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「開戦」秒読み――「総力戦体制」のロシアにどう立ち向かう

亀山陽司元外交官
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

9月21日、プーチン大統領は予備役約30万人の部分動員を指示。10月5日、プーチン大統領はドネツク、ルガンスク、ヘルソン、ザポロージエの4州の「併合」を承認した。併合演説でプーチン大統領は、核兵器を含むあらゆる手段を講じる用意があると述べた。10月8日、クリミア半島とロシア本土を結ぶクリミア大橋が爆破によって損壊し、プーチン大統領はこれをウクライナによるテロと断定して、ウクライナ各地のインフラへのミサイル攻撃を行った。10月20日、プーチン大統領の指示により、新たにロシアに「併合」された4つの地域に戒厳令が敷かれた。

第三次世界大戦の回避というコンセンサス

一方で、ウクライナの地上軍は攻勢作戦を遂行しており、ドンバス北部地域及びヘルソン州で進攻している。これを受けてロシア支配地域のヘルソン州では、ドニエプル川左岸への住民の移動を開始し、さらにその他の地域への避難も推奨されている。

西側諸国は、ロシアによる戦闘の継続は困難となっている、ロシア側はウクライナ側に押される一方である、核兵器の使用は認められない、ウクライナを引き続き支援すると繰り返している。

しかし、上述のロシアの動きをみていると、大規模な戦闘の足音が着々と近づいているのが聞こえるようだ。これからどうなっていくのだろうか。先行きは不透明だが、戦後初の核兵器の使用という事態、ロシアとNATOの直接対決、すなわち第三次世界大戦といった最悪の事態は何としても防がなければならないという点については、国際社会のコンセンサスがとれているものと思われる。

「総力戦体制」のロシア

現状注目すべきは、戒厳令と同時に決定された「政府調整評議会」の設置であろう。議長はミシュスチン首相、副議長はグリゴレンコ副首相兼首相府長官とマントゥロフ副首相兼産業貿易大臣の2名。その他、ボルトニコフ連邦保安庁長官、ゾロトフ連邦国家親衛隊司令官、コロコリツェフ内務大臣、ナルイシュキン対外諜報庁長官、シルアノフ財務大臣、ショイグ国防大臣などが名を連ねる。この評議会の目的は、ウクライナにおける「特別軍事作戦」で必要とされるロシア軍の需要を満たすこと、そしてそのために関係する連邦機関及び地方政府が連携することである。軍事作戦を遂行するために必要な武器や物資を効率的に確保するため、この評議会が調整を行い、課題を挙げ、目標と計画を立て、予算を確保し、物資の供給を管理する。一言で言えば、国を挙げて組織的に軍事作戦を継続遂行していくということに他ならない。

これは何を意味するのか。「総力戦体制」そのものである。これまでの軍の活動の延長線上で行ってきた軍事作戦から、国力を総動員しての総力戦へと移行しようとしている。この調子でいけば、次に来るのは「特別軍事作戦」から「開戦」への移行である。非常に憂慮すべき事態と言わざるを得ない。

事は軍事物資の供給だけにとどまらない。4地域への戒厳令の導入に加え、ウクライナに隣接する8地域(クリミア、セヴァストポリ、クラスノダール、ベルゴロド、ブリャンスク、ヴォロネジ、クルスク及びロストフ)にも「中レベルの対応体制」を導入し、経済における動員、地域の防衛体制を整えることなどを指示した。そればかりか、中央連邦管区(モスクワを含む18地域)、南部連邦管区(クリミアを含む8地域)には、「高度な準備体制」を敷いた。対応のレベルは、上から「戒厳令(最大限の対応体制)」、「中レベルの対応体制」、「高度な準備体制」となるが、「高度な準備体制」の場合でもインフラ施設の防護や交通規制・検査といった権限を行政に与えるものだ。加えて、ロシア全土のその他の地域には「基盤的準備体制」を導入し、市民を防衛するための措置や軍事物資を確保するための措置を実施する権限を与えている。

つまり、政府には「調整評議会」を置き、同時に全国に様々なレベルの「準備体制」(レジーム)を導入することで、ロシアが軍事行動を継続するための国内体制を整えているのである。

ロシアの意図は?

では、ロシアは「総力戦体制」を整えてどうしようというのか。開戦なのか。確かに開戦(戦争)に向けた準備を整えていると言わざるを得ない状況だが、短期的には開戦そのものを目的とはしていないと思われる。ロシアの当面の目的はウクライナ軍の攻勢を跳ね返し、戦線を安定させることである。現状では物資不足、兵力不足のためウクライナ軍の攻勢に耐えきれていないロシア軍は、軍事物資の補給を確保し、徴収された兵力を投入することで、押される一方の戦線を安定させようとしている。こうしてロシアの「国境」を十分な軍事力で防衛すること、これが現時点でのロシア側の目標である。プーチン大統領自身が、30万人の部分動員は、1100キロに及ぶ前線を維持するために必要な措置だとしている。ロシア側としては、そのうえで、停戦交渉を進めたいと考えているのである。

但し、欧米に支援されたウクライナ側の軍事力がロシア側の軍事力と拮抗するとすれば、前線における戦闘は激化し、エスカレートする可能性もあろう。この場合のエスカレーションとは、ロシア軍が戦線を安定させるという目標を越えて前進しようとしたり、後背地の生活インフラにさらなる打撃を与えることでウクライナの士気と国力を奪い降伏させようとしたり、といった行動である。最悪の場合には戦術核兵器の使用である。エスカレーションを止め、戦線を安定させることができなければ停戦の機は熟さない。

エスカレーションの可能性大

また、現時点で攻勢に出ているウクライナ側としては停戦交渉に応じるつもりは全くない。ゼレンスキー大統領はプーチン大統領とは交渉しないと宣言している。ウクライナ側はロシアによる占領地域を軍事的に奪還するまでは停戦に応じたくないのだ。なぜなら、今停戦すれば、被占領地域は二度と戻ってこないということを理解しているからである。

ウクライナの停戦交渉の拒絶の姿勢は頑ななまでである。10月3日にイーロン・マスク氏が和平案を提案した際にウクライナ政府が激烈な反発を示したことがそれを示している。そのため、ウクライナを支持しているEU諸国としても停戦について大きな声で発言できない雰囲気となっている。残念ながら、現状では、エスカレーションに至る可能性が高いと言わざるを得ない。

第三次世界大戦か停戦か

ウクライナ自身が外交交渉を拒否し、軍事的手段による解決を志向している以上、第三次世界大戦の勃発を回避し、停戦により平和を回復しようとすれば、ウクライナを軍事的に支援している国々が交渉に向けて動くほかない。2014年と15年のミンスク諸合意を実現したときの独仏のようなリーダーシップが発揮される必要がある。

問題は停戦の条件である。ロシア側はウクライナ軍に十分な打撃を加え戦線を安定させた上で、ウクライナが中立化すること(NATO非加盟)を条件に出してくるだろう。一方で、ウクライナはNATOに加盟申請を提出したばかりだ。また、「併合」された地域の地位については、双方譲らないであろうから棚上げされる可能性もある。この場合にはミンスク諸合意の再現となる。ミンスク諸合意も政治的問題(ドンバスの地位、選挙の実施等)を将来の課題として定めたが、結局は実現されないまま、こうした事態に至ったのである。

つまり、停戦そのものは根本的解決ではない。根本的解決には、他の国際問題同様、非常に長い時間が必要となるだろう。しかしながら、国際問題というのは、そもそも短期間に解決されないものである。世界を見渡せば、そういう問題がごろごろしている。たとえ戦場で勝敗が決まったとしても、その後に領土問題といった問題が残されることはよくあることだ。今重要なのは、それでもなお粘り強く外交的解決を目指していくことである。このことを最も聞かせたいのは軍事侵攻に踏み切ったロシアなのではあるが。

元外交官

元外交官 1980年生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業、同大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修了。外務省入省後、ユジノサハリンスク総領事館(2009~2011年)、在ロシア日本大使館(2011~2014年)、ロシア課(2014~2017年)、中・東欧課(ウクライナ担当)(2017〜2019年)など、10年間以上ロシア外交に携わる。2020年に退職し、現在は森林業のかたわら執筆活動に従事する。気象予報士。日本哲学会、日本現象学会会員。著書に「地政学と歴史で読み解くロシアの行動原理」(PHP新書)、「ロシアの眼から見た日本 国防の条件を問いなおす」(NHK出版新書)。北海道在住。

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