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米中露の三つ巴の対立が北極にまで及ぶ理由~日本の役割は?

亀山陽司元外交官
(提供:NASA/ロイター/アフロ)

米露間の根深い不信の構造

「もしロシアが我々に攻撃的な行動を仕掛ければ、我々は応答する。」

「外交は相互主義だ。非友好的な行動に対する応答についても同様だ。米国はいつでもロシアの相互主義(対抗措置)があることを想定していていい。」

これは、19日にアイスランドのレイキャビクで行われた対面での米露外相会談のそれぞれの冒頭発言の一部である。冒頭のやり取りは、2か月前に行われた米中外交トップ会談でのやり取りほど露骨な非難合戦にはならなかった。しかし、単なる外交的な言辞ではなく、はっきりとした警戒と懸念をオープンに伝達することで、国際政治における米国の立場を明確にしている点では一貫している。

一方のラブロフ外相の発言も単なる負け惜しみや脅しではない。米露間では外交官の追放合戦を演じているし、ロシア政府は米国を「非友好国」に指定している。因みに現時点で、非友好国リストに入っているのは、米国のほかにはチェコのみである。チェコは、4月17日から22日にかけて、チェコ国内の81名のロシア人外交官を追放している。その理由は、2014年に起きた同国の弾薬庫爆破事件の犯人がロシア軍参謀本部情報総局(GRU)であることが判明したこととしている(岡崎研究所)。最近の報道でも、外国に駐在する米国外交官等100名以上が脳に謎の損傷を受けており、これもやはりGRUの仕業ではないかとの疑惑が取りざたされている。

なお、米露外相会談後にラブロフ外相はプレスに対して、こうした米露間の外交官追放合戦について、最初の攻撃はオバマ大統領時代にアメリカによって仕掛けられたとして、ロシアとしても我慢の限界が来たのだとくどくどと説明しており、根が深い問題だという印象が残る。

米露外相会談は有益だった?

一方で、双方は今回の会談を有益だったと評価しており、外交官問題のほかに、北朝鮮、イラン、アフガニスタン、ウクライナ、アルメニアとアゼルバイジャンの紛争といった地域の諸問題についても広く意見交換を行っている。これらの問題の多くで米露間の立場が一致しているとは言い難く、今回の会談で何らかの歩み寄りや成果が得られたとは考えにくい。おそらくは双方の立場を改めて確認したというにとどまったと想像される。ただ、国際社会や地域の重要問題について大きな影響力を有する二国が意見交換を行うということ自体には外交的に大きな意味があることは間違いない。

大西洋のロシア、太平洋の中国

今回の会談について、米露が関係改善を模索しているとの評価も見られるが、米露関係はそんなに簡単なものではないだろう。確かに米国は中国を唯一の競争相手として対立を深めているが、ロシアに対して寛容な態度をとっているわけでもない。ウクライナ問題やミサイル防衛を始め、米国にとってロシアが欧州方面の主敵であることに変わりはない。ただ、冷戦時代においては、ソ連はユーラシアの東西にまたがる大国であり、大西洋と太平洋の双方において米国と対立していたが、太平洋においてロシアの影響力は相対的に弱まりつつある。その代わりに中国が張り出してきたというのが現状である。つまり、大きく見れば、米国にとって大西洋と太平洋の両正面に敵がいるということに変わりはなく、ただ、太平洋正面の主敵が中国に置き換わったとも言える。

アジアの戦略的安定の崩壊?

この点で問題なのは、ロシアの戦略兵器の規模は大きくは変わっていないという点である。それどころか、戦略兵器を含め、兵器の近代化を進めている。昨年末のロシア軍年次会合でプーチン大統領は、核戦力の準備態勢を高め、戦略的優位を維持するとしている(関連記事)。それに加えて、太平洋正面では中国の海洋進出が進められている。すなわち、太平洋正面では、ロシアに加えて中国の軍事力とも対峙しなければならないのである。とはいえ、核兵器を含む戦略兵器の規模で見れば、中国軍はまだまだ米露に遠く及ばない。米露の核弾頭数が6000程度であるのに対し、中国は最大でも350と見積もられている(Federation of American Scientists)。ただし、東アジアや東太平洋地域に限定すれば、戦略的なバランスを崩しつつあり、米国による拡大抑止がかろうじて安定をもたらしているというべきだろう。

北極正面で高まる不確実性

もう一つ注目すべきは北極正面である。北極の氷の下は全て海であり、今でも米露の原子力潜水艦の遊弋する前線である。今回の外相会談は北極地域に位置する8か国(米露に加え、カナダ、ノルウェイ、スウェーデン、フィンランド、デンマーク、アイスランド)からなる北極評議会(Arctic Council)の外相会合の機会に行われた。北極評議会自体は、気候変動や環境問題、先住民の権利といった問題を主として扱っており、安全保障問題を議論しない。しかし、北極評議会が開催中の19日、バイデン大統領は沿岸警備隊士官学校の卒業式に出席し、北極海も例に引きつつ、伝統的な海洋ルールが中露の問題行動による挑戦にさらされていると述べている。地球温暖化の影響もあり、北極海の利用の可能性が広がっていく中、北極海の開発争いがいっそう激化していくだろう。北極をめぐる利害競争には米露に加え中国が参画しようと画策しており、情勢の不確実性が高まっている。

安全保障としての気候変動、日本の役割とは

因みに、北極評議会には我が国の他、中国や韓国もオブザーバーとして参加している。北極評議会は上述のように気候変動、環境問題、先住民の福祉等を主なテーマとしているが、今後北極海域において競争が激化し利害対立が生じる場合には、政争の場となる可能性も否定できない。しかし、北極海の利用の拡大と気候変動の問題は裏腹の関係だ。ロシアやカナダなどの永久凍土地帯や北極海海底には大量のメタン(二酸化炭素の20倍以上の温室効果を持つ)がメタンハイドレートの形で埋蔵されており、これが大気中に噴出すれば地球環境は激変するだろう。気候変動が世界の安全保障の問題に直結している以上、利害関係の激化により気候変動の議論がおろそかになるようなことがあれば本末転倒であり悲劇的である。

日本からは外務省の北極担当大使がオブザーバーとして北極評議会の会合に出席している。極地における科学的研究で日本が貢献してきた実績も活用しながら、今後、北極圏をめぐる議論を環境・気候変動の観点からリードし、米中露の利害競争の動きを注視していく必要があると考える。

元外交官

元外交官 1980年生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業、同大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修了。外務省入省後、ユジノサハリンスク総領事館(2009~2011年)、在ロシア日本大使館(2011~2014年)、ロシア課(2014~2017年)、中・東欧課(ウクライナ担当)(2017〜2019年)など、10年間以上ロシア外交に携わる。2020年に退職し、現在は森林業のかたわら執筆活動に従事する。気象予報士。日本哲学会、日本現象学会会員。著書に「地政学と歴史で読み解くロシアの行動原理」(PHP新書)、「ロシアの眼から見た日本 国防の条件を問いなおす」(NHK出版新書)。北海道在住。

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