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「うるさい!降ろせ!」-泣き叫ぶ“赤ちゃん”を巡るジレンマ

河合薫健康社会学者(Ph.D)
著者:Gonzalo Merat

「もうやだ!飛び降りる!」とさかもと未明さんは、出口 に走り、

「睡眠薬を飲ませればいい」と堀江貴文さんは発言し、炎上した。

もう昔の話ではあるけれども、私が客室(CA)だったときにも、泣きやまない赤ちゃんの声に、「子供を降ろせ!」とお客さんに迫られたことがあった。

そう、“赤ちゃんの泣き叫び問題”は、昔から存在したのだ。

で、ことが“泣くのが仕事の赤ちゃん”だけに、そこにいる当事者たちは、実にしんどい。ブチ切れる人も、耐える人も、仕方ないでしょと寛容な人も、そして、赤ちゃんのお母さんも……、誰もが、それぞれの立場でジレンマと苦悩と同情で感情が割れる。

ネットで話題になっているのを見るだけでも、息苦しいですよね。

だって、「子どもは乗せるな!」なんて意見に嫌悪感を抱く自分、「泣き叫ぶ赤ちゃんもおかあさんも大変だったろうな」と思いやる自分、そして、心のどこかで「赤ちゃんにずっと泣かれるのは……、ちょっと嫌かも」と、“さかもとさん的感情“抱いてしまう自分と、そのどれもが入り乱れ、事態を許容する気持ちと、許容できないかもしれない気持ちが、複雑に絡みあってしまうのだ。

「なんらのルールとか、設備とかが、必要かもしれませんね」なんて、ごもっとも!な意見をいう人もいるけれど、どんなにルール作りや設備投資したところで、必ずと言っていいほど網の目からこぼれ落ちる事態は起こる。

人間の心の動きを100%コントロールすることなど不可能。「これで完璧だ!」と思ったところで、必ずや「マジ?」というようなクレームは出る。それが人間社会だ。

そこで、こういった場面で頼りになるのが、“現場の力”。

先日、マンション横の一方通行の道で、大きな荷物を持った年配の女性がタクシーを止めた。私の車の前を走っていたタクシーが止められたのだ。そこは多くの車が抜け道として使う道。見る見るうちに私の後ろに車が止まり、ちょっとした渋滞となった。

ところが、タクシーの運転手さんはおばあさんが乗りやすい、歩道のブロックのないところでドアが開くように車をゆっくりと動かすだけで、車から降りることもなく、歩くおばあさんを待つばかり。

この事態に、私の車のに続く後ろのドライバーたちがイラついているのがバックミラー越しに見えた。私自身も、「まったくも~。何で運転手さん降りてきて、おばあさんの荷物を持ってあげないんだろう。何なら私が行くか!」と、動かない運転手に少しばかりイラついてしまったのだ。

すると後ろに並んだ車の中に同じタクシー会社の方がいたようで、突然走って出てきて私たちに向かって深々と頭を下げた。かなり年配の方だった。そして、おばあさんの荷物を持ち上げて手を取り、サポートを始めたのだ。

それに気がついたのだろう。止まっていたタクシーから運転手さんが慌てて下りてきて、おばあさんの手を取り、やさしくドアを開けておばあさんを乗せた。

20代後半と思しきかなり若めの運転手さんは、サポートに入ったベテランの運手さんに促されるように、私たちの方に頭を下げて、車を出したのである。

恐らく後方からベテラン運転手が出てこなければ、クラクションを激しく鳴らす人たちが出てきたに違いない。きっとそれを聞いたおばあさんは悲しい気持ちになっただろうし、クラクションを鳴らす運転手に怒りを覚える人もいたはずだ。

でも、辛うじてそういった事態にはならなかった。すべては、サポートに入った運転手さんが、真っ先に私たちに向かって深々と頭を下げたから。そして少しでもスムーズにおばあさんが乗れるようと動いたから。 

現場力とは、その場の状況やその場の空気を即座に読み取り、「今、何をすべきか?」の順序づけを判断でき、行動に移せる力。スキルやテクニックではどうすることもできない心を和ませる心の動き。時にそれは、「この人に任せておけばいい」という安心であったり、「自分のことをないがしろにしていないな」といった満足感だったりもする。

もちろん若い人でいいのだけれども、不測の事態であればあるほど、経験を積んだベテラン社員の現場力が求められる。

肉体的な機能は20代をピークに衰えていくが、知力、知能などの精神的機能は年齢とともに緩やかながらも上昇する。人生経験というお金では買えないベテランならではの“力”。彼らの知見を最大限に生かす。

飛行機ではベテランのCAさん、新幹線では車掌さんや運転手さんの、現場力が鍵を握る。

ちょっとしたアナウンスを入れるだけでも、空気は変わるに違いない。

DJポリスならぬ、DJドライバーを、ベテラン社員は目指す。それジレンマ解消の手立てになるのではないか。

だって、クレームを言う人はクレームを言えばすっきりするかもしれないけれど、クレームの棚に上げられた人が受けたダメージは永遠に続く。そのダメージを最小限するためにも、現場力に目を向ける。公共の場では、いろいろな立場で、少しずつ工夫をする。誰の心にも少なからず潜む、さかもとさん的感情や、堀江さん的意見が“刃”にならないように……。

※この記事は、日経ビジネスオンラインに2012年に掲載した「JALの機内で起きたブチ切れ事件で問う“現場の力”」を加筆・修正しています。全文をお読みになりたいかたは、以下をご覧ください

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20121125/239988/?P=1

健康社会学者(Ph.D)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。 新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』話題沸騰中(https://amzn.asia/d/6ypJ2bt)。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、執筆メディア活動。働く人々のインタビューをフィールドワークとして、その数は900人超。ベストセラー「他人をバカにしたがる男たち」「コロナショックと昭和おじさん社会」「残念な職場」「THE HOPE 50歳はどこへ消えたー半径3メートルの幸福論」等多数。

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