Yahoo!ニュース

具合が悪いなら、ウォルマートに行く? 地域医療に進出する米国の大手スーパー

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
薬局で働くウォルマートの従業員。資格を得れば、給料もあがる。ウォルマート提供

何でもありのウォルマート

 ウォルマートといえば、「毎日がお買い得(Everyday low price)」をモットーとする米国最大の小売りチェーン。店舗数は全米で5000店舗以上で、米国人の9割はウォルマート店舗の16km圏内に住んでいると言われる。車なら20分もかからない距離だ。

 食料品、日用品、電化製品、衣料品、台所用品、文具、玩具、工具、家具、薬局、眼鏡、スポーツ用品から自動車用品、園芸用品と、とにかくなんでも揃うので、買い物は「とりあえずウォルマート」という米国人が多い。

 そのウォルマートが、今度は医療にも本格的に進出しはじめた。これまでも同社はジョージア州、サウスカロライナ州、テキサス州の19店舗内に、「ケア・クリニック」と呼ばれるコーナーを設置してきた。

 ケア・クリニックでは、プライマリ・ケア医あるいはプライマリ・ケア看護師が、健康診断や日常的な疾患や軽度の怪我の初期診療や予防接種などを行う。予約制だが週日は朝8時から夜8時まで、土・日もあいているので、地域住民にとっては急な発熱や腹痛、高血圧や糖尿病などの慢性疾患の管理などで利用するのに便利な存在だ。

一般診療から歯科、フィットネスまで

 そして9月半ば、ジョージア州のダラスにある大型店舗のウォルマート・スーパーセンターに併設する形で、はじめて本格的な「ヘルス・センター」を開設した。こちらは入り口も独立しており、血液検査やレントゲン、心電図などの検査設備も備えている。

 ここではプライマリ・ケア医による一般診療から、メンタルヘルス、歯科のほか、視覚、聴覚、さらに禁煙、栄養指導やフィットネスまで、健康にかかわる様々なサービスを提供する。このヘルス・センターには80人から100人が従事するというのだから、かなり大規模だ。

ウォルマート・ヘルス・センター第1号の診察室。本格的です。ウォルマート提供
ウォルマート・ヘルス・センター第1号の診察室。本格的です。ウォルマート提供

 一元的な健康保険制度を持つ日本人には想像しにくいと思うが、米国の医療保険制度と医療費は、とにかく複雑でわかりにくい。お金があっても、保険に加入していないと診療を断られたり、自分が加入している保険が使える医療機関が限られていたりする。

 また、同じ診療内容でも、加入している保険によって自己負担額が大きく変わることもある。診療後に請求書を見るまで、一体、いくら費用がかかるのかわからないといったことが日常茶飯事だ。

毎日がお買い得価格?

 ちなみに筆者が加入している医療保険プランでは、風邪などでプライマリ・ケア医にかかっても、診療費用は90ドル(約9700円)程度で、血液検査やレントゲン撮影などをすると、それぞれ100ドル単位で追加料金がかかることが多い。

 「毎日がお買い得」がモットーのウォルマートでは、医療保険の有無にかかわらず診療を受け付け、予約時に診療費用を見積もるので、診療後に予想外に高い請求が来るといった心配をせずに利用できるという。

 9月11日現在の価格表によれば、ウォルマート・ヘルス・センターの診療費用は40ドル(約4300円)、平均血糖値を調べるA1C検査は10ドル(約1100円)、メンタルヘルスの個人カウンセリングは45分で45ドル(約4900円)、レントゲンを含む歯科検診が25ドル(約2700円)、クリーニングが25ドルから。

 これは標準価格で、費用は実際の診療内容によって変動はあるが、筆者は「米国なら確かにお買い得価格かも」という印象を受ける。さらに、こうして価格表を公表し、事前に診療費用を見積もるということ自体が、米国では画期的なことだ。

ペットケアも併設

 さらには、ワンコ、ニャンコの一般診療や予防接種、マイクロチップの埋め込みなどに対応するエッセンシャル・ペットケアも併設。「ペットも含め、家族を丸ごと面倒みます」という徹底ぶりだ。

 もちろんウォルマートは小売店が本業だけに、こうした医療サービスの提供が、隣にある店舗での薬やペット用品を含む様々な製品の販売につながることも期待しているはずだ。

ヘルス・センターには、視力検査室も。眼鏡やコンタクトがご入用の際は、お隣のウォルマートで、ということね。ウォルマート提供
ヘルス・センターには、視力検査室も。眼鏡やコンタクトがご入用の際は、お隣のウォルマートで、ということね。ウォルマート提供

従業員をヘルスケア要員に養成

 ウォルマートは今後、ヘルスケア分野でも本格的な事業展開を目指しているようで、従業員がヘルスケア関連のスキルを身につけられるよう支援することを発表した。

 ウォルマートで働く従業員は全米で150万人。多くは低賃金の仕事と悪口を言われることも多いが、同社は昨年から従業員が仕事に関連する大学学位や資格を取得する費用を支援する「Live Better U」という制度を開始。スキルアップすれば、より給与の高い職につくことができる。

 「1日1ドルで目指せる学位」という呼びかけで、キャリアアップを目指してすでに1万3000人がビジネスやサプライチェーン・マネージメント、サイバーセキュリティなどをオンライン授業もある大学で学んでいる。

 今回、この制度にヘルスケア関連の学位や薬剤師補助、眼鏡技師資格も加え、ヘルスケア分野で活躍できる従業員を養成していくという。

 巨大な資金力と圧倒的な店舗数、大量の安価な製品の提供で、ウォルマートは小売り業界を大きく変革してきた。日本人には考えられないような高額な医療費にあえぐ米国で、近い将来、ウォルマートは「毎日がお買い得」ヘルスケア革命を、もたらしてくれるだろうか?

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

片瀬ケイの最近の記事