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AI規制を求めるハリウッドのストライキ WGAとSAG-AFTRA、1,400億円の賃上げ要求

神田敏晶ITジャーナリスト・ソーシャルメディアコンサルタント
(写真:REX/アフロ)

KNNポール神田です。

全米の俳優組合と脚本組合の同時ストライキが、長期化しそうだ。

約16万人が1,400億円以上の増額一人あたり87万5,000円相当の増額

むしろ、1,400億円の賃上げで経済損失は5,500億円と推測される。

全米映画テレビ制作者協会(AMPTP)が早期に交渉を認めれば、映画全体のもたらす経済効果の影響は少なく、長期に渡ると映画産業の経済効果へ多大な影響を及ぼす。

それと当時に、新たな映画産業、テレビ産業、それに付随する新たなメディアの進化にあわせて、それで生活する人たちの権利を、『ストライキ』によって獲得してきたという歴史的な背景を持っている。

■全米の俳優ら16万人が加入する映画俳優組合が2023年7月14日、43年ぶりにストライキに踏み切った。動画配信の報酬や人工知能(AI)の利用を巡り、経営側の団体と交渉が決裂した。映画やドラマの製作中止が長引けば、米国外も含め40億ドル(約5500億円)以上の経済損失が見込まれる。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN1411V0U3A710C2000000/

■全米の俳優たちによるストライキを巡り、俳優組合の交渉相手である全米映画テレビ制作者協会(AMPTP)は(2023年7月)18日までに「交渉では賃上げや年金などで10億ドル(1400億円)以上の増額を提案した」と主張した。両者の溝は深く、交渉再開のめどが立たずにストが長期化するとみられている。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN18COK0Y3A710C2000000/

■AMPTP側は「組合との交渉でAIの使用に関して俳優を守るための条項を盛り込むことを提案した」と説明する。しかし俳優組合側は、それでも不十分だと訴える。

■AMPTPは「その人物をスキャンして1日分のギャラを支払い、そのスキャン画像や肖像に対する権利はスタジオ側が保有して、以後は同意もギャラもなしにスタジオ側が望むプロジェクトで恒久的に使用できる」という条件を持ちかけてきた。

https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2307/26/news084.html

■大きなメディアの変化の度にストライキが発生するハリウッド

1960年、『全米脚本家組合(WGA)』と『全米俳優組合(SAG-AFTRA)』が、『映画がテレビ放送される時の二次使用料』を求めるストライキ。

この頃のストライキの主導者は、米国大統領となる、ロナルド・レーガン

1980年、『米俳優組合(SAG-AFTRA)』は、『ビデオ化』の時の二次使用料を求めた。

2007-8年、『米脚本家組合(WGA)』は、『DVD販売』時の報酬増額を求めた。

2023年、『米脚本家組合(WGA)』と『米俳優組合(SAG-AFTRA)』は、『配信番組』の報酬増額と『AI規制』で、『米脚本家組合(WGA)』と『米俳優組合(SAG-AFTRA)』が同時にストライキを起こすのは、63年ぶりとなる。

今回の視聴者数に基づいた『ストリーミング報酬』についても、2時間見た人や数分で離脱した人についても分配の法則を明確にしたいと意見が分かれる。

映画館では、途中で退場した人に返金はされることがない。しかし、ストリーミングでは、最初の5分で視聴をやめるというシーンはよくある。それは再生されたかどうかのカウントが明確に開示されない限り報酬に反映されない。

また、ストリーミングブームにより以前よりも作品に多く接しているにもかかわらず、脚本家や俳優たちへの収益に増額が認められていないことなどもある。

このように、新たな『テクノロジー』によって登場した『メディア』が普及する度にそれらに関する分配や二次使用料でストライキが発生している。しかし、今回の『AI規制』要求だけが少し今までのストライキとは異質のようだ。

■長期化するハリウッドのストライキ

また、これらのように、ハリウッドの『組合』の強さも賃上げ交渉のひとつの手段として成り立っていることがわかる。

出典:WikipediaのハリウッドのストライキをChatGPTで作表
出典:WikipediaのハリウッドのストライキをChatGPTで作表

https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_Hollywood_strikes#cite_note-18

ただ、ストライキが、長期化することによって、映画などのプロモーションや映画祭などにも影響を及ぼし、映画の興行成績にも影響を与える。

 トム・クルーズの来日中止や、『バービー』主演のマーゴット・ロビー来日中止などと制限が加わった。

ハリウッドのストライキは、今にはじまったことではない。米国の労働組合の強さとネットワークを物語る。日本のテレビ人や映画人のストライキなどは、聞いたことがない。そもそもプロダクション側の『協会』はあれど、雇用されるアーティスト側の『組合』がないこともある。個々のアーティストも『組合』ではなく、『プロダクション』に所属している側だからである。

■『ブルース・ウィリス』の『デジタルツイン』の権利は?

ロシアの通信会社でのCMで起用されたAI『ブルース・ウィルス』MegaFonのCMに登場する Deepcake社のブルース・ウィルスのAI着ぐるみ映像

その『デジタルツィン』による製作過程を紹介するロイターの動画

■「ダイ・ハード」シリーズや「アルマゲドン」、「シックス・センス」など数々の映画で活躍してきた俳優のブルース・ウィリスは、2022年3月に失語症を理由に俳優業を引退しました。そんなブルース・ウィリスが、「ディープフェイクを使って自身のデジタルツインを映画や広告に出演させる権利」を売却したことが明らかになりました。

■ディープフェイクを用いて作成したデジタルツインを商業プロジェクトで使用するDeepcakeに、ブルース・ウィリスが自身のデジタルツインを映画や広告に出演させる権利を売却しました。Deepcakeは公式サイト上で、「我々はヨーロッパでの広告プロジェクトにブルース・ウィリスのデジタルツインを『採用』しました」と発表。ウィリスも「自分のデジタルツインの精度が気に入りました。時間をさかのぼる絶好の機会です

■ニューラルネットワークは『ダイ・ハード』と『フィフス・エレメント』の映像でトレーニングされているので、私のデジタルツインは当時のイメージに近いです」「現代のテクノロジーにより、私が別の大陸にいるときでさえ、私のデジタルツインがコミュニケーションを取り、仕事をし、撮影に参加することができます。これは非常に新しく興味深い体験であり、Deepcakeに感謝しています」とコメントしています。

https://gigazine.net/news/20221002-deepfake-bruce-willis/

■米アクション映画「ダイ・ハード」などで知られる米俳優ブルース・ウィリスさん(67)が認知症と診断されたと、ウィリスさんの家族が(2023年7月)16日公表した。ウィリスさんは失語症のため、昨年3月に俳優業からの引退を表明していた。

https://www.yomiuri.co.jp/culture/cinema/20230217-OYT1T50081/

まさに、ブルース・ウィリス主演の映画『サロゲート(2009年)』のあの世界観が本当にやってきたようだ…。失語症、そして、認知症となってしまった意味では、二度と、本人の演技を見ることができないが、『デジタル・サロゲート』としての演技では登場することが可能だ。

Deepcake社に、ブルースウィリス氏、本人が了承し『デジタルツイン』として、いわゆる『デジタル版着ぐるみ』を売るのは自由だろう。いわば、自身の『キャラクター権』の販売に近い。

Deepcake社との契約金額も気になるが、俳優やタレントが、自分で演じなくてもライセンス料金が得られるという新たな産業が萌芽しているのは良い事例だと筆者は思う。

少なくとも、死後の遺族への権利収入などは増え続ける。いや、若かりし頃の自分の『デジタルツイン』の販売も可能となるだろう。

これらの技術が過去出演作品からのAI学習だけでなく、個人としての癖や過去の演技パターンを逆トレースできるとすると、ブルース・ウィルス風の演技を他の役者のデジタルツインに演出するなどもできそうだ。…と、ここまでは良い。

■AIによっての仕事の剥奪は効率化といえるのか?

しかし、無名の素人俳優に名優のデジタルツインの演出などで高騰化する俳優のギャラを必要としない時代も起こりうるだろう。また、大量のエキストラでなりたっていた映画が、CGでエキストラを不要にしてしまったり、今回の『ストライキ』の『AI規制』は、かつてのデジタル化による『二次利用』に関する増額ではなく、『AI』を活用することによっての仕事の『剥奪』に対しても行われているのが特徴的だ。

俳優だけではなく、脚本家協会も、『生成AI』を活用して、過去の脚本を学習して、新たな脚本が作られてしまうと仕事が『剥奪』されてしまう。

ハリウッドといえども、トップに君臨するスターと有名脚本家だけの世界ではなく、それらをヒエラルキーの頂点として、エクストラ役の俳優からそれらに飲食や宿泊を提供するサービス、駆け出しの脚本家などの広い産業人口全体が『AI』の登場でそれらの仕事が『剥奪』され、代替される手段がないことを危惧している。

過去のテクノロジーの歴史において、新たなメディアの登場は、新たな職種をも誕生させてきたという『代替手段』も萌芽してきた。しかし、映画テレビ産業においての『AI』活用は新たな活用というよりもコストカットでの活用という、効率化しか見ていないところが要因だ。映画の『CG』の台頭では、作品の質は大きく変わった。そしてコストは上がった。ロケでは得られない質の向上に使われた。単なるコストカットだけの世界ではなかった。しかし、『AI』によって高い質が担保できるという事例が今のところないのが原因だ。

無名俳優らの健康保険加入の条件は年収360万円

■ロサンゼルスの有料動画配信サービス「ネットフリックス」社屋前では13日、俳優や脚本家らが行進した。人気俳優のマット・デイモンさんはロンドンで開かれた映画の宣伝イベントで「健康保険に加入するには年収2万6000ドル(約360万円)を稼ぐ必要がある。多くの人はぎりぎりのところにいる」と述べ、無名俳優らの苦境を訴えた。

https://www.yomiuri.co.jp/world/20230714-OYT1T50317/

実際に、ブルース・ウィリスと契約した報道されたDeepcake社についても『ディープフェイク』な疑いがかけられている。

■俳優のブルース・ウィリスの権利の所有者が誰なのか、2022年9月下旬の数日にわたって誰にもはっきりわからなかったようだ。

■Deepcakeは、旧ソビエト連邦の構成国だったジョージアで創業した。ウクライナ出身の最高経営責任者(CEO)のマリア・チミル、マーケティング担当役員でAIの博士号をもつ機械学習部門の責任者であるアレックス・ノチェンコが立ち上げたスタートアップ

■Deepcakeが主張したことはないと、チミルは言う。だが以前、ロシアの携帯電話会社であるMegafonが2021年に展開した広告で使うために、ウィリスの姿をDeepcakeでデジタル化する権利については合意の上で契約を交わしたという。

■ウィリスの肖像を広告に使用することは、デジタルクローンをつくりたい顧客にサービスを提供するDeepcakeの戦略の一環だった。「わたしたちは合法的なディープフェイクの分野で商業的に成功した最初期の企業のひとつなのです」と、チミルは語る。

https://www.sankei.com/article/20221105-K4FZJEHDLZKSVHQDDBEB5LT5DE/2/

二次利用の権利問題だけではなく、『AI規制』は、映画テレビ業界においての革新的なコストダウンを生み出す。この『ストライキ』の意味は、米国の映画産業だけではなく、『AI』そのものを、今後どのように捉えるのかという根本的な問題の行方を占う試金石となりそうだ。

ITジャーナリスト・ソーシャルメディアコンサルタント

1961年神戸市生まれ。ワインのマーケティング業を経て、コンピュータ雑誌の出版とDTP普及に携わる。1995年よりビデオストリーミングによる個人放送「KandaNewsNetwork」を運営開始。世界全体を取材対象に駆け回る。ITに関わるSNS、経済、ファイナンスなども取材対象。早稲田大学大学院、関西大学総合情報学部、サイバー大学で非常勤講師を歴任。著書に『Web2.0でビジネスが変わる』『YouTube革命』『Twiter革命』『Web3.0型社会』等。2020年よりクアラルンプールから沖縄県やんばるへ移住。メディア出演、コンサル、取材、執筆、書評の依頼 などは0980-59-5058まで

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