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南海トラフ地震 深刻なトイレ不足となる 必要なトイレ数は約9,700万回分 

加藤篤特定非営利活動法人日本トイレ研究所 代表理事
(提供:USMC/アフロ)

2018年の西日本豪雨、2019年の台風など、近年は深刻な水害が多く発生しています。

新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言は解除されましたが、引き続き感染拡大を防止するための取り組みは必要です。このような状況下だとしても、自然災害は容赦ありません。これからの時期は、とくに水害への備えを徹底する必要があります。

また、震災に関しては、首都直下地震や南海トラフ地震などの巨大地震がいつ起きてもおかしくないと言われています。

災害時のトイレパニック

災害時は水洗トイレが使えなくなることでトイレパニックが起こり、感染症の発生や体調不良によって死に至ることもあります。

トイレに行きたくなるタイミングは、私たちが思っているよりずっと早いのです。熊本地震でのアンケート調査では、発災から6時間以内に73%もの人がトイレに行きたくなったという結果が報告されました。

水洗トイレは、給排水設備、電気設備、汚水処理施設等がすべて機能してこそ成り立つシステムです。被災によりいずれかひとつでも機能が停止すると、水洗トイレは使えなくなります。しかし、多くの人は水洗トイレが使えないことに気づかずに使ってしまうため、これまでの災害において避難所等では便器が大小便で満杯になり、劣悪な状況になりました。

トイレが不便になったり不衛生になったりすると、私たちは出来るだけトイレに行かなくて済むように、水分の摂取を控えてしまいます。そうしてしまうことで脱水となって体調を崩し、エコノミークラス症候群等で死に至ることもあります。また、多くの人が使用するトイレは、ドアの取っ手や洗浄レバーなど、同じ箇所にも触れるため、新型コロナウイルス感染症や感染性胃腸炎などを蔓延させるリスクの高い場所でもあります。つまり、災害時のトイレ問題は命にかかわるということです。

図:特定非営利活動法人日本トイレ研究所 作成
図:特定非営利活動法人日本トイレ研究所 作成

仮設トイレが3日以内に行き渡ったと回答した自治体は34%

災害時のトイレはどのように備えるべきかを考えます。

避難所に行けば仮設トイレがあると思う方もいるでしょう。しかし、そんなに都合よくはいきません。仮設トイレはトラック等で運んでくるため、仮設トイレが素早く設置されるかどうかは道路事情に左右されます。地盤沈下や建物倒壊、浸水等を考えると、すぐに来るとは思えません。東日本大震災において、仮設トイレが3日以内に行き渡ったと回答した自治体は34%で、最も日数を要した自治体は65日でした(調査:名古屋大学エコトピア科学研究所 岡山朋子氏)

また、2020年に当研究所が関東地方の35自治体にアンケートをしたところ、「災害用トイレの備えは、想定避難者数に対して足りていますか?」という問いに、「足りている」と回答したのはわずか26%でした。

調査・作成:特定非営利活動法人日本トイレ研究所
調査・作成:特定非営利活動法人日本トイレ研究所

この状況からすると、多くの地方公共団体ではトイレの備えが不足すると考えられます。

2020年5月29日に中央防災会議幹事会から発表された「南海トラフ地震における具体的な応急対策活動に関する計画」には、趣旨として以下のように記載されています。

(1)南海トラフ地震では、被災地方公共団体及び家庭等で備蓄している物資が数日で枯渇する一方、発災当初は、被災地方公共団体において正確な情報把握に時間を要すること、民間供給能力が低下すること等から、被災地方公共団体のみでは、必要な物資量を迅速に調達することは困難と想定される。

(2) このため、国は、被災府県からの具体的な要請を待たないで、避難所避難者への支援を中心に必要不可欠と見込まれる物資を調達し、被災地に物資を緊急輸送するものとする(これをプッシュ型支援と呼ぶ。)。その際、被災府県は、できる限り早期に具体的な物資の必要量を把握し、必要に応じて国に要請する仕組み(これをプル型支援と呼ぶ。)に切り替えるものとする。また、被災地における物資の供給体制が安定し、被災府県主体による調達・供給体制が見込まれる場合は、速やかに国から被災府県による体制に移行するものとする。国は、物資調達・供給の実施にあたっては、通常の民間経済活動として行われる生産・流通体制の維持・早期回復に十分配慮して行うものとする。

出典:南海トラフ地震における具体的な応急対策活動に関する計画

発災後4日目から7日目までに必要となる災害用トイレの量

この仕組みを時系列で整理すると、発災から3日間は家庭等の備蓄と被災地方公共団体における備蓄で対応し、プッシュ型支援の必要量は、発災後4日目から7日目までに必要となる量を見込むとなっています。

では、発災後4日目から7日目までに必要となる災害用トイレの量はどのくらいだと思いますか?

答えは、9,700万回です。

出典:南海トラフ地震における具体的な応急対策活動に関する計画の概要(内閣府(防災担当))

民間業者からの調達および自治体の公的備蓄により南海トラフ地域以外の地方公共団体から調達したものをすべて投入できたとしても、約7,000万回不足することになります。驚く数字です。要するに絶望するほど足りない、ということです。流通備蓄に関しては、今回のマスク不足の経験から、市場に出回るまでには、かなり時間がかかることが予想できます。

国及び地方公共団体には、トイレ対策を早急に検討する必要がありますが、私たち市民としてもこの現状をしっかりと認識し、一人ひとりが自分と家族等を守るためにトイレを備えることが必要です。

さらに、冒頭で述べた通り、今は新型コロナウイルス感染症予防を考えながら避難生活を送る必要があります。簡単に言うと密集しない避難です。自宅が大丈夫であれば在宅避難、親戚や知人宅、ホテル・旅館等への避難も考えられます。そのとき、トイレの備えがなければ、いずれの場所でも避難生活は成り立ちません。つまり、それぞれの場所においてもトイレの備えが必要ということです。

一人ひとりが備えるべきものは「携帯トイレ」

避難所や施設としてのトイレ対策は別の機会に説明したいと思いますが、ここでは一人ひとりが自助として備えるべき「携帯トイレ」について説明します。

携帯トイレは、既設トイレの便器に取り付けて使用する袋式タイプで、大小便を吸収シートもしくは凝固剤で固めて保管することができます。処分方法については地方公共団体に確認することが必要ですが、可燃ごみとして処理・処分する場合が多いです。携帯トイレの利点は、使用できなくなった水洗トイレの便器にかぶせて使用することが出来るので、夜間や悪天候時においても外のトイレに行かなくてすみます。また、エレベーターも止まっている可能性が高いので、トイレのたびに階段で昇り降りすることも回避できます。災害時のトイレの初動対策として、携帯トイレは必需品です。新潟県中越地震や東日本大震災、西日本豪雨、北海道胆振東部地震、台風19号のときなどで有効活用されました。

参考

台風19号、武蔵小杉(神奈川県川崎市)のタワーマンションでのトイレの取り組み

携帯トイレの必要数は、大雑把に計算すると1人当たり35回分となります。

1日5回(トイレ回数)×7日(備蓄日数)=35回分

これをもとに、2人家族なら70回、3人なら105回と計算してみてください。いざという時に、水と食料の支援は早いですが、トイレは遅れます。多くの人が気づかないからです。トイレは健康面と衛生面に関わるので、安心できるもの、使いやすいものを選ぶべきです。様々なタイプが開発されていますので、よりよいものを選んでください。こちらのサイト(災害用トイレガイド)で紹介されている携帯トイレは、性能(吸収量や凝固継続期間など)が表示されていますので、参考にしてください。また、照明や手指消毒剤なども併せて備えるようにしてください。

参考:携帯トイレの使い方

http://toilet-magazine.jp/disaster/360

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特定非営利活動法人日本トイレ研究所 代表理事

災害時のトイレ・衛生調査の実施、小学校のトイレ空間改善、小学校教諭等を対象にした研修会、トイレやうんちの大切さを伝える出前授業、子どもの排便に詳しい病院リストの作成などを実施。災害時トイレ衛生管理講習会を開催し、人材育成に取り組む。TOILET MAGAZINE(http://toilet-magazine.jp/)を運営。〈委員〉避難所の確保と質の向上に関する検討会・質の向上ワーキンググループ委員(内閣府)、循環のみち下水道賞選定委員(国土交通省)など。書籍:『トイレからはじめる防災ハンドブック』(学芸出版社)、『もしもトイレがなかったら』(少年写真新聞社)など

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