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ママと赤ちゃんをコロナから守る 米医学会が妊産婦へのコロナワクチン接種を積極的に推奨

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
米国ではすでに14万人の妊婦さんがコロナワクチン接種を受けています。(写真:ロイター/アフロ)

コロナで重症化する妊婦が急増

 感染力の高いデルタ株が蔓延している米国では、コロナワクチン未接種率が高い南部の州を中心に、未接種の感染者が重症化して次々と病院に運び込まれている。その中には妊娠中の女性たちも含まれる。全米でワクチン接種が進む中で、不安を感じて接種に踏み切れなかった妊産婦が沢山いたためだ。

 もともとのコロナウイルスや、英国で見つかった変異のアルファ株は、いま蔓延しているデルタ株に比べれば感染拡大の速度も遅く、妊娠年齢の若い世代は感染しても無症状かごく軽度の人が多かった。しかし今は状況が違う。デルタ株は感染力が強いだけでなく、世代や基礎疾患の有無を問わずワクチン未接種の人は短期間のうちに重症化し、病院に運ばれる例が後を絶たない。

 テキサス州中部の病院で産科専門医を務めるジェシカ・エリグ医師は地元ラジオ局とのインタビューで、「デルタ株になってから、これまでに経験したことのない数の妊婦が運ばれてきます。今までと違い、より重症で集中治療室に運んだり、人工呼吸器やエクモさえ必要だったりするレベルの患者が増えているのです」と述べ、妊婦へのワクチン接種を呼びかける。

 コロナ感染症に罹患した場合、妊婦は重症化しやすいハイリスク群にはいる。しかしワクチン開発時には妊婦が治験対象から除外されていたことから安全性データがなく、不安に思う人が多かった。米疾病対策センター(CDC)は、全米でワクチン接種が開始された直後から4000人弱の妊婦のワクチン接種者を登録して追跡調査を開始。登録者以外でワクチン接種をした妊婦からの任意報告とあわせ、16歳から54歳の妊婦合計3万5691人のコロナワクチン接種とその後の経過をモニターした。

米国産婦人科学会と母胎児医学会がワクチン接種を推奨

 そして6月17日には、米医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」で、ファイザー/バイオンテック社、モデルナ社のmRNAワクチンによる妊婦への接種では、安全性の問題は見つからなかったと報告した(注1)。早産、妊娠期間に対して新生児が小さいという事象の割合もそれぞれ9.4%、3.2%と、コロナ禍が始まる前に行った別の調査と同程度であり、新生児死亡例はなかった。

 この調査に協力した妊婦はごく一部で、米国では実際にすでに14万人の妊婦がコロナワクチンを接種している。CDCは妊婦に限らず、コロナワクチン接種後の死亡報告については死亡診断書、解剖記録、医療記録を照らし合わせて、ワクチンと死亡の関連があるかどうかを一件、一件調べている。7月19日までの段階で、ワクチンとの関連可能性がある死亡は、ジョンソン・エンド・ジョンソンのワクチン接種後に起きたまれな血栓による死亡3件のみだ(注2)。

 こうしたデータをもとに、7月30日には米国産婦人科学会と母胎児医学会は、コロナワクチンをあらためて推奨する声明を発表した(注3)。共同声明では、デルタ株で未接種者の多い地域を中心にコロナ感染が急速に広がり、入院患者や死亡者の95%以上がワクチン未接種者だというデータがある一方で、「妊婦の約22%しか、1回以上のコロナワクチン接種を受けていない」と、危機感を示している。そのうえで、産婦人科学会は所属医に対し、患者に積極的にコロナワクチン接種を推奨するよう呼びかけるとしている。

ワクチン接種で胎児や乳児にも恩恵が

 ファイザー/バイオンテックまたはモデルナ社のワクチンを接種した妊娠年齢期の女性、妊婦、授乳中の女性に関する研究では、どのグループの女性も同じように抗体ができたことでワクチンの有効性も確認されている。さらにこの研究では、ワクチン接種によって母親が得た抗体が胎盤からへその緒に流れる血液や、母乳からも検出された。つまり母親がワクチン接種を受けることで、胎児や授乳中の新生児にも抗体を分け与えることができる(注4)。

 コロナワクチンが米食品医薬品局(FDA)の緊急使用許可のもとで使われており、完全な承認が下りていないことを理由に接種をためらう人もいるようだが、ファイザー/バイオンテックのワクチン承認も9月上旬までには下りると見られている。しかしワクチンで十分な抗体を得るには、2回接種がおわって2週間待つ必要があるので、1カ月半近くかかる。身近に感染者が増えてから、慌てて接種してもすぐに効果は期待できない。

 前述のエリグ医師が所属する病院では、コロナ感染症の入院患者数がこの4週間で15人から149人に急増。8月6日からは他病院からの患者受け入れを中止したという。そうした入院患者の中には少なからず妊婦もいる。エリグ医師は「赤ちゃんとお母さんを守る最善の道は、お母さんがワクチン接種を受けること。それだけでなく、ワクチンを受けられる家族はみんな接種して、マスクも使って、人との距離もあけて」と呼びかけていた。

参考リンク

注1 妊婦におけるmRNAコロナワクチンの安全性報告(英文リンク、Preliminary Findings of mRNA Covid-19 Vaccine Safety in Pregnant Persons | NEJM

論説:妊婦におけるmRNAコロナワクチン(英文リンク、mRNA Covid-19 Vaccines in Pregnant Women | NEJM

注2 CDCのコロナワクチン接種後の有害事象報告(英文リンク、Selected Adverse Events Reported after COVID-19 Vaccination | CDC

注3 米国産婦人科学会と母胎児医学会の共同声明(プレスリリース、英文リンク) 

注4 妊婦、授乳中女性におけるコロナクチンの研究(英文リンク、Coronavirus disease 2019 vaccine response in pregnant and lactating women: a cohort study - American Journal of Obstetrics & Gynecology 「米国産婦人科学会誌」)

コロナワクチン接種後の母体が抗体を胎児にも分けるという研究結果(英文リンク、Study shows COVID-19 vaccinated mothers pass antibodies to newborns – Harvard Gazette「ハーバード大学広報誌」)

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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