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これだけ変わった米国のコロナ対応環境 バイデン大統領に見る感染者の生活は?

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
コロナ感染で隔離中もZoom会議に出席するバイデン大統領(7月25日)(写真:ロイター/アフロ)

米国大統領がコロナ感染症にかかったら?

 市中ではマスク着用者をほとんど見かけない米国だが、今まで以上に感染力の強いオミクロン変異株の派生型「BA.5」が主流となり、新型コロナ感染は全米各地で急増している。BA.5は免疫回避力があるのでワクチン接種済みでも、コロナ感染歴がある人でも感染する例が少なくない。

 どれだけ感染しやすいかと言えば、徹底した感染対策をしている米国立アレルギー感染研究所のアンソニー・ファウチ所長が6月に感染し、7月21日にはバイデン大統領の感染が明らかになったほどだ。

 世界がすでに2年半もコロナ感染症に悩まされ、いまだに制御できない状況にうんざりする一方で、2020年10月2日にトランプ前大統領が感染を発表した時に比べると、米国の状況は大きく変わったことに気づく。

 トランプ前大統領の時はまだワクチンもなく、治療も手探りだった。ご本人は市民に「コロナを恐れるな」と言っていたが、自身の陽性の公表を3日も遅らせたのは、「米国大統領がコロナ感染」というニュースがもたらす影響だけでなく、新型コロナという未知の病気への不安があったのかもしれない。

 実際トランプ氏は高熱にみまわれ一時は酸素吸入が必要となり、ウォルター・リード米軍医療センターに入院。試験段階の薬を含むさまざまな治療を受け、2日半後にはホワイトハウスに戻ったが、明らかに無理をしている様子だった。

 一方、バイデン大統領の方は79歳と年齢的なリスクはあるが、ワクチンもすでに2回の追加接種を含め合計で4回受けている。検査で陽性が確認された数時間後には、大統領の主治医から症状は鼻水、倦怠感、前夜から始まった時おりの咳といった軽症で、飲み薬の抗ウイルス剤「PAXLOVID(日本での製品名はパキロビッド 注1)」の服用を始めたこと、米疾病対策センター(CDC)のガイドラインに従って自主隔離するとの発表があった。

大統領でも今や自宅療養(と仕事)が基本

 その後もバイデン大統領の病状については日々の記者会見で詳しい説明があり、また大統領本人も隔離当日からZoomや電話で会議を続けているので、トランプ前大統領の時と違い「ひょっとして、命にかかわる病状なのでは」と疑心暗鬼になる余地はない。

 陽性となった当日の夕方、バイデン大統領の体温が最高で華氏99.4度(摂氏37.44度)だったという報告があったが、コロナ対策コーディネーターのアシシュ・ジャ医師は、「99.4度は平熱の範囲で、大統領に発熱はない」と記者会見で説明した。ちなみに米国では成人の場合、一般的に華氏100.4~102.2度(摂氏38~39度)は特に薬などは不要な微熱で、103度(摂氏39.4度)に達したら医師に診てもらうレベルと考えられている。

 7月25日も公開のセミコンダクター法案会議にZoomで出席したバイデン大統領は、会議の終わりに記者の質問に対し「良く眠れており、声枯れや鼻づまりが少し残っているがかなり楽になった」と話した。

 CDCガイドラインに沿って、5日間の自主隔離が終わった翌日(7月27日)の検査で陰性になれば、その時点で隔離は終了となる。今や米国大統領がコロナ感染症になっても、薬を飲んで医師が毎夕、体調のチェックをするだけの自宅療養である。入院どころか、体調が許せば隔離環境の中でリモートワークを続けられるのだ。

コロナ感染対応の様々なツール

 BA.5の感染が蔓延する地域は急増しているが、2020年とは違い感染による重症化や死亡のリスクを下げる手段は明確になっている。状況に応じたマスク着用や換気はもちろんだが、感染を特定する迅速検査、重症化を防ぐワクチンと感染後の治療薬である抗ウイルス薬は、米国市民が無料で手軽に利用できるような環境が整っている。

 バイデン大統領が服用しているファイザー製の抗ウイルス剤パキロビッドは、12歳以上で体重が40キログラム以上の軽症から中等症で重症化要因がある人が対象で、症状がでてできるだけ早く5日以内に摂取を開始する必要がある。緊急使用許可がおりた当初は手に入りにくかったり、検査結果がでるのに日数がかかったり、かかりつけ医の予約がすぐにとれなかったりして利用率が低かった。

 しかし今ではオンライン診療でかかりつけ医がすぐに処方できる。米国ではナース・プラクティショナー(診療看護師)もかかりつけ医を担当できるので、アクセスは良い。さらに7月上旬から診療所を併設する市中の薬局では、薬剤師もパキロビッドを処方できることになった。市中に数多くある薬局ではワクチン接種やコロナ検査も行っている。陽性がわかったらその場でパキロビッドを入手して、自宅療養に入ることも可能だ(注2)。

 ただしパキロビッドによる治療後に、5%~8%の人でコロナの症状がぶり返したり、再び陽性になったりする「リバウンド」も報告されている。

 ファウチ所長もパキロビッド後のリバウンド組みで、5日間の服用を終えて陰性になったが、その後4日目に再び陽性に。ぶり返したコロナの症状は微熱、体の痛み、鼻水、咳など、最初の時より強かったようだが、医師と相談して再び5日間のパキロビッド服用で症状はほぼ消えたと言う。リバウンドに驚いたものの、「意図していた重症化や入院を防ぐという効果は確かだった」と、6月末に行われたグローバル・ヘルス・フォーラムで話している。

柔軟に変化する米国の制度、行動を変えない個人

 米国の強みは、新たな技術や薬剤師、診療看護師を含む幅広い医療有資格者を柔軟に活用し、より市民が使いやすい制度に迅速に変えていくことだろう。

 ワクチンから治療薬まで様々なツールが市民の身近なところで利用可能になったことで、2020年はもとよりデルタ変異株の蔓延時と比べても、政府にも医療機関にもせっぱつまった雰囲気はない。感染蔓延といっても、受け入れ医療体制確保のため入院者数は着目されるが、感染者数はほとんどニュースにも出てこない。感染抑制のため室内でのマスク着用を検討している自治体はあるが、新型コロナの対策で政府主導の様々な行動制限が必要と考える人はいないようだ。

 何ごとにも絶対はないが、個人の判断で必要に応じてマスクを着用し、推奨ガイドラインにあわせてワクチン接種を受けることで重症化リスクを下げることはできる。無料で配布される迅速検査を活用し、適宜、自分の感染の有無を確かめ、陽性になったら迅速にかかりつけ医や薬局でパキロビッドを処方してもらい自宅で自主隔離をしながら回復を待つ。病院はより重い症状や、基礎疾患との合併症などがある患者の治療に集中するというのが今の米国のコロナ対策のシナリオであり、バイデン大統領が実質的にやっていることでもある。

 それでも個人主義の強い米国では、マスクもワクチンも最初から拒否している人もいれば、ワクチンは1、2回打ったけれど、感染の波が収まったので追加接種はしないまま時が過ぎてしまったという人もいる。

 そして再びBA.5による感染蔓延のため、現実には全米で一日あたり6000人近くがコロナ感染症で入院し、400人前後が死亡している(注3)。7月25日の記者会見で、米国政府のコロナ対策コーディネーターを務めるジャ医師は、「亡くなっている人のほとんどはワクチン接種を受けていないか、追加接種をしていない。ワクチンの重症化予防の効果は時間とともに弱まるので、まだ推奨通りワクチン接種をしていない人や、50歳以上や免疫不全で今年に入って接種をしていない人は、ぜひすぐに接種して下さい」と呼びかけた(注4)。

参考リンク

注1 日本でも2022年2月10日にパキロビッドは新型コロナウィルスの治療薬として特例承認を受けている。厚生労働省の報道発表

米国では2021年12月22日にFDAの緊急使用許可が下りた。臨床試験では、軽症から中等症の新型コロナウイルス感染者が症状がでてから5日以内に服用することで、重症化または死亡リスクを89%下げた。

注2 ただし、パキロビッドも副作用や併用禁忌薬剤もあるので、処方する薬剤師は患者の1年以内の血液検査結果や通常の服用薬剤リストを確認する必要がある。米国政府は新型コロナ感染症による重症化、入院、死亡を減らすため、重症化要因がある人が迅速にパキロビッドを摂取できるようTest to Treat(検査をして、その場で治療を始める)プログラムを推進し始めた。市民は郵便番号から最寄りの診療所、処方薬局を検索できる。米保健社会福祉省のTest to Treatのサイト(英文リンク)

注3 CDCの新型コロナ関連のデータリンク(英文リンク)

注4 米国では50歳以上及び免疫不全の人で、1回目の追加接種から4カ月以上過ぎた人が2回目の追加接種の対象。政府およびファイザー/バイオンテック社、モデルナ社は今秋にもオミクロン変異株にも効果のあるバージョンアップした追加接種を導入すべく取り組んでいる。

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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