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新型コロナを「悪夢のウイルス」とドクター・ファウチが言う理由

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
無症状の人から、重症化しやすい高齢者に感染してしまうことも。(写真:ロイター/アフロ)

Dr. ファウチの悪夢

 米国のアンソニー・ファウチ国立アレルギー感染研究所長は40年以上もHIV、SARS、MERS、H1N1、エボラ出血熱、ジカウイルスなど、あらゆるウイルスと戦ってきた。その一方で何年も前から、呼吸器系ウイルスによるパンデミックが来る日を恐れてきた。そして今、米国は現実に新型コロナウイルス感染を制御できずに苦しんでいる。

 Dr. ファウチが長年恐れてきたのは、感染スピードが速く、かつ死亡を含む重症化を引き起こす、動物からヒトへうつる未知の呼吸器系ウイルスだったという。過去にも様々なウイルスの脅威にさらされてきたが、1918年にパンデミックで多数の死者を出したスペイン風邪以来、こうした条件にあてはまるウイルスはなかったという。

 例えば2009年にパンデミックとなったH1N1(新型インフルエンザ)は非常に感染力が高かったが、重症化率は通常のインフルエンザと同等かそれ以下だった。逆に2005年の鳥インフルエンザは、重症化しやすく30%から40%という高い致死率で恐れられたが、感染力が弱かった。

 Dr. ファウチの経験では、「感染力のスピードと重症化」という2つの特徴を兼ね備えたウイルスは新型コロナウイルスがはじめてで、今回のパンデミックは悪夢だというのだ。

まるでロシアン・ルーレット

 さらにこのウイルスがもたらす症状には、大きな差がある。これまでの調査で、子供は感染しても重症化するのは稀で、若い世代を中心に感染者の20%から40%は何の症状もでないことがわかっている。

 自宅療養で対応できそうな比較的軽い症状の人の場合、そのまま1-2週間で症状がおさまり快復する人もいれば、最初の数日は軽い症状だったのが、突如として、病院に救急搬送されるほど悪化する場合もある。

 さらに高齢者および、年齢にかかわらず基礎疾患を持つ人が感染すると、集中治療が必要なほど重症化することが多い。入院が何週間にもわたり、死亡することも少なくない。また治った後も、後遺症に悩まされる人もいる。

 子どもでも、若い世代で基礎疾患がまったくない若い人でも、重症化する場合もある。逆に90歳以上の感染者で、入院療養した後に快復した例もある。新型コロナウイルスに感染した後、どのような転帰を辿るかを予測するのは難しく、まるでロシアン・ルーレットのようだ。

人を惑わすウイルス

 感染しても病気の症状に苦しまないことで、本人は「たいした病気じゃない」と思うかもしれないが、自覚がないまま他人にうつしてしまう恐れがある。症状の度合いが多岐にわたることは、人々がウイルスに対する認識を一致させる上での障害になる。

 今年3月、米国ではニューヨーク州周辺で爆発的感染が起き、多くの死者を出した。全米規模でロックダウン(都市封鎖)をし、経済的にも大きな打撃を受けた。当時、東部以外の州ではあまり感染が広がることもなく、「無用な都市封鎖をして、仕事を奪われた」と怒り出す市民も少なくなかった。

 人は自分および周囲の人の体験や、自分が信じる人の言葉をもとに判断する。自分の周りに感染者がいない、あるいは軽症ですぐに快復した人しかいなければ、フェイスブックで流れてくる「新型コロナの脅威は経済破壊のために仕掛けられたでっち上げだ」、「マスクをすると逆に健康を害する」といった偽情報や、「ウイルスなど夏になれば自然に消える」といったトランプ大統領のツイートを信じてしまう。

 ロックダウンに飽き、感染しても重症化しないだろうと考えた多くの若者たちは、ロックダウンが解除されるやいなや、バーやパーティに繰り出した。中には、わざと感染して免疫をつける、あるいは新型コロナウイルスが脅威でないことを証明するといった冗談半分の「コロナ・パーティ」に若者が集まることもあった。テキサス州サンアントニオ市の病院では7月半ば、「コロナ・パーティ」で感染した30歳の男性が、「自分が間違っていた。コロナはでっち上げだと思っていたけど、本物だった」と言い残して息をひきとった。

米国がこんなにもダメな理由

 8月2日現在で、米国ではすでに480万人が新型コロナウイルスに感染し、15万人以上が死亡した。全米で一日あたり6万人前後の新規陽性者が確認されているようでは、今後も感染者や死者が増えていくだろう。

 なぜ米国はこんな状況に陥ってしまったのか。一言でいえば、米国は新型コロナを甘くみて、ズルをしたからだ。

 先週の連邦議会公聴会でのDr. ファウチの説明によれば、95%の活動を制限した欧州のロックダウンとは異なり、米国のロックダウン下では50%程度の経済活動が続いていた。このため欧州ほどは感染者数を減らすことができず、1日あたりの新規陽性者数がなんとか2万人程度に減った段階でロックダウンを解除。甚大な被害を出した東部の州を除き、多くの州が即座に経済再開に突っ走った結果、あっと言う間に感染が広がってしまった。

 今ではあまりに感染者が多くて、いくらPCR検査を増やしても追いつかず、検査結果が判明するのに1週間以上かかる。これでは感染症対策の基本である、接触者追跡や隔離による制御ができないという悪循環だ。一方で、苦い経験をしたニューヨーク州など東部の州は、慎重に経済を再開し、PCR検査や接触者追跡で感染者数をおさえることに成功している。

 逆に言えば、マスク利用や手洗い、ソーシャルディスタンシングの徹底、店内飲食やバーの制限または停止、感染が広がりすぎている場所では苦しくても感染者数が大きく下がるまで厳格なロックダウン、感染者数が比較的少ない地域では徹底したPCR検査と接触者追跡という専門家の助言をきちんと実行していれば、少なくとも広範かつ爆発的な感染増加は避けられたはずなのだ。

 それでもトランプ大統領をはじめ、政治家や市民の多くはこうした成功例や公衆衛生の専門家の意見を重視せず、自分が一番正しいと言わんばかりの振る舞いを続けている。新型コロナウイルスは、米国にとって本当に悪夢のウイルスになってしまった。

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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