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許せない!ネット上の『正義心』はまったく正義ではない

神田敏晶ITジャーナリスト・ソーシャルメディアコンサルタント
高速道路での「あおり運転」は死亡事件へとつながった 出典:資料写真(写真:つのだよしお/アフロ)

KNNポール神田です。

神奈川県大井町の東名高速道路、「あおり運転」で追い越し車線に無理やり停止させられた夫婦が死亡した追突事故から1年、もうひとつの事件がネット上での「デマ情報」から発生している。1年前のこの「あおり運転」で亡くなられた夫婦と残された娘さんたちを想うと胸が痛い…。

ネット上に加害者と思われる人が特定され、あぶり出されると猛烈なバッシングにあう。しかし、その情報がデマだった場合どうなるのか…。そう、バッシングした人も加害者になってしまうのだ。

神奈川県の高速道路で夫婦が死亡した事故をめぐり、起訴された男とは無関係の会社に対して「男の勤務先だ」などインターネット上にうその情報を書き込み名誉を傷つけたとして、警察は(2018年6月)19日、合わせて11人を書類送検しました。調べに対して11人は「インターネット上のうその情報を信じて男の勤務先だと思った。許せないと感じて書き込んだ」などと話しているということです。警察によりますと、これまでのところ、いちばん最初にうその情報を書き込んだ人物は特定できていないということです。

出典:東名高速事故でデマ情報拡散 11人を書類送検

デマ情報を書き込んだ人ではなく、信じて動いた人が書類送検される時代に

この事件で一番の問題児なのが、最初にデマ情報を書き込んだ人物だ。しかし、そのデマ情報を信じてネット上に憤りのない怒りの「正義心」で書き込み、名誉毀損で書類送検されてしまった人たちでもある。昨年の事件は、ちょっとしたトラブルから言いがかりをかけられた事がきっかけで誰にも起こりうる事なので、まったく他人事とは思えない事件だった。もし、自分がその立場だったらとイメージしやすい。

加害者の勤務先が、たまたまデマ情報とは知らず知ってしまった時点で、その怒りの矛先が向けられてしまった。いくら「義憤」とはいえ、その加害者の勤務先とされた側からすれば、たまたま名前が似通っているだけの言いがかりを一方的にぶつけられたのだ。デマ情報を信じた人たちは、結果としてネット上で「あおり運転」と同様のことを犯してしまっているのだ。

ソーシャルメディアの義憤にかられた「正義心」

ネット上では、いくつもの事件とともに、一大探偵団が形成される。加害者とされる人物像を洗い出し、その人物の卒業写真からSNSアカウント、自宅の住所、家族関係、親族にいたるまでネット上で晒し者にしてしまう。加害者が決定された瞬間から、大バッシングがなされる。いわば義憤にかられた「正義心」だ。しかし、誰にでも加害者と想定された人を、勝手に裁く権利があるのだろうか? どんな人にでも「人権」が保障されている。しかしネット上ではそんな「人権」がまったく反故にされていることが多い。さらに、ネット上での書き込みは永久に消えないと思ったほうがよい。一度、大量にバッシングを受けた人の情報は、人の記憶が失せても、検索エンジンが記憶し続けている。「忘れられる権利」がないのだ。

かつては、匿名掲示板で自分を秘匿することができたが、最近ではスマートフォンの個別IDなどからも、もはや「匿名」という都合の良いペルソナは語れなくなっている。デマ情報を拡散することによって、今回のように名誉毀損で書類送検ということで立件される可能性もでてきた。しかも福岡市の会社員や札幌市の自営業者などと日本全国規模での書類送検だった。今後、デマ情報の拡散だけでしょっぴかれる時代は「言論統制」に近いものにも繋がりやすくなってしまう。

「デマの情報」をでっちあげた当事者だけでなく、それをもとにデマ情報を拡散させたことも問われる時代だからこそ、許せない!という怒りの行動を取ることによってのデメリットをもっと考えるべきだ。デマ情報の信憑性を精査し、担保できるエビデンスを掴もうとする人は、そもそもそんな拡散をしようとは考えない。それは、一時の怒りにまかせた単なる脊髄反応でしかない、ある種の「正義心」のカタルシスを騙ったストレス発散でしかないのだ。当然、ストレス発散と正義はまったく違うベクトルだ。

マスメディアとソーシャルメディア

日本のテレビでは、毎日毎日、謝罪会見が続いている。謝罪をしていながら謝罪にならないと延々と謝罪するまで追い詰める。しかし、被害にあわれた方、そのご家族にはそれを問い詰める権利があるが、マスメディアにはそこまでの権利がはたしてあるのだろうか?被害者に対してどう考えているんですか? の怒りの声の裏に秘めた視聴率のとれるコメントを聞き出そうとしているのが見え隠れする。マスメディアそのものが、現在のソーシャルメディアの罵詈雑言と変わらない。そう、マスメディアとソーシャルメディアは互いを映し出す鏡に近い。本当の「正義心」は情報に一喜一憂するのではなく、人の持つ権利を詮索しないことなのかもしれない。

ITジャーナリスト・ソーシャルメディアコンサルタント

1961年神戸市生まれ。ワインのマーケティング業を経て、コンピュータ雑誌の出版とDTP普及に携わる。1995年よりビデオストリーミングによる個人放送「KandaNewsNetwork」を運営開始。世界全体を取材対象に駆け回る。ITに関わるSNS、経済、ファイナンスなども取材対象。早稲田大学大学院、関西大学総合情報学部、サイバー大学で非常勤講師を歴任。著書に『Web2.0でビジネスが変わる』『YouTube革命』『Twiter革命』『Web3.0型社会』等。2020年よりクアラルンプールから沖縄県やんばるへ移住。メディア出演、コンサル、取材、執筆、書評の依頼 などは0980-59-5058まで

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