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マイケル・ジャクソンの新譜発売にからむデジタルミュージックの課題

神田敏晶ITジャーナリスト・ソーシャルメディアコンサルタント

2014年5月14日、マイケル・ジャクソンの新譜が公開された。

また、ミュージックビデオも、ジャスティン・ティンバーレイクとの共演の映像がYouTubeで視聴できるようになった。これは、デラックスエディションにおまけで挿入されるものが、YouTubeで視聴できる。すると、デラックスの選択価値がなくなるのではないか?とついつい思ってしまう。しかし、そんな事をマニアは気にしないかもしれない。

新曲は「Love Never Felt So Good」。原曲は1983年制作だが、どこか、懐かしく新しいという不思議な感覚の曲だ。

マイケル・ジャクソン・オフィシャルサイト

http://www.sonymusic.co.jp/artist/MichaelJackson/http://www.sonymusic.co.jp/artist/MichaelJackson/

しかし、公開されているものの、日本でCDがリリースされるのは、2014年5月21日だ。一週間あと。

ボクは昨日(2014年5月14日)から、ソニーのMusic Unlimited(2,000万曲 一ヶ月980円)のサブスクリプションモデルで聞いている。CD発売まであと一週間もある。

Amazonでも、MP3版(1,600円)は発売中だが、CD版(2,592円)は2014年5月21日だ。この謎の7日間のディレイは、一体何を意味しているのだろうか?

通常、CDやデラックス版を売りたければ、先行してCDを発売し、その後でデータ販売だろう。データの販売やサブスクリプションで一週間も前に聞けるのであればそちらへシフトしてもおかしくない。音楽を聞くシーンも、ステレオでレコードを応接間で聞く時代でもない。iPhoneなどのスマホで、音楽をヘッドフォンで聞くのが主流となっているから、音楽そのものがパッケージである必要はない。

まして、日本は世界でもレンタルレコードの仕組みがある稀な国だ。

これはレコード再生機器メーカーが多く存在する国である特徴であり、昔から、数百円で音楽を録音することによって、機器が売れることを優先してきたからだ。その名残りで、リッピング文化が育ち。時間がかかるCDのレンタルよりも、新譜でCDを買って、リッピングしてから、ブックオフへ流通させるなんてことも平気で行われている。一枚のCDからどれだけ音楽はリッピングされていることだろう。そして、持ち歩いてリッピング・ミュージックのみを聞く。それが、何万曲にもなった場合、自分の持っている楽曲だけで十分だ。

パッケージ版のディスクや、CDに挿入された紙キレは、レコードの紙ジャケットと比較するとアートとしての価値も低い。初回限定盤のDVDなども、YouTubeで検索すればすべて登場してくる。だから音楽の場合、リッピングされたパッケージの持つ価値性は低い。

では、パッケージの意味は果たしてなんだろう? 新譜であれば、ブックオフの買い取りで1割程度、オークションでは半額くらいで売れる。しかし、送料等を考えると、データで購入してもいいかと思うのだ。

今回のように、CD盤が遅くなるのは、メーカー側の利益率向上の戦略でもあるだろう。パッケージを製造し、管理し、流通させ、回収する手間を考えれば、データ販売ではたった一枚制作しておけば、あとはすべて自動化されている。作業とえいば、ダウンロード数を見ての請求書の発行くらいだ。これを考えると、パッケージはマニア向けでよいくらいだ。

しかし、問題はそこだ。かつて、CDやレコードは、ソニーのプレイヤーでも、パイオニアのプレイヤーでも、ヤマハのプレイヤーでも、問題なく再生できた。しかし、今やアップルのiOSに、Android 、Amazon kindle Fire とデバイスごとにプラットフォームが違っている。うまく、シンクできなかったりすると再生すらおぼつかないリスクを購入したユーザーは持っている。

しかも、デバイスは2年毎に買い換えるくらいの消耗品だ。どのプラットフォームで自分の音楽資産を残すかは非常に難しい選択だ。さらに年額制でのAppleのiTunse Macthのような、クラウドデータストレージ型のサービスも始まったことにより、ますます音楽を選ぶことイコール、スマホのOSも限定されるというヒモ付けの構造に縛られる。もちろん、今の時代、マルチプラットフォーム対応ではあるが、ライバルOSの対応はいつの世も後手、後手に回る(笑)。

「デバイス」というレイヤー、「OS」というレイヤー、「音楽プラットフォーム」というレイヤーで熾烈な争いになっているからだ。たとえば、amazonでMP3を購入して、iOSで楽しもうとすると、AppleのiTunesからAmazon Cloud Playerをダウンロードしなければならない。Amazon側でiTunes用にMP3を購入しようとすると、ユーザー側が工夫して、iTunesに取り込まなければならないなんてことになる。

また、アルバムを購入するのに、iTunesとAmazonのどちらが安いのか?なんて比較までする必要が出てくる。かつてのレコード盤の日本版か輸入盤かの差のような悩みを抱える(笑)。レコードの日本語版はライナーノーツの解説と歌詞、それに帯代に、1,000円くらい投じていた気がする。

デジタル音楽は、電子書籍と同じく、ユーザーのボクたちは、しばらくは、プラットフォーマー戦争時代の犠牲者となることを覚悟しておかなければならない。かつてのBetaとVHS、HDDVDとブルーレイのようなどちらが市場を制するのかの時代ではなく、マルチデバイスで共有できる方向を目指そうとしながら、戦っているからややこしいのだ。さらにリージョン別の国の著作権の台所事情が複雑に絡まるから、インターネット時代に、さらにフィットしにくい。アップルのiTunes Matchなどは日本は年額で1,000円以上も割高だ。

原価が下がり営業利益が出やすく音楽産業が儲かり、ユーザーは便利というベネフィットを得られればいいが、現在は、どのプラットフォームが良いのか選択が非常に難しい。それは、音楽だけの話でなく、仕事や、通信キャリア、PC、スマホ、タブレットのメーカー間の選択肢にも深くからんでくるからだ。

せっかく、異種間のOSの上に、ウェブブラザという標準な整地された場所が用意されたが、デバイスごとによって、データ形式が異なるという、ローカルルールが幅を利かしているのが現状だ。

音楽が聞いてもらえるうちに、このプラットフォームの共通化は進めなくてはならない。電子書籍と違い、音楽はビットレートと時間軸のファイル構造だから、そんなに難しくはないはずだ。

一番、被害を被っているのは、音楽を愛するユーザーたちだということを事業者は今一度考えるべきだろう。

ITジャーナリスト・ソーシャルメディアコンサルタント

1961年神戸市生まれ。ワインのマーケティング業を経て、コンピュータ雑誌の出版とDTP普及に携わる。1995年よりビデオストリーミングによる個人放送「KandaNewsNetwork」を運営開始。世界全体を取材対象に駆け回る。ITに関わるSNS、経済、ファイナンスなども取材対象。早稲田大学大学院、関西大学総合情報学部、サイバー大学で非常勤講師を歴任。著書に『Web2.0でビジネスが変わる』『YouTube革命』『Twiter革命』『Web3.0型社会』等。2020年よりクアラルンプールから沖縄県やんばるへ移住。メディア出演、コンサル、取材、執筆、書評の依頼 などは0980-59-5058まで

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