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小学館の女性誌WEBサイトのアクセスが急増した理由

神田敏晶ITジャーナリスト・ソーシャルメディアコンサルタント
小学館の女性誌WEBは合計で1950万UUを越えた 出典:小学館女性メディア局

KNNポール神田です。

2017年夏のウェブサイトのリニューアル以降、小学館の女性誌ウェブへのアクセスが異様に伸びている。前年対比が400%以上だ。WEBリニューアルの成功事例としても、とても気になった。特にUU(ユニークユーザー)数で伸びているのが、cancam.jpであり、単体でも月間に650万UU、2045万PV(ページビュー)を超え(2018年3月)、全体の30%のUU数を集めているのだ。小学館にうかがい、UU数の伸びの疑問をぶつけてみた。

cancam.jpのウェブサイト
cancam.jpのウェブサイト
合計1950万UU 前年対比410%を達成
合計1950万UU 前年対比410%を達成

2017年7月、小学館は「女性誌編集局」を廃止した…

小学館の女性誌媒体 出典:小学館女性メディア局
小学館の女性誌媒体 出典:小学館女性メディア局

「小学館は、今までターゲット別に、女性誌を編集し出版してきた。それが「女性誌編集局」という存在だ。それまでウェブ媒体は、いわば紙の雑誌のおまけ的な存在であり、紙の雑誌の販促物的な位置づけであった時代が長く続いた。しかし、2017年7月に小学館は「女性誌編集局」を廃止し「女性メディア局」として誕生させた。

これは「紙の雑誌を編集するだけの局」から「女性向けのあらゆるメディアを運営する局」へと脱皮させたことを意味し、紙の雑誌のみならず、デジタルやイベントなどひっくるめて、雑誌ブランドを様々なメディアで展開させていこうという意図があった。この流れの中で、各ウェブサイトのリニューアルが着手された(女性メディア局チーフプロデューサー嶋野智紀氏)」。

編集長のワントップ時代から、紙とウェブの編集長のツートップ体制へ

紙とWEBのツートップの編集長体制
紙とWEBのツートップの編集長体制

「女性メディア局で、大きく改革できたのは、各雑誌ごとにブランドコンセプトを作り直し、紙の編集長とWEBの編集長を明確にわけたことだ。今までは紙の編集長がすべてにわたって管理していたが、女性メディア局のチーフプロデューサー統括のもと、並列で紙とWEBの編集長が共存共栄でライバル化する構図を作った。そうすることによって、紙とはまったく違うサイクルで動いているWEBの良さが生きてきたようだ。月刊で出版される紙媒体と、1日に何十本も更新されるWEBとでは、求められている情報の考え方や筋肉の質がまったく違っていた。

例えば、インスタ映えを狙った#cancamナイトプールなどは、紙ではできなかった読者参加型のイベントとなった」と語る、女性メディア局チーフプロデューサー嶋野智紀氏

女性メディア局チーフプロデューサー 嶋野智紀氏
女性メディア局チーフプロデューサー 嶋野智紀氏

現在のCanCamナイトプールのチケットプレゼントは、CanCam6月号の付録の「水ジェリーファンデ」の口コミをハッシュタグ付きで投稿した中から当選するという仕掛け。紙→ソーシャル→イベントという動線がなされている。

紙の付録の体験をSNSで募り、イベントへ招待するというキャンペーン 出典:cancam.jp
紙の付録の体験をSNSで募り、イベントへ招待するというキャンペーン 出典:cancam.jp

「デジタル事業局」という名のウェブチームの存在

雑誌ブランドごとに、WEBに求められる役割を要件定義した
雑誌ブランドごとに、WEBに求められる役割を要件定義した

「各雑誌ブランドによって、編集方針が決まれば、チーフプロデューサーやWEB版編集長と共に、「デジタル事業局」が、要件定義を2〜3ヶ月にわたり、しっかりと一緒に詰めてきた。そもそも「デジタル事業局」には、IT企業からの転職組が多く、ECやメディア、新規事業と様々なキャリアのWeb人材の集合体である。そんな出版社以外で経験を積んできた人材だからこそ、出版社の顧客は、本屋に足を運ぶ従来の読者以外にもまだまだ拡張できる可能性があると考えている。雑誌を本屋で買うのは雑誌ブランドのコアファン。 しかし、美容院で雑誌を読んで掲載されている洋服をECサイトで買ってくれる読者、本屋さんにはまったく来ないし雑誌も読まないが、ラグジュアリーブランドに興味のある人、も大切な雑誌ブランドの潜在的読者なのではないか…。そんな思いの元、雑誌で狙うべきユーザーとWEBで狙うべきユーザーを徹底的に編集部と議論し、WEBの読者ユーザーは、必ずしも紙の本誌と一緒ではなくてもかまわないという結論に至った。(デジタル事業局WEBプロデュース室主任山野明登氏)」

デジタル事業局WEBプロデュース室主任山野明登氏
デジタル事業局WEBプロデュース室主任山野明登氏

「例えば 雑誌Preciousは城であり、WEB Preciousは、城下町とWEB編集長は考えた。ファッション誌に興味がない富裕層男女もいるわけだ。しかし、高級車や高級時計には興味がある。紙媒体では難しいユーザーにも、WEB媒体では「検索」というツールを通じて接点を持つことができる。これは雑誌を作っている側にとっても、今までは、本屋さんやコンビニさんでしか接点がなかったユーザーと出会える場となった。

新WebPreciousのターゲットユーザー要件定義マップ
新WebPreciousのターゲットユーザー要件定義マップ

https://precious.jp/

ラグジュアリー層をターゲットとしているPrecious.jp WEB
ラグジュアリー層をターゲットとしているPrecious.jp WEB

WEBの月刊記事本数は200本から600本

例えば、CanCamのWEBを見てみると、「今日のコーデ」というコーナー記事があり、『4月26日、今日の東京は晴れ時々曇り。最高気温24度、最低気温15度の予報です(気象庁調べ)。』とその本日のお天気にあわせて今日のコーデを読むことができる。そしてその記事の配信時間は、なんと朝の6時だ。デジタル事業局では、KPIでユーザーのアクセス数に、あわせて記事の本数と執筆スタッフをアサインをするという逆算方式をとった。目標は、女性出版社でのウェブでのナンバーワンだ。KPIの初期目標は、1000万UU。結果、7ヶ月で1900万UUと順調な滑り出しだ。しかし、まだ満足できるレベルではないと、デジタル事業局の山野氏と女性メディア局の嶋野氏は声をそろえる。小学館の紙媒体と比較してデジタル媒体の売上は、75:25の比率であり、これは50:50まで引き上げられると考えているからだ。

紙とデジタルは50%づつを目指せる

「まだ紙の媒体は75%の広告収入を稼いでくれている。しかし、ようやくWEB媒体が25%を稼ぎはじめている。紙100%にデジタルがオマケだった時代からの脱却で、媒体ごとの特性によってデジタル媒体の伸びる余地は、まだまだあると考えている(女性メディア局の嶋野氏)」

WEBは細かくセグメントされていたほうが都合が良い

「ユーザーのUXを考えた場合、その各雑誌ブランドごとの世界観があったほうが楽しい。当然、出版社のポータルでまとめてその傘の下にブランドをたくさん並べたほうが、確実にコストも抑えられる。しかし、雑誌ブランドごとに独自のコンセプト、独自の記事があったほうが、結局ユーザーの満足度は上がる。CanCamの1日の最初の流入のヤマは朝の朝の6〜7時、Oggiは、平日のお昼休み時間に伸びる。美容(美的)とラグジュアリーブランド(Precious)は、夜22時くらいの「自分時間」に一番アクセスがあるようにブランドごとにアクセスされる時間も異なる。KPIで求めていたのが、出版社の女性メディアの最大規模と言える1000万UUの目標に対して、雑誌ブランドごとに必要な記事本数の目標を逆引きで算出し、その目標記事本数に対して各編集部がライターさんを手配し、記事を量産する体制を整えることができたから、目標を超えることができた。(デジタル事業局の山野氏)」

アクセスアップの最大の要素

今回、取材してみて気づいたのは、リニューアルの成功要因は、小学館女性メディア局の「事業者視点」から「WEB視点」への変革だった。ユーザーが訪問すべき理由をしっかりと作り込み、いままでの雑誌ありきではないところへ変革したところだ。編集長が紙とウェブを担当すると、ウェブの記事はどうしても番組宣伝的になりがちだ。そして、大事なことはWEBには書かれない…「続きは本誌で…」になりかねないからだ。

『WEBはWEBで完結すること。これが、一番大事な組織改革だった』と女性メディア局の嶋野氏は語る。

ライバルは出版社なのか?

書店の女性誌売り場は、もはや「付録全盛時代」だ
書店の女性誌売り場は、もはや「付録全盛時代」だ

「女性誌は、ユーザーとの距離が非常に近い。同時に濃度とロイヤリティもとても厚い。そして、夜の自分時間となると、テレビをつけながらPCを立ち上げ、ドラマを見ながら、友達とSNSでコミュニケーションし、同時にネイルもこなすほどの並列処理でのライフスタイルを過ごしている。もっと、もっと我々はユーザーの生活スタイルにあわせて変化していかなければならない時代を痛感している」と女性メディア局の嶋野氏は言葉を締めた。

今回、感じたのが、ライバルは、もはや出版社同士ではないということだ。

紙とWEBの共存というよりも、24時間、女性を網羅する社会に対し、出版社がどれだけ彼女たちの生き方にコミットし、新たなブランド戦略の中で選択され続けるのかという激しいレースのような気がしてならない。

書店では、すでに女性誌の間に「ポーチ」だけでなく「化粧品」や「アクセサリー」までが付録としてサンプル提供されている。雑誌はもはや、「雑貨のラッピングペーパー」にもなるということが起きている。書店は本だけを売る場所とは限らなくなっているのだ。ウェブにはできない流通を、紙は紙で進化し続けているのだ。

出版社が紙とウェブ、いつかは、映像や音楽、映画まで手がけてもおかしくない世の中になりそうだ。紙の出版よりも、ウェブ記事は、放送や通信により近いからだ。

いつの日か、読者モデルがファッションニュースを読み上げるような動画チャンネルの到来が、そこまできている気がしてならない。コンテンツのあり方、ウェブのあり方、そして紙のあり方が大きく変革しようとしている。

ITジャーナリスト・ソーシャルメディアコンサルタント

1961年神戸市生まれ。ワインのマーケティング業を経て、コンピュータ雑誌の出版とDTP普及に携わる。1995年よりビデオストリーミングによる個人放送「KandaNewsNetwork」を運営開始。世界全体を取材対象に駆け回る。ITに関わるSNS、経済、ファイナンスなども取材対象。早稲田大学大学院、関西大学総合情報学部、サイバー大学で非常勤講師を歴任。著書に『Web2.0でビジネスが変わる』『YouTube革命』『Twiter革命』『Web3.0型社会』等。2020年よりクアラルンプールから沖縄県やんばるへ移住。メディア出演、コンサル、取材、執筆、書評の依頼 などは0980-59-5058まで

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