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HPVワクチンはやがて1回接種に? 子宮頸がん撲滅への研究を続ける米国

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
HPVワクチンは、HPV感染でおこる様々ながんを予防します。(CDC作成、提供)

予防が可能な子宮頸がん

 卵巣がんや膵臓がんのように、がんによっては早期発見のための有効な検査方法さえないものもあるが、子宮頸がんの場合はHPVワクチンという予防手段とスクリーニング検査がある。残念ながら、こうした手段が十分に活用されていないために、子宮頸がんは、毎年、世界で30万の女性の命を奪っている。日本でも毎年、約1万人の女性が子宮頸がんに罹患し、約2800人が死亡している。

 ヒトパピローマウイルス(HPV)で発生するがん予防として、米国では2006年からHPVワクチンが使われている。最初は子宮頸がん予防で11歳と12歳の女子を対象に、4価ガーダシルの3回接種が定期接種として推奨された。4価というのは、子宮頸がんの発症に関連する4つのHPV型を防ぐことを示している。

 その後HPVワクチンも進化して、2014年12月10日には、子宮頸がんだけでなく、膣がんや肛門がん、中咽頭がんなど複数のがん発症に関連する9つのHPV型を防ぐ9価ガーダシルが米国で承認された。接種対象も現在では9歳から45歳までの男女に拡大され、9歳から14歳までの間に接種を始める場合は2回接種ですむようになった。ただし15歳以上で接種を開始する場合は、3回接種となる。

 なお日本では2021年4月現在、9価ガーダシルは「シルガード9」という名称で販売承認済みだが、任意接種の位置づけ。費用負担のかからない定期接種化されているのは、4価ワクチンと2価ワクチンにとどまり、どちらも3回接種だ。

 米国では、男女を含む13歳から17歳で、1度以上HPVワクチンの接種を受けたのは71.5%で、接種を完了しているのは約54.2%だった(2019年実績、注1)。HPVワクチン接種に先進的に取り組んでいるオーストラリアでは、2016年の段階で15歳の女子の80.1%、男子で74.1%が接種済みだ(注2)。日本ではHPVワクチンの導入当時、副反応に対する懸念が広がり、政府が積極的勧奨を停止した結果、接種率は1%未満。また、アフリカ諸国や中東など低所得国でもHPVワクチンの接種が進んでいない。

1回接種でも効果が続く?

 HPVワクチン接種の負担を減らし、さらに広くHPVワクチンを利用して子宮頸がんを制圧すべく、米国国立がん研究所(NCI)はコスタリカの研究者とともに、HPVワクチンの1回接種の効果について観察研究を続けてきた。コスタリカでは2004年から2005年にかけて7466人の女性を対象に、3回接種の2価HPVワクチンの効果を調べるランダム化比較試験を行った。その際、ワクチンとは関係のない理由で、1回しか接種を受けなかった参加者も相当数いた。

 研究者はその後、10年にわたり試験参加者について、HPV感染に対する抗体や子宮頸部の病変有無など経過を観察し続けた。その結果、1回の接種は3回に比較すれば抗体は少ないものの、子宮頸がんを予防する効果が持続していることが確認されたという(注3)。ランダム化比較によるさらなる研究が必要だが、将来的に1回の接種で済むようになれば、低所得国でもHPVワクチン接種の費用、また複数回の接種といった手間や心理的な負担が軽減される。こうしたことも、接種率アップにつながるだろう。

子宮頸がん検査とセットで

 HPVワクチンは、子宮頸がんに関連する大多数のHPV型の感染予防になるが、すべての型を網羅していないので、接種後も子宮頸がんスクリーニング検査が必要だ。米国では21歳から65歳までの女性は3年ごとにパップテストと呼ばれる子宮頸部の細胞診を行い、30歳以上の場合は加えて5年毎にHPV検査を受けることを推奨している(注4)。

 2016年のミネソタ州の30歳から65歳の女性を対象にした調査では、約65%が定期的にこうした子宮頸がんスクリーニング検査を受けていた。一方で、過去に子宮頸がんの診断を受けた人の多くは、スクリーニング検査を受けたことのない人達だった。米国の場合、医療保険に加入しておらず検査を受けにくい人や、3年毎、5年毎なので検査時期を忘れてしまう、婦人科検診は苦手といった理由で二の足を踏んでしまう人もいる。

 そこでNCIは今年、女性たちが自宅で検査に必要な子宮頸部の細胞を採取し、試験機関に郵送するというホームテストに関する臨床試験を始める予定。小さなブラシを使って自分で採取しても、医療機関での採取と比較して遜色がないことが、実用化の条件となる(注5)。

 これらの新たな取り組みで、将来的に世界でより多くの女性たちがHPVワクチンの接種を受け、定期的に子宮頸がんスクリーニング検査を受ければ、やがて地球上から子宮頸がんを撲滅することも夢ではない。

子宮頸がんは撲滅できる

 世界保健機関(WHO)は昨年11月、世界で一致して子宮頸がん撲滅に取り組む戦略を発表している。具体的には2030年までにすべての国でHPVワクチンの接種率を90%に、子宮頸がん検診の受診率を70%に、そして90%が前がん病変を含む子宮頸がん治療を受けられるようにすることだ。

HPVワクチンの接種率が著しく低い日本では、子宮頸がん検診の受診率も43.7%(2019年実績)と非常に低い(注6)。HPVワクチンについて、3回接種を負担に感じる女子もいるだろう。特に男性に多い中咽頭がん予防として、HPVワクチン接種を受けたい男性もいるはずだ。日本でもせめて2回接種で済む9価HPVワクチンを、経済的負担なく男女が広く使える日が早くくると良いと思う。

 予防できるワクチンとスクリーニング検査のある子宮頸がんで、女性が苦しんだり、命を落としたりしないですむ日が一日でも早くきてほしい。

参考リンク

注1 13歳から17歳のワクチン接種率 2019年(CDC、英文リンク)

注2 オーストラリアのHPVワクチン接種率(英文リンク)

注3 HPVワクチン1回接種でも、長期の効果を確認(NCIブログ、英文リンク)

注4 【子宮頸がん検診】パップテストとHPV検査 (海外がん医療情報リファレンス )

注5 NCIが子宮頸がんスクリーニングのホームテスト試験開始予定(英文リンク)

注6 日本の子宮頸がん検診受診率(2019年、国立がん研究センター統計)

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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