Yahoo!ニュース

デルタ株の猛威でも選挙に目が向く共和党州知事

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
入院患者の9割以上がコロナワクチン未接種で50代以下の若年層だ。(写真:ロイター/アフロ)

集中治療室が満床になる悪夢ふたたび

 アメリカ全土で新型コロナのデルタ変異株が猛威をふるっている。6月末には全米で1日あたりの新規感染件数が1万強だったのが、8月1日には再び10万に達してしまった。南部を中心にワクチン接種率の低い州や地域が、大流行に見舞われているのだ。フロリダ州を筆頭にミズーリ州、アーカンソー州、ジョージア州など共和党知事が率いる保守州を中心に、病院の集中治療室が再びコロナ患者であふれ始めた。

 筆者の住むテキサス州もその一つで、8月5日から日本入国の際に検疫所が指定する宿泊施設で3日間の待機が義務付けられる州に仲間入りした。フロリダ州とテキサス州の新規感染件数が米国全体の新規感染の3分の1を占める勢いなのだから、当然だろう。

 すでに7月1日からリスト入りしていたフロリダを含め米国の19州が、タイ、フィリピン、フィンランドをはじめ感染が多い国々からの入国者と同様に、水際対策強化対象となる。3日間の強制待機後に検査で再び陰性になれば、通常の14日間の待機期間の残りを自宅等で過ごすことになる。

 米国では独立記念日の7月4日までには、成人の7割に少なくとも1回のコロナワクチンの接種を済ませてもらい、コロナ前の日常に近い夏を送るはずだった。しかしワクチン接種率はまだ35%程度といった地域もあり、そんなシナリオは、ワクチン接種率の伸び悩みに加え、鬼のように感染力が強いデルタ変異株ですっかり崩れてしまった。

ワクチン接種が運命を分ける

 デルタ変異株によって、50代以下のワクチン未接種およびワクチンをまだ1回しか受けていない人の間でアッという間に感染が広がり、症状が悪化した人が次々と病院に運び込まれるようになった。米疾病対策センター(CDC)のワレンスキー長官が「ワクチン未接種者の間でのパンデミック」と表現するほど、重症化は未接種者に集中している。

 デルタ変異株の感染者は鼻と喉に大量のウイルスを保有するため、感染力が水ぼうそう並みに強い。従来のコロナウイルスよりも重症化の恐れもあることから、CDCは感染の多い地域では、ワクチン接種済みの人も含め室内でのマスク着用を再び推奨した。ただし接種完了者がいわゆる「ブレークスルー感染」をすることはごくまれで、1%程度という調査がある(注1)。

 接種完了者は感染した場合でも、肺を含む様々な臓器は抗体で守られるのでほとんどは無症状か軽症だが、一時的に鼻や喉に大量のウイルスを保有するのは未接種者と同じ。これまでの調査では、ワクチン接種者の場合はウイルス保有量が急速に低下するので、他人にうつす可能性も未接種に比べて低いことが示唆されているが、ゼロではない(注2)。

 いずれにせよCDCは「デルタ変異株で戦局が変わった」と言い、再び「マスク着用」という戦略に戻さざるを得なくなったのだ。いかにワクチン接種率を上げ、その効果がでるまでの期間の感染を抑えるか。マスクとソーシャルディスタンシングに一定の効果があることは経験上わかっている。

 このためバイデン政権も7月29日、連邦政府職員に対しワクチン接種の有無を確認し、接種未完了者については勤務中のマスク着用とソーシャルディスタンシング、および週1-2回の検査を行うことを発表した。また病院や学校、企業で従業員にワクチン接種を義務付ける動きも広がり始めた。連邦政府の雇用均等委員会は、医療上および宗教上の理由でワクチン接種できない従業員への代替手段を用意する限り、雇用主は合法的にワクチンの接種を要求できるというガイドラインを発表している。

政府の方針か、個人の責任か

 州内の感染が急増しているにもかかわらず、こうした流れに逆行しているのがテキサス州やフロリダ州である。テキサスのグレッグ・アボット州知事は7月29日、「政府による強制ではなく、個人の責任でコロナ感染症と闘う」、「テキサス州民はコロナ感染を予防して安全に生活する方法をマスターしたので、個人が最適な方法を判断できる」として、州内の郡や市、学校区などがマスク使用やワクチン接種を義務付けたり、営業時間や入場人数に制限を設けたりすることを禁じる州知事命令を出した(注3)。フロリダ州も州内の自治体や事業体が、マスク着用やワクチン接種を義務付けることを禁ずる州法を5月に成立させている。

 もともと共和党やリバタリアン(自由主義)は、政府が個人の生活に介入することを嫌い「個人の選択の自由」を憲法上の権利として主張する。毎日4千人以上の死者を出していた年初めでさえ、反マスク、反ワクチンで政府に抗議する保守派は大勢いた。テキサス州知事もフロリダ州知事も来年に州知事選挙を控えているだけでなく、2024年の大統領選挙をも視野にいれていることから、よけいにトランプ元大統領の支持基盤にアピールするような、超保守的な政策をとり続けているようだ。

 これに対してバイデン政権やCDCなどの公衆衛生当局は、一貫して「ワクチンやマスクで自分と家族と、コミュニティを守ってほしい。一日も早く感染を抑制するには、一丸となって取り組む必要がある。自分の選択が身近な人や社会に影響を与えることも考えてほしい」と、ワクチン接種やマスク着用を呼びかけてきた。

 入院患者の急増で、テキサス以上に医療がひっ迫しているフロリダ州では、さすがのデサンティス知事も「コロナワクチンは命を救う」と接種を呼びかけたのだが、そのとたんに同知事を支持していた反ワクチン派から「寝返るのか」と批判を浴びてしまった。テキサスのアボット州知事は再選に向けすでにトランプ元大統領の推薦を獲得しているものの、「知事は名ばかり腰抜け共和党で本物の保守じゃない」と挑む超保守派のライバル候補者もいるので、まるでどこまで極端な保守政策を展開できるかの競争だけに目がいっているかのようだ。

 一方、これまでワクチンを忌避してきた人の中には、地域での感染者急増で気持ちが変わったが、ワクチン接種を受けることを周囲の人に秘密にしてほしいと言う人もいる。そういえば、トランプ元大統領夫妻もワクチン接種をしたことを、秘密にしていた。保守派の間では、どうやら「ワクチンを接種すべきでない」という同調圧力が存在するらしい。

繰り返されるマスク戦争

 共和党知事は「個人の責任」、「ワクチンは任意」、「マスクが有効という証拠はない」と言い続けることで支持基盤は維持できるのかもしれない。けれどその結果、デルタ変異株が広がる前から共和党主導の州はワクチン接種率が低く、自主的にマスクを着用する人も少なく、今は爆発的感染に向かっている。同じくワクチン接種率が低く感染者が急増したアラバマ州では、どう対処するのか問われてイラついた共和党のケイ・アイヴィー知事が「ワクチンを打てる体制は整っているのだから、もはや感染が広がっているのはワクチンを打たない人のせい」と発言した。

 感染力が強いデルタ変異株が広がった今も、自分の党のイデオロギーや支持者だけをみて、同じメッセージをいつまで繰り返すのか。ワクチンを打たずに感染し、重症化して病院に運ばれる人に、「個人の責任」と言い放てばそれですむのだろうか。

 米国ではもうすぐ、各地で学校が再開される。リモートではうまく学習できなかったり、精神的な負担を抱えたりした子供が沢山おり、対面授業の再開が最優先である。12歳未満の子どもはまだワクチンを打つことができない。子ども達を感染から守るため、CDCは学校でのマスク着用を強く求めているが、少なくともテキサスやフロリダではマスクの着用を義務付けることはできない。自主的な協力に頼るしかないが、自分も子どもにもマスクはつけさせないという考えの家庭は少なくない。

 マスクをめぐる対立と医療のひっ迫。重症化から身を守り、感染を抑制する術があるのに、アメリカは昨年の夏の悪夢を再び繰り返すことになるのだろうか。

参考リンク

注1 CNN.co.jp : ブレークスルー感染、ワクチン接種完了者の1%以下 米団体分析

注2 nature.com: COVIDワクチンはウイルス拡散を抑えるが、デルタ株については不明(英文リンク) 

注3 テキサス州のCOVID-19対応 州知事命令について(英文リンク)

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』(エスコアール)がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

片瀬ケイの最近の記事