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米国で若年性大腸がんが急増 若年患者は遺伝子検査の必要も?

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
春の健康診断では大腸がん検診もお忘れなく!(ペイレスイメージズ/アフロ)

50歳になったら大腸内視鏡検診

3月は大腸がんの啓発月間。一般的に大腸がんの発症は50歳以降に多いため、米国では平均的リスクの成人は50歳で大腸内視鏡による検診を受けることが推奨されている。

日本より医療費が桁違いに高い米国だが、オバマケア(医療保険改革法)では、医療保険でこの節目の大腸内視鏡検診を100%カバーするよう義務付けている。トランプ政権下で法律が変わる前にと、筆者も50歳になった配偶者を大腸内視鏡検査へと急き立てた。

夫は食欲旺盛で消化器系に不具合はないと言い張っていたが、蓋を開けてみたら、ポリープが6個もみつかった。幸いすべて良性だったが、1センチ以上に育ったポリープもあり、医師から「放置していたら何年か後には、がん化していた可能性が高いね」と言われ、ショックを受けていた。

米国では大腸がんが、がんによる死亡原因の第2位。ただし米国国立がん研究所(NCI)では、大腸がんによる死亡の9割は定期検診で防ぐことが可能だと推定している。小さなポリープの段階で内視鏡で切除してしまえば、大腸がんを予防することもできるからだ。

若い世代の大腸がんが急増

しかし2月末、「50歳で大腸内視鏡」という検診ではキャッチできない若年性大腸がんが増えているというショッキングな調査結果が、NCIの学術誌で発表された。

この調査は米国がん協会の研究者らが、1974年から2013年の「がん登録」データを分析したもの。その結果、1980年代半ばから2013年にかけて、20歳から39歳グループの大腸がん発生率が毎年、1~2%上昇していたことがわかった。特に直腸がんでは、70年代以降、20歳から39歳グループの発症率が1年につき3%も上がっていた。

40歳から54歳グループでも、1990年代から2013年にかけて、大腸がんの発生率が年あたり2%上昇したことがわかった。また55歳未満で大腸がん診断を受けたグループは、病期が進んだ状態で診断を受ける率が高いことも明らかになった。米国がん協会では今年、1万3500人が50歳以下で新たに大腸がんの診断を受けることになると推計している。

逆に55歳以上の大腸がん発生率はこの40年間で減少。特に過去10年間で急速に減少しているのは、大腸がん内視鏡検診の普及効果とも考えられる。50歳以上での大腸がん内視鏡検診の受診率は2000年には38%だったが、2013年には59%にまで拡大している。

今回の調査では、なぜ、若年での大腸がん発症率が上がったのかはわからない。また若年大腸がん発生率が上がったとはいえ、今回の調査結果では、それに伴う死亡率の上昇は見られなかった。

若年世代と遺伝性大腸がん

さらに米国では、若年で大腸がん診断を受ける患者には、これまで考えられていた以上に遺伝性大腸がんが多いということが、最近、明らかになってきた。遺伝性の大腸がんの代表的なものは、遺伝性非ポリポーシス性大腸がんである。米国のリンチ博士が特定したことから、「リンチ症候群」と呼ばれている。遺伝子を調べないと特定できないため、本人には自覚がない場合も多い。

これまで大腸がん患者のうち、リンチ症候群の患者は3%と言われてきた。しかし米テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの研究によれば、同センターで遺伝子カウンセリングを受けた35歳以下の大腸がん患者約200人のうち、22.5%にあたる45人がリンチ症候群だった。さらに16人は、大量の大腸ポリープが発生する家族性ポリポーシスだった。

リンチ症候群だと大腸がんの生涯リスクは最大で80%にもなる。また家族性ポリポーシスは、スクリーニング検査や予防措置をとらなければ、100%大腸がんを発症する遺伝性疾患だ。MDアンダーソンの研究では、若年大腸がん患者のうち35%もの患者が遺伝性大腸がんであることが明らかになったのだ。

さらにダナファーバーがん研究所が1000人以上の大腸がん患者を対象として行った調査でも、これまで考えられていた割合よりはるかに多い、約10%の患者がリンチ症候群などの遺伝子変異を持っているという結果が明らかになった。

またオハイオ州立大学総合がんセンター による大腸がんのスクリーニング検査データからも、50歳未満で大腸がんの診断を受けた患者の6人に1人(16%)には、患者のがんのリスクを増大させる1種類以上の遺伝性伝子変異があるという結果が出ている。

リンチ症候群は婦人科がんリスクも

自分にどのようながんリスクがあるのかを知っていることは非常に重要だ。

筆者の家系には大腸がん患者が多い。私の母もはるか昔、50歳を目前にして大腸がんになり、その後、リンチ症候群であることが判明した。このため健康優良児を自認してきた私でも大腸がんだけは気になって、40歳の時に内視鏡検査をしてポリープを一つ切除してもらった。2年後にフォローアップで行った2回目の内視鏡検査ではポリープも見つからず、ホッとしてしていたのだが、その翌年には卵巣がんが見つかって大騒ぎの半年を送るはめになった。

後で遺伝子検査をしてわかったが、筆者もリンチ症候群だったのだ。卵巣がんを発症した当時の私は知らなかったのだが、リンチ症候群の女性患者は、子宮内膜がん(子宮体がん)や卵巣がんを発症するリスクが通常より高い。一般の人が卵巣がんになるリスクは1.6%だが、リンチ症候群だとリスクは7%にあがる。また生涯のうちに子宮内膜がんになるリスクは60%~70%と高い。それ以外にも、胃がん、泌尿器がんを併発するリスクも高まるので、意識しておく必要がある。

リンチ症候群の男性は大腸がんを発症するリスクが女性より高く、40歳代で発症する場合が多い。このため米国では、リンチ症候群の人は20才代から1~2年に1度は内視鏡検査を受けるよう勧められる。大腸ポリープががん化するには、普通は数年かかかるのだが、リンチ症候群だとがん化の速度も1-2年と早いからだ。

こうした知識は自分の健康を守るために欠かせない。リンチ症候群であれことがわかってれば、検診の頻度を上げるなど、対策がとれるのだ。また遺伝性疾患が親から子に伝わる確率は50%。家族の健康を守るためにも、遺伝性疾患について知っておくことは重要だ。

米国では100万人以上がリンチ症候群だが、大多数は自分がそうした遺伝子変異を持っていることに気づいていない」と、前出の研究を行ったダナファーバーがん研究所の医師は言う。今後は若年の大腸がん患者に対する遺伝子検査の必要性も検討課題となりそうだ。

若くても、大腸がんを意識して

食生活が欧米化し、大腸がんは日本人のがん罹患者数や死亡数の中でトップ3に入っている。リンチ症候群でなくとも、食生活、喫煙、運動不足などの生活習慣で大腸がんのリスクは高まる。実際、大腸がんのほとんどは生活習慣に起因するのだから、がんを心配するなら、まず生活習慣の見直しだ。

若い世代での大腸がんの増加や、遺伝性大腸がんがこれまで考えられていた以上に多いといった米国の傾向が日本に当てはまるのかどうかはわからないが、日本でも若年での大腸がんや遺伝性大腸がんに対する知識や意識はもっと、もっと高めていく必要があるだろう。

大腸がん啓発月間もあと数日ですが、40歳以上の方は、ぜひこの春、大腸がん検診を受けてください。またお腹の不調が続く、血便がでるなど気になる症状がある人は、年齢にかかわらず、医師に相談してください。大腸がんは定期健診で、死亡率を下げることができる病気です

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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