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病院勤務者のコロナワクチン接種の義務化はアリ? 米病院の選択

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
中高年のコロナ入院患者は減ったが、ワクチン未接種の若年患者が増えつつある。(写真:ロイター/アフロ)

患者の安全を第一に

 米国では6月5日現在で12歳以上の60.7%が少なくとも1回の新型コロナワクチン接種を終えた。ワクチン効果で新規感染件数は4月後半から順調に下がり続け、確実にコロナ以前の日常に向かいつつある。その一方で、ワクチン接種に躊躇する人は依然として相当数いるため、政府は誰もが職場の近くで手軽に接種できる条件整備を進めるだけでなく、100万ドル(約1億円)の賞金や人気イベントのチケットが当たる懸賞、無料ドーナツやビールの提供など、あの手この手でワクチン接種を奨励している。

 私の住むテキサス州の接種率も53.8%(12歳以上、1回以上の接種、6月5日現在)で、他の州より未接種の人の割合が高い。そんな中、ヒューストン市で2万6000人が勤務するメソジスト病院では、健康上または宗教上の事由がある場合を除き、6月7日までに同病院の全職員に新型コロナワクチンの接種を完了するよう求めている。

 院内の感染リスクを減らして患者の安全を守るとともに、ワクチン接種による感染抑制の取り組みを率先して地域に示すためだ。全米の多くの病院従事者には、これまでも例年、インフルエンザの予防接種が求められてきたが、コロナワクチンを全勤務者に義務づけた大規模病院は、このメソジスト病院がはじめての例となる。

 米国では昨年12月から医療従事者へのコロナワクチン接種が始まった。同病院では3月末には、原則として全員に新型コロナワクチンの接種を義務づける方針を明らかにし、職場でワクチンの無料接種を受けられるようにしたり、接種を受けた人に500ドル(約5万5000円)のボーナスを出したりして、ワクチン接種を推進してきた。すでに病院職員の99%は2回接種を終えているが、6月7日までに妥当な理由なしにコロナワクチン接種に応じない職員については、雇用を継続しない方針。

 コロナワクチン接種を義務づけることの是非については様々な議論があるが、5月28日、米連邦雇用機会均等委員会は「米国障害者法を含などの法にある合理的配慮規定を満たす限り、雇用主は従業員に新型コロナウイルス感染症の予防接種を義務づけることができる」との指針を発表している。

コロナワクチン接種を義務づけるワケ

 新型コロナ感染症は無症状の人も多く、コロナの症状があって病院に来る患者に限らず、病院勤務者を含めて誰が感染しているかはわからない。逆に「病院でのコロナ感染が怖い」という理由で、体調不良でも受診を避けてきた住民もいる。ヒューストン市周辺では、2020年夏、そして昨年末から年明けにかけてコロナ感染が急増し、同地域だけでもこれまでに約40万人が新型コロナに感染。うち約6400人がコロナのために命を落とした。

 病院は感染防護服はもちろん、頻繁な消毒や人の動線を工夫するなど様々な感染予防策をとってきた。しかしワクチンが導入される前は、気をつけていても、医療従事者自身も感染疑いや感染、濃厚接触で隔離が必要となるケースもあり、医療現場の負担は増す一方だった。

 しかしワクチン接種でこうした状況も大きく変わりつつある。テキサス州ダラスのサウスウエスタン・メディカルセンターでは、接種開始から31日間で従事者の約6割が1回目、約3割が2回接種を完了した段階で、感染や濃厚接触で隔離や待機が必要な従事者が9割以上減ったという。その間、未接種の従事者の2.6%がコロナに感染したが、2回接種した人での感染率は0.05%だった。(注1)

 メソジスト病院のCEOであるマーク・L・ブーム医師は、医療ニュースサイトMedPage Todayへの寄稿「なぜ私は職員にコロナワクチン接種を義務づけたのか」の中で、「医療機関の従事者は、患者の健康を守るためにできる限りのことはすべて行うと宣誓している。そこにはワクチン接種も含まれている」と述べた。またそうした行動をとることで、ワクチン接種に躊躇している市民に対するロール・モデルにもなれるとした上で、他の医療機関にも後に続いてくれるよう呼びかけている。(注2)

ワクチン義務化で訴訟に

 もちろん病院勤務といっても、ワクチンに対する不安や、事務職など患者と接する機会が少ないなどの理由で、ワクチン接種を受けたくないという人もいる。米疾病対策センター(CDC)や医療専門家らもあらゆる機会を使って、ワクチンに関する正確な情報を提供しているが、インターネット上には様々な偽情報も多い。

 メソジスト病院でも、接種をしていない117人の職員は5月28日、「メソジスト病院は、雇用を続ける条件として従業員に『人体実験』の被験者となることを強制し、医療倫理に反する」、また同病院が使っているファイザー/バイオンテック社のワクチンは「実験的なmRNA遺伝子改変の注射」であるとして、テキサス州裁判所に訴えを起こした。

 コロナワクチンの接種反対者からよく聞かれる主張だが、米国で使用されているコロナワクチンは数万人が参加した大規模臨床試験で安全性と有効性を確認し、米食品医薬品局(FDA)の厳格な審査の上で一定年齢以上の人を対象に使用許可を出したワクチンである。またmRNAは細胞の核内に入ることはできず、DNAに組み込まれることもない。(注3)

 コロナワクチンは6月5日までに米国だけで3億回、うちファイザー/バイオンテック社製のワクチンは1億6200万回使われている。FDA、CDCおよび外部委員によるワクチン諮問委員会がコロナワクチンの使用状況を継続的に監視しているが、mRNAワクチンについて大きな安全性の問題はでていない。

患者と自分と地域をまもる

 米国では高齢者、成人へのワクチン接種が進み、入院患者数も減って来たものの、コロナ感染がなくなったわけではない。現実には経済再開で人の移動が増えるに従い、ワクチン未接種で感染し重症化した人や、まだ接種率が低い10代の若年者が重症化して入院する例が増えてきている(注4)。米国全体では今も1日に1万4000件程度の新規感染と、350件程度の死亡が報告されている。(注5)

 これ以上、住民や職員がコロナ感染症で入院したり、死んだりせずにすむようにワクチン接種を推進しているのであって、人体実験のためにワクチンを接種しているわけではない。12歳未満の子どもや健康上の問題でワクチンが接種できない人を守り、さらなる変異株が発生しないようにするには、できるだけ多くの人がワクチンを接種して感染が広がらない環境をつくる必要がある。

 コロナワクチン接種完了期限は異なるものの、メソジスト病院に続き、ニュージャージー州のRWJバルナバス病院、ペンシルベニア大学病院、インディアナ大学病院も、全病院従事者にワクチン接種を義務づける方針を発表している。

参考リンク

(注1)UTサウスウエスタン・メディカルセンターでのワクチン接種の効果(UTSWプレスリリース 英文リンク)

(注2)「なぜ私は職員にコロナワクチン接種を義務づけたのか」(MedPage Today 英文リンク)

(注3)新型コロナワクチンについて よくある質問への回答(国立国際医療研究センター病院)

(注4)10代も進んでワクチンを 重症化例増加で呼び掛け―米当局(時事ドットコムニュース)

(注5)新型コロナ新規感染数、死者等データ追跡(CDC、英文リンク)

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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