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プーチン大統領は「終身」大統領を狙うのか~強権国家の最高権力者の末路

亀山陽司元外交官
(写真:ロイター/アフロ)

4月5日、プーチン大統領の再度の大統領選出馬を可能とする法案が発効した。再度とはいえ、実際には5選となる。というのも、プーチン大統領は2000年に突如大統領として世界に姿を現してから、めきめきと頭角を現し、20年以上にわたりロシアを統治してきた。2008年から2012年の4年間、大統領職を離れ、首相となりはしたが、現在4期目の大統領任期を務めているところであり、2024年の5月にはその任期が終了するはずであった。それでも、主要国の首脳としては最も長く首脳であり続けている。

今回の法案で、仮にあと2期12年大統領を務めるとすれば、2036年までとなり、現在68歳のプーチン大統領は83歳となる。男性の平均寿命が66歳というロシアにおいては、もはや「終身」大統領といっても過言ではないだろう。

果たして、プーチン大統領は5選を目指すのだろうか。

プーチン大統領の「前科」

そもそも今回の法案は、昨年7月に国民投票によって承認された憲法改正を実際の法律に反映させる一連の作業の一環である。憲法改正では、大統領任期は通算で2期までと制限された。これまでは、連続2期までとされており、間に他の大統領を挟めば、いくらでも大統領を続けることができた。その意味では今回の憲法改正は、大統領職の独占をより抑制するものとなっているのである。問題は、この制限は法改正時点までに大統領を務めた人物については、その任期を算定しないとの但書きがあることである。この但書きに該当するのは、存命の人間ではプーチン大統領と、メドヴェージェフ安全保障会議書記(2008年~2012年に大統領)のみである。

メドヴェージェフ氏が再び大統領に返り咲くとは考え難い。したがって、この但書きは、事実上プーチン大統領その人のための規定と言わざるを得ない。プーチン大統領には「前科」がある。上記のとおり、これまでの憲法下では大統領を連続二期までしか務められなかった。そのため、2008年から2012年の4年間はメドヴェージェフ首相(当時)が大統領になり、反対にプーチン大統領が首相になることで連続2期までという制限を守ったのである。当時、プーチン大統領が政界を引退するはずはないから、大統領任期制限を撤廃して大統領職を続投するか、との議論も盛んにおこなわれたが、プーチン大統領は早々にそうした憶測を否定していた。その代わり、2012年に大統領に復帰することを見越して、大統領任期を1期4年から6年に延長する法改正をしているのである。そして今回の憲法改正の但書きである。自らの任期を少しでも伸ばそうとしていると疑われても仕方がないところがある。

最高権力者の末路

ただ、プーチン大統領自身は、この但書きの規定を、2024年までの現大統領任期をレームダック化させないためのものとしている。それはそれでプーチン大統領にとって重要なことであり、うなずけるものではある。最高権力者の座にある者にとって、レームダックとなり、最後は居ながらにして居ないもののようにして終わるというのは侘しいであろう。

ソ連の過去の権力者達の末路はどうだろうか。レーニンとスターリンはその死の床までトップであり続けたが、スターリン後のフルシチョフは政権内部のクーデターにより辞職に追い込まれ、辞職後は事実上の自宅軟禁を余儀なくされている。次のブレジネフは死ぬまで最高権力者であり続けたが、生前の汚職がはなはだしく、死後に後継のアンドロポフによってブレジネフの親族の汚職が摘発されている。ゴルバチョフはよく知られているとおりソ連崩壊時の最高指導者であるが、ソ連を壊した人物としてロシアでの評価は必ずしも高くない。なお、ソ連崩壊後の初代ロシア大統領であったエリツィンは、プーチン大統領を自らの後継者として指名したが、その理由は、大統領を辞職してもプーチンなら自分の身を守ってくれると考えたからであるとされている。

プーチン大統領を離さないパワーエリート

プーチン大統領は誰よりも長くロシアを統治してきた人物として自らの引き際について考えているはずだ。仮に2024年で大統領を降りる場合には、後の身の振り方についても考えなければならないが、プーチンの後にプーチンなし、とも言うべき状況で、「プーチンのロシア」を率いることができる後継者がいるのかという問題がある。フルシチョフを追い落としたブレジネフのような人物が出てこない限りは、プーチンの取り巻き達にとって、プーチンが死ぬまで最高権力者の座にとどまっていてくれた方が都合がいいということである。つまり、プーチン以外の選択肢が望ましいという状況がパワーエリートの間で共有されない限り、プーチン大統領は大統領を辞めることができない。この場合、ロシアの大統領を選ぶのは、ロシア国民ではなく、権力中枢の重鎮たち、すなわちロシアのパワーエリートということになる。

立ち上がるロシア国民

一方、ナヴァリヌイ氏のような反政府活動家が影響力を拡大し、パワーエリートがそれを抑えきれなくなる場合はどうなるか。このような状況は全くあり得ないわけではない。ロシア革命の例もあるし、近くは2013年末から2014年初めにかけてのウクライナ政変の例もある。そこまでの騒乱に発展しなくても、プーチン大統領に票が入らないという状況は考えられる。その場合には、票を操作するか、出馬しないかの選択肢があるが、おそらくプーチン大統領は、自ら出馬することなく、後継に政権を委譲するだろう。

ただし、その場合には、プーチン大統領の選んだ後継者をロシア国民が受け入れないほど、反プーチン感情が高まっていないという条件がつく。ナヴァリヌイ一派による政権幹部(プーチン大統領を含む)の汚職の暴露活動はその意味で深刻だ。また、ナヴァリヌイ暗殺未遂事件などで欧米各国から非難の的にされ、各国との関係悪化の原因を作っているというのもある。内政でも外政でもプーチン大統領自身が争点となっているのである。いずれにせよ、プーチン大統領の後継は、プーチン大統領とは少し毛色の違う人物、新鮮味のある人物が選ばれることになるだろう。

大統領退任後も不可侵

このように、2024年の大統領選については、少なくとも2つの選択肢があり得るが、プーチン大統領が退任する場合にはほかにも検討すべき問題がある。プーチン大統領を含む政権幹部の汚職に注目が集まる中、大統領を退いた途端に汚職の摘発を受け、法の裁きにさらされる可能性も否定できないからだ。例えば、ウクライナの親露派大統領であったヤヌコーヴィチは私腹を肥やすことはなはだしく、2014年のウクライナ政変ではロシアに亡命するしかなかった。仮に残っていれば数々の罪に問われることになっただろう。

しかし、プーチン大統領はその点も抜かりはない。昨年7月の憲法改正では、大統領経験者の不可侵が定められたのだ。これについては昨年12月に法律に落とし込まれて発効済みである。この法律によれば、大統領経験者は行政責任も刑事責任も問われず、拘束も逮捕も尋問もされないというのである。さらに言えば、大統領経験者は終身の連邦院(上院)議員になる権利があるという法案も12月に採択されている。因みに、プーチン大統領がエリツィンの後継者となった時、エリツィンを刑事責任に問わないとの同様の定めをつくっていることも忘れてはならないだろう。

このように、仮に大統領を退任したとしてもプーチン大統領の身分は公式に保障されている。しかしあくまでも「公式に」ということであって、絶対にということではない。そのことは、プーチン大統領自身がよくわかっていることだろう。

誰が次の大統領を選ぶのか

上述のとおり、今後のプーチン大統領の続投の可能性を占う上で重要なのは、誰が次の大統領を選ぶことになるのか、ということである。プーチン大統領自身なのか、それともその取り巻きであるパワーエリートなのか、はたまたロシア国民自らなのか。現任期が終わる2024年5月まであと3年。プーチン大統領は、自身の続投の可能性を残してレームダック化を巧みに防ぎながら、どうするのが最善か、見極めていくつもりなのだろう。少なくともロシアの現状を見る限り、プーチン流のロシアは安定と引き換えに行き詰まり感を高めつつある。どのような「国のかたち」を目指すのか、ロシア国民自身が考えていく必要がある。

元外交官

元外交官 1980年生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業、同大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修了。外務省入省後、ユジノサハリンスク総領事館(2009~2011年)、在ロシア日本大使館(2011~2014年)、ロシア課(2014~2017年)、中・東欧課(ウクライナ担当)(2017〜2019年)など、10年間以上ロシア外交に携わる。2020年に退職し、現在は森林業のかたわら執筆活動に従事する。気象予報士。日本哲学会、日本現象学会会員。著書に「地政学と歴史で読み解くロシアの行動原理」(PHP新書)、「ロシアの眼から見た日本 国防の条件を問いなおす」(NHK出版新書)。北海道在住。

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