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オミクロン株で試される米国のウィズコロナ政策

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
クリスマスを前に、オミクロン対策でワクチン接種を強く呼びかけるバイデン大統領(写真:ロイター/アフロ)

脅威的な感染力のオミクロン株

 米国ではじめて新型コロナのオミクロン変異株感染者が確認されたのは、2021年11月下旬。わずか1カ月前のことだ。デルタ変異株が猛威をふるってきた米国では、つい1週間前までは新規感染に占めるオミクロン株の割合は3%程度だった。しかし驚異的な感染力で、私が住むテキサス州ではすでに新規感染者の9割がオミクロン株。年内には全米がオミクロン株に覆われそうだ。

 バイデン大統領は12月21日、再びコロナ感染が「重大局面を迎えている」として、オミクロン株対策を発表した(注1)。その柱は①追加接種、およびワクチン未接種の人向けに接種体制を拡充する、②コロナ検査場所を増設し、1月からは希望者に家で使える迅速検査キットを無償提供する、③医療がひっ迫している地域に軍の医療従事者を派遣する――など。

 旅行や集まりが増えるクリスマスを前に「陰性であることを確認したい」と、コロナ検査所には長蛇の列ができている。米国では2021年夏の感染ピークを過ぎた後も、ワクチン未接種者の間で新規感染が1日8万件前後と高止まりし、11月からはニューヨーク州などの北東部、オハイオ州やウィスコンシン州などの中西部を中心に入院数が増大。医療がひっ迫している地域も少なくない。

 そのうえオミクロン株の感染力は強く、コロナ感染歴のある人や、2回のワクチン接種を受けた人の間でもかなりのブレークスルー感染が予想される。12月20日には、テキサス州から米国で最初のオミクロン株による死亡が発生した。50代でワクチン未接種だったが、コロナ感染歴と基礎疾患がある人だった。

2020年の3月とは違う

 それでも米国政府は、昨年のような学校やビジネスの一時閉鎖は行わず、ウィズコロナ生活を続けていく方針。21日の記者会見でバイデン大統領は「2020年の3月とは違う。ワクチンもあり、様々なリスク回避予防策もわかっている。ワクチン接種、特に追加接種を受けた人同士が、安全に気を配って行動するならクリスマスの集まりをキャンセルする必要はない」と話した。

 オミクロン株については、過去の感染歴や2回のワクチン接種では、重症化は防げるかも知れないが、ブレイクスルー感染も多発すると予想されている。しかしファイザーやモデルナのmRNAワクチンの追加接種により防御効果は大幅に改善し、重症化だけでなく、感染もある程度防ぐ効果が見込める。

 英国からの報告では「オミクロン株がデルタ株より重症リスクが低い証拠はない」としており(注2)、ワクチン未接種者が感染して重症化する可能性は高い。このためバイデン大統領は追加接種を含むワクチン接種の重要性、およびマスク着用や換気、距離をあけるなど従来の対策を市民に訴え続けている。

 米国では5歳から17歳までの子供たちもファイザー社のワクチンを接種することができる。こうした状況および学校閉鎖が子供たちに与えた精神面、教育面での深刻な影響を踏まえ、米疾病対策センター(CDC)は先ごろ、幼稚園や小中学校で「感染者がでても閉鎖しない」ための対策指針を発表した(注3)。

不信感による負のスパイラル

 残念ながら2020年3月と違うのは、コロナ感染症と闘う武器が増えたことだけではない。政府や科学に対する不信感が高まり、みんなで共にコミュニティを守るという意識が大きく崩れてしまった。

 米国ではワクチン接種率がいまだに60%に達しない地域も多く、接種率アップのための接種義務付け政策には反対の声も根強い。しかしデルタ株が猛威を振るった夏以降、コロナ感染の重症化による入院も死者も9割かそれ以上がワクチン未接種者という現実がある。

 病院がコロナ対応に追われている間、がん検診や慢性疾患の治療を遅らせる人が多く、コロナが落ち着いた秋口には他の病気で症状が悪化した患者が病院に押し寄せた。その間もワクチン未接種で入院するコロナ患者や死亡者は続いた。

 ワクチン接種を受けていれば死亡するほど重症化しないで済んだであろう患者の対応を何カ月も続け、無力感とストレスから職場を去る看護師が相次ぎ、看護師不足で病床はあっても患者を受け入れられない状況が発生するという負のスパイラルに陥っている。

 米国では12月14日に新型コロナ感染症による死者が80万人を突破し、今も毎日、1100人以上の死亡者が出ている。さらにコロナ以外の重篤な疾患でも、必要な時に病院にかかれずに命を落とす患者も少なくないのだ。

 こうした状況に対しバイデン大統領は、一部のケーブルテレビ出演者やソーシャルメディアは、コロナワクチンに関し『金儲けのための嘘』で利益を上げ、視聴者を惑わして死を招くような誤情報を拡散したと、激しく批判した。

新たな武器と足りない検査

 米食品医薬品局(FDA)は12月22日、新型コロナ感染症の重症化を防ぐ飲み薬「パクスロビド」に対し、緊急使用許可を出した。これはファイザー製の新たな抗ウイルス薬のニルマトレルビルと既存の抗HIV薬のリトナビルを組み合わせた薬で、FDAによればランダム化比較による臨床試験の結果、プラセボ投与患者と比べ重症化を88%防いだという(注4)。

 試験参加者は18歳以上でワクチン未接種、過去にコロナ感染歴のない患者だった。ファイザー社のブーラCEOはメディアの取材に対し、オミクロン株にも有効なはずと答えている(注5)。

 この薬は医師の処方が必要で、12歳以上(体重40kg以上)で軽症から中等症の患者が対象。重症者および予防薬としては使用できない。診断後、症状が現れてから5日以内のできる限り早い時期に服用を開始し、5日間服用する。副作用は味覚障害、下痢、筋肉痛、血圧上昇など。重い腎不全、肝不全のある人は使えない。日本政府も薬事承認を行った場合は、200万人分の薬剤を確保することになっている(注6)。

 2021年の今は、このほかにもオミクロン株にも効くと思われるモノクローナル抗体薬(ソトロビマブ)や、重篤なアレルギー症状歴からコロナワクチンを接種できない人や免疫不全でコロナワクチン接種をうけても十分な抗体ができない人向けの予防薬として使う別のモノクローナル抗体薬も緊急使用許可のもとで使えるようになっている(注7)。

 感染を抑制する上でも、こうした治療薬を使う上でも、まずは感染を特定するための検査を頻繁に受けられることが前提となる。過去には検査が遅れ、モノクローナル抗体薬を使う時期を失した例が数多くあった。せっかく緊急使用許可がでた抗ウイルス薬も、早期検査と診断なしには、武器にならない。

 バイデン政権は30億ドル(約3400憶円)を投入し、検査体制の拡充に注力しはじめたが、すでに無償でどこでも検査が受けられる欧州に比べ、「米国の検査体制は不十分で、取り組みが遅すぎる」といった批判も医療者から出ている。

参考リンク

注1 バイデン大統領の12月21日会見発言(英文リンク)

注2 オミクロン株重症リスク低下の証拠なし(ロイター)

注3 検査で学校を続ける対策ガイドライン(CDC、英文リンク)

注4 コロナ抗ウイルス薬の飲み薬「パクスロビド」の緊急使用許可(FDA、英文リンク)

注5 ファイザーCEO、オミクロン株に対する飲み薬の有効性に自信(CNBC、英文リンク)

注6 ファイザー、経口抗ウイルス薬200万人分を日本に提供(ファイザー社、報道資料)

注7 新型コロナの治療薬「ソトロビマブ」、オミクロン株にも効果か、日本も特例承認(東京新聞)

長期間作用型抗体の併用療法Evusheld(開発コード:AZD7442)、米国でCOVID-19の曝露前予防を適応とする緊急使用許可を取得(アストラゼネカ社報道資料)

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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