アフガニスタンにおけるタリバンの快進撃は衝撃的だった。まさか、これほどまでに迅速にタリバンがアフガニスタン全土を制圧するなどとは、バイデン大統領のみならず、誰も想像しなかったのではなかろうか。それほど、アフガニスタン情勢というのは、外から見れば――中から見ても――不可解なものだということだろう。

米軍はソ連の失敗に何も学ばなかった

しかし、米国のアフガニスタン政策関係者の中には、米軍撤退と同時にアフガニスタンの「傀儡政権」が崩壊すると予想していた専門家もいる。例えば、米海軍大学院(Naval Postgraduate School)のトーマス・ジョンソンは、アフガニスタンの専門家であり、2008年から2009年にかけて、カナダのアフガン派遣軍司令官のアドバイザーを務めた人物だが、米軍がアフガニスタンに入ってから10年後の2011年時点で、既にそうした悲観的な見通しを立てていた。

ジョンソンの見方によれば、米軍は情報戦に敗れたということになる。米軍はアフガニスタンの文化も社会も理解していない。都市部を中心にコントロールを維持してきたが、実際には、アフガン住民の8割近くが地方の農村部に居住している。米軍は農村部に居住する大多数のアフガン人の支持を得ることができなかったということである。

米軍が構築した前線司令部(FOB)は都市部周辺に置かれていた。そして、その多くは、バグラム空軍基地のように、かつてソ連の派遣部隊が置かれていたのと同じ地域だったという。要するに、アメリカはかつてのソ連のアフガニスタン侵攻の失敗から何も学ばず、同じ道を歩んでいるというわけだ。

ロシアとアフガンの緊密な関係

ソ連とアフガニスタンと言えば、1979年から1989年までのソ連軍によるアフガン侵攻の失敗がよく知られているが、それまでのソ連とアフガニスタンの関係は密接で友好的ですらあったことはあまり知られていない。その関係はロシア革命直後の1921年、ソ連との間で友好条約を調印したところに始まる。以後、ソ連はアフガニスタンの近代化を支援し、工科大学の開学や軍の近代化を進めてきた。アフガニスタンの近代化はソ連の強い影響下にあったとすら言える。しかし、その当時から、地方の農村部においては、保守的で信心深い部族指導者、土地の支配者、イスラム宗教指導者の勢力下にあり、近代化の影響力は彼らに及ばなかった。その事情は、21世紀の今になっても変わらなかったというわけだ。アフガニスタンに中央集権的な中央政府を樹立することがいかに難しいかということがわかる。

米軍は戦略目標を達成?

アフガニスタンからの撤退で米軍の威信に傷がつくことは避けられない。バイデン政権にとっては手痛い逆風となるだろう。しかし、これは米軍の撤退の仕方がまずかったことが原因だったのだろうか。いかなる形で撤退すれば、アフガニスタンが米国にとって望ましい形で維持されただろうか。アフガニスタンは1989年のソ連軍撤退後も長年にわたり内戦が続き、1996年にタリバンがカブールを制圧した後も、北部同盟などの反タリバン武装勢力との紛争が続いたのである。その意味では、アフガニスタンに平和をもたらした政権が成立したことは一度もないのである。

問題は、アフガニスタンがテロ組織の温床となることを防げるかどうかである。そもそも、米軍がアフガニスタンに侵攻したのは、タリバンがアルカイダを保護していたからである。米国のアフガニスタンにおける第一の戦略目標は、アフガニスタンをテロの温床にしないこと。アフガニスタンに自由民主主義を根付かせるというのは、そのための最良の手段であったが、それ自体が目的だったわけではない。したがって、新たなタリバン支配がテロ組織を支援して米国を攻撃したり、地域を不安定化したりするようなものでなければ、米国としては「目的を達した」として納得するしかない。

中露が主導する上海協力機構の活用

アフガニスタンがテロの温床となるかどうかという問題は、ロシアと中国にとっても最大の懸念である。タリバン復活後、中露はタリバンとのパイプを築き、米軍撤退後のアフガニスタンで影響力を拡大させつつあるように見える。しかし、中露が米軍撤退とタリバン復活を手放しで喜んでいると考えるのは間違いだ。タリバンはテロ支援組織としてロシアでは非合法組織に指定されている。ロシア国内には1500万人ものイスラム教徒がいると言われており、実に人口の10%に達する。しかもチェチェンなどのイスラム系の独立運動やテロ組織を国内に抱えるロシアにとって、タリバンの復活ははっきり言って怖いのである。因みに、ロシア国内のイスラム分離派が自称したチェチェン・イチケリア共和国をタリバンは2000年に世界で初めて承認している。

さらに、アフガニスタン自体が内戦状態に陥れば、アフガニスタンに隣接する中央アジア地域の治安も不安定化する可能性が出てくるが、それはそのままロシアの治安にも影響を及ぼしかねない。国境地帯の不安定化は安全保障上の大問題となるのだ。米軍は撤退して出ていけばよいが、残された近隣国にとってはたまったものではない。

こうしたテロ組織を国内に抱える中露が中心となって、ソ連崩壊後の1996年に国境管理における信頼醸成を目的とした協力枠組みを創設しており、現在、中、露、印、パ、中央アジア4か国(ウズベキスタン、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン)の8か国が加盟している。上海協力機構である。プーチン大統領は8月25日に習近平及びパキスタンのカーン首相とそれぞれアフガニスタン情勢について意見交換を行い、上海協力機構の枠組みを最大限活用すべきと述べている。9月にタジキスタンにおいて上海協力機構の首脳会議が予定されており、アフガニスタン情勢がメインテーマとなることは疑いない。上海協力機構には中露印パ、中央アジアというアフガニスタン隣接地域がほぼすべて加盟しており、同機構が米軍撤退後のアフガニスタン情勢の安定化にどれだけ寄与できるかが注目される。仮に、大きな成果を上げるとすれば、地域機構としての同機構のステータスは大きく上がることになる。

アフガニスタンの安定化は米中露の共通課題

しかしながら、アフガニスタンの安定化は、米中露が共有する課題である。米国が撤退して、代わりに中露主導の上海協力機構が後を引き継いだとしても、成功するとは思えない。せいぜい国境を封鎖してテロリストの侵入を阻止するだけだ。それは中国もよくわかっている。8月30日の米中外相による電話会談で王毅外相は、アフガン新政権の運営支援を米側に求めた。20年にわたりアフガニスタンに駐留した米国の協力は今後のアフガニスタン対策に不可欠である。米国としては、中露がアフガニスタンへの対応で主導権を握るのを座視するよりは、中露と連携してアフガニスタンの再建に関与する方が得策だ。協力できるところでは協力を、だ。中国がアフガニスタンの鉱物資源に触手を伸ばしているとの見方もあるが、ISの残党がはびこる不安定な情勢ではそれもかなわない。

プーチン大統領は米国のアフガン政策について、「外部からの価値観の押し付けによる無責任な政策」と批判した。冷戦時代には、ソ連が陣営の勢力圏の拡大のためにアフガニスタンの共産主義勢力を支援した。アメリカは自由民主主義の体制を構築しようとした。やろうとしたことは結局同じであり、自分たちと同じ価値観を奉じる国をつくろうとしたのである。しかし、民主主義国家をつくることは独裁政権をつくるよりも困難だ。外国勢力の働きかけによって新しい国家をつくることは不可能に近いことが、ソ連と米国の失敗によって証明されている。結局のところ、アフガニスタン自身がアフガニスタンのための国をつくりあげるほかない。

日本は周辺国の思惑を排した復興支援を

日本も含め、国際社会にとって重要なことは、アフガニスタンを力の空白にしたり、テロ支援国家といった不安定要因になったりしないようにすることだ。ロシア、パキスタン、中国、イランといった周辺国が、それぞれの思惑をもってアフガニスタンを利用しようとすることは回避しなければならない。

日本も国際協力機構などを通じて、これまでアフガニスタンの復興支援を行ってきた。中村哲さんの死もあった。タリバンが復活したとしても、これまでの支援が無駄になるという事態は避けたい。また、アフガニスタンは開かれたインド・太平洋地域に隣接し、その延長線上にあると言っていい。日本にとっても、決して無視すべき国ではない。米軍が撤退した今、特定の外部勢力が自らの思惑で介入して事態を複雑化することを回避できるように、国際的な支援のフォーマットをつくり、女性や子供の人権尊重を含め、アフガニスタン人自身による復興と安定化の努力に対する支援を考えていく必要があるだろう。

ただし、無条件の支援はアフガニスタン人自身による改革を妨げる可能性がある。タリバン政権への国際的な復興支援は、人権の尊重やテロ組織との戦いといった条件付きとなるだろう。ただし、その裏で中国だけが無条件に資本を投下してタリバンの歓心を買うというような事態は避けたい。日本が自衛隊機による速やかな関係者の退避に失敗したことは残念だったが、今後、中露の動きを注視しつつ、これらの国々の思惑とは一線を画した復興支援を考えていきたいものである。