもの有無に関係なく、職場にいるときのほうが家庭にいるときより、コルチゾール値が低かった。

(2)既婚者を、「子どものいる人」と「いない人」に分けて分析した結果、どちらも「職場」のコルチゾール値の方が低かったが、子どものいるグループでは、その差が小さかった。

(3)男性と女性に分けて分析した結果、どちらも「職場」でのコルチゾール値の方が低かったが、女性が「職場」でポジティブな気分を感じていたのに対し、男性は「家庭」だった。

(4)収入を高中低の3つのグループに分けて分析した結果、すべてのグループで「職場」のコルチゾール値の方が低かったが、収入が高いグループでは、その差が小さかった。

これらの結果を受け、研究グループのリーダーであるダスマク准教授は、次のようにコメントしている。

「職場にいるときのほうが家庭にいるときより、コルチゾール値が低いという結果は、ホックシールドの仮説と一致するものである。職場の仕事が有償であるのに対し、家庭の仕事は退屈でそれほど報いのあるものではない。それが、家庭のストレス度を高めている可能性は高い。特に女性は、家事や育児をより多く担っている分ストレスも多く、職場にいる方がホッとできるのだろう」

つまり、Time Bind が提唱されてから、10年以上たっても、ワーキングマザーたちの苦悩は改善されていない。もちろん対象も違うし、この調査がそのまま一般化できるものではないし、Time Bindを検証するとしながらも、時間的切迫度は調べていないのには少々問題がある。

だが、女性だけでなく男性も、それでもって、独身も、家庭が“ストレスの場“となってしまったのかを考えさせる、興味深い結果であることは間違いない。

そして、おそらく。この調査を日本でしたら……。ワーキングマザーの“ストレス反応”は、もっともっと顕著に出ていたかもしれない、などと思ったりもする。

なんせ、家事や育児に対する社会の理解は、かなり乏しい。家事=楽、 仕事=過酷 そんな風に考える人もいれは、家事=女性 仕事=男性 と、今だにオッサン社会は改善されず、時短勤務を快く思わない人たちもたくさんいる。いや、頭では理解しているのだと思う。でも、「なんで、俺が穴を埋めななきゃいけないんだ?」と心が拒絶してしまうのだ。

「1日中ごめんなさいと言い続けている」―ー。そう嘆くワーキングマザーが、たくさんいる。

保育園に遅刻した時、会社に遅れて着いた時、17時に残業せずに帰る時、保育園の迎えが遅れた時、帰宅後夫に夕飯はまだと言われたとき……。いつもいつも、ごめんなさいと言い続ける。

「仕事のほうが100倍楽! 家に帰りたくない……」―ーー。そんな気持ちになったとしても、仕方がない。

「だから、昔みたく女性は家事、男は仕事って、割り切ればいんだよ!」

そう言う人もいるかもしれない。

でも、それは違うと思う。

だって、男であれ、女であれ、結婚していようと、未婚だろうと、子どもがいようと、いなからろうと、「バランスの取れた人生を手に入れたい!」と、願っている“だけ”なんじゃないのか?

“昔”に戻ることよりも、何が人生で大切なのか? 社会全体が、“今”のみんなの問題として、取り組む必要があるのだと思う。

良い職場にしようと改善してきたように、家庭も、どうあるべきか? どうしたいのか? 新しい働き方を模索するように、新しい家族、家庭のあり方を、考えてみる価値は十分あるのではあるまいか?

そして、私たち自身も、もっと自分の能力を発揮したい、もっとやりがいを感じる仕事がしたい、もっと子供と関わっていたい、もっと愛する人と時間を共有したい──。

そうやって、ただただ、すべてを手に入れるために「もっともっと」と無限に求めるのではなく、限られた環境、限られた能力、限られた資源の中で、「これでいい」と思える感覚を持たなくてはならない。

だって、オトナが権利と自由を手に入れたツケが、子どもにいくなんてかなしすぎる。そして何よりも、「職場のほうがストレスがない」だなんて、ちょいと、虚しいじゃないですか……。

健康社会学者(Ph.D)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。 新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』話題沸騰中(https://amzn.asia/d/6ypJ2bt)。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、執筆メディア活動。働く人々のインタビューをフィールドワークとして、その数は900人超。ベストセラー「他人をバカにしたがる男たち」「コロナショックと昭和おじさん社会」「残念な職場」「THE HOPE 50歳はどこへ消えたー半径3メートルの幸福論」等多数。

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