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オミクロン株で米国がマヒする残念な理由

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
住宅地の駐車場もドライブスルーのコロナ検査場所になり、大渋滞。筆者撮影、ダラス市

デルタ株より重症化しない傾向

 米国では新型コロナの新変異株「オミクロン株」がまん延し、1月10日には1日で新規感染件数が135万件を超えたと伝えられた。昨年11月からオミクロン株感染が急増したニューヨークなどの北東部では感染ピークに達したという見方もあるが、米国は広いので私の住むテキサス州など内陸の州ではまだまだ猛スピードで感染拡大中。テキサス州でピークに達するのは2月頭頃と言われている。

 猛威を振るうオミクロン株だが、明るいニュースもある。1月12日、オミクロン株はデルタ株と比べて、重症化例が少ないことを示す調査結果が発表された。これは医療保険組織のカイザーパーマネンテと米疾病対策センター(CDC)の共同研究で、南カリフォルニアで2021年11月末から2022年1月1日までの間にオミクロン株で陽性になった5万2297人と、デルタ株で陽性になった1万6982人を比べたもの。

 調査対象者の中では、オミクロン株で人工呼吸器につながれた患者は一人もおらず、入院期間もデルタ株患者は5日間だったのに対し、オミクロン株患者は1.5日間と短かった。ただし米国では、高熱や息切れが酷く動けない、基礎疾患との関係で全身状態が悪い期間だけ入院するのが一般的なので、日本の入退院基準とは大きく異なる。

 オミクロン株は主に首から上の上気道に感染し、肺炎に至ることが少ない。この研究によればデルタ株に比べて死亡リスクは91%低いという(注1)。ワクチン接種済み者のブレイクスルー感染も多いが、接種済み者の場合は多くが無症状や軽症のようだ。

ワクチン接種済みでも感染リスク

 そんなオミクロン株が、なぜ米国社会に大きな打撃を与えているかと言えば、すさまじい感染力、検査能力の甚だしい不足、マスク着用の不徹底といった環境の中で、とにかく膨大な数の感染者が発生しているからだろう。

 私の周囲にもここ2-3週間のうちに、陽性になった人が数人いる。一人は40代前半で、ワクチンの2回接種だけで3回目がまだだった。年末に家族数人で集まった後に具合が悪くなり、高熱や体の痛みで4日ほど寝込んだ。救急医療室に行こうと思うほどつらかったという。すぐにコロナ検査を受けたが自己負担なしの公的な検査所は混雑がひどく、4日後にやっと送られてきた結果は「判定不能」。発症から3日目に長い車の列にならんで、別のところで受けた検査の結果は10日以上過ぎた今もまだ送られてこない。(アップデイト:12日目にして陽性と言う結果が送られてきたが、本人は回復後の検査で陰性となったのですでに職場復帰ずみ)

 別の知り合いは3回接種を終えた60代。本人は軽い喉の痛みしか自覚がなかったが、職場で声がいつもと違うと指摘を受けて、自己負担による自由診療でPCR検査を受けたところ「まさかの陽性」だったという。一番感染しやすいのは症状がでる2日前と、症状がでてから3日間。ほぼ無症状だと、自分でも気づかないうちに感染を広げてしまう可能性は十分にある。わたしの配偶者の仕事先でも、本人や子供のコロナ陽性のために入れ代わり立ち代わりで自宅隔離になる人が続出している。

入院リスクが高い未接種者

 オミクロン株といっても、ワクチン未接種者が感染するとやはり入院が必要になるケースが多く、地域の病院ではコロナ感染による入院患者が急増している。これまでと同様に約9割はワクチン未接種者で、残りは高齢者や免疫不全など基礎疾患がある人だという。

 5歳未満の子供向けでは承認されたワクチンがまだなく、また5歳以上でも子供のコロナワクチン接種率はまだ低い。しかも子供はオミクロン株が感染する上気道の疾患で合併症を起こすリスクが大人より高く、小児病院へのコロナによる入院患児数も過去最高を更新する日々が続いている。

 オミクロン株による死亡リスクは低いといっても、米国ではいまも毎日約1800人がコロナ感染症で死亡している(注2)。圧倒的多数が未接種者だ。疲弊して職場を去った医療従事者が多いうえ、コロナ関連の欠勤者増が追い打ちをかけ、医療現場は厳しい状況を強いられている。コロナ以外の疾患が悪化したが、受け入れ病院が見つけられずに亡くなったという人のニュースも目にする。コロナの統計に含まれないこうした人達も、コロナの犠牲者と言えるだろう。

 連邦政府のコロナ感染規制を批判し続けてきた地元テキサス州に目をやれば、今も2回のワクチン接種率は62%足らずで、3回目接種まで受けた人の割合は36%にとどまる(2022年1月中旬現在)。街を見渡せばマスクを着用している人はあまりおらず、PCR検査所には車の長い列が続く。

 対面授業を再開した学校も、コロナ欠勤で教師や学校職員、スクールバスの運転手が足らず予定通りに進まない。コロナに感染していなくても、子供が学校に行けなければ仕事に出られない親たちも沢山いる。街には労働者不足で臨時休業する店舗もあり、全開のはずの経済はあちらこちらで静かにマヒしている。

自由な民主主義の残念な現実

 2年前から政府が総力を挙げてコロナ対策を行い、世界に先駆けてワクチン接種を積極的に展開しているのに、米国ではすでに84万人以上がコロナで命を失った。しかも死者数はワクチンが存在しなかった2020年より、希望すれば大多数がワクチンを接種できた2021年の方が多い。

 米国は自由な民主主義を標榜する国だ。それは政府から一方的な圧力を受けない自立した個人で成り立ち、情報公開と言論の自由があり、個人がお互いを尊重する社会のはずである。民主主義の国では、政府という大きな組織は機動的には動けず、個人の自主的な行動に頼る部分が大きい。

 しかし今や行き過ぎた個人主義、フェイクニュースの氾濫、相手が誰であろうと自分と違う立場の意見には耳を貸さずに攻撃するという風潮がはびこる自由な米国では、もはや足並みを揃えて社会として感染対策を行うことは不可能に近い。

 マスク着用を呼びかける専門家の意見を、もっと多くの市民や政治家が真摯に受け止めていたら。ワクチンに関する正確な情報を得た上で、もっと多くの人が早期にワクチンを接種をする道を選んでくれていたら。マスクの着用やワクチン接種義務化の是非で不毛な言い争いをするのではなく、多くの市民が自主的にマスク着用やワクチン接種に動く方策を探ってくれていたら、こんなに沢山の死者を出したり、再び各地で医療崩壊を招いたりせずにすんだのではないかと思う。

参考リンク

注1 南カリフォルニアのオミクロン株とデルタ株患者のアウトカムに関する論文(英文リンク、査読前のプレプリント

注2 CDCのコロナ関連統計追跡ページ(英文リンク

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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