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コロナの年最後に発表された「ロシア軍の復活」に向けたプーチンの挑戦

亀山陽司元外交官
(写真:ロイター/アフロ)

 今年は世界中がコロナ禍にさらされたが、それはロシアも例外ではなかった。毎日25000人以上が新たに感染し、累計で300万人に達そうとしている。そのような状況の中、数々の経済支援策を検討してきたわけだが、軍事についてもなおざりにしていたわけではない。

■「天文学的なスピード」での兵器の近代化

12月21日、ロシア軍の年次会合で、プーチン大統領が冒頭演説を行った。この演説を通して、プーチン大統領、そしてロシアの戦略観が見えてくる。

まずプーチン大統領は、ロシア軍の兵器の近代化(最新兵器への転換)が進んでいると評価している。プーチン大統領によると、2000年時点の兵器の近代化率は、通常兵器でわずか12%、核兵器でも35%だったのに対し、2020年現在では、それぞれ70%と86%に達しているという。ちなみに、ソ連時代では当時の基準で、通常兵器で54%、核兵器で65~70%の近代化率だったという。これが事実だとすれば、現在のロシア軍の兵器はソ連時代よりも充実しており、ソ連崩壊後に比べ、かなりの程度改善されているということになる。

冷戦時代には、アメリカとソ連が、核兵器の開発を競い合い、互いに6000発を超える過剰なまでの核弾頭を製造した。冷戦が終結した原因の一つは、軍事費による財政負担がソ連の限界を超えたことにあると言われている。つまり、冷戦終結は軍事費の負担を軽減する目的があったというわけだ。そのため、プーチン大統領が演説で述べたように、ソ連崩壊から約10年後の2000年には著しく兵器が時代遅れになってしまったのである。2000年とは、プーチンが大統領に就任した年である。90年代後半には通貨危機にも見舞われ、ライバルのアメリカに大きく後れを取った中で大統領に就任したプーチンにとって、軍の再建は最重要課題の一つだったのである。

それでも軍備の改革は一朝一夕には進まない。2008年のジョージア(グルジア)との戦争では、軍の神経系統ともいうべきC4Iシステム(Command, Control, Communication, Computer and Intelligence)が十分に整備されていなかったため、ロシア軍はジョージア(グルジア)軍相手に苦戦を強いられたと言われており、その反省から組織改編を含む大規模な軍改革を進めてきた。その結果が、高い近代化率につながっている。

演説の中でプーチン大統領は、軍事技術の変化のスピードが速いことを強調し、「天文学的なスピード」だと表現している。この表現は、現代の「軍拡」が冷戦期のような重厚長大な戦略核兵器の量産ではなく、通信技術やAIなどの先端技術をいかに取り入れていくかという競争になっているという事実を的確についている。ロシア周辺では、グルジア、ウクライナ、シリアなど、局地紛争は多発しており、通常兵器を強化しておくことが、ロシアの勢力圏を維持していくためには不可欠なのだ。

■核保有国だからこそ通常兵器による抑止力が必要

一方、核戦力についてはどうだろう。演説の中で、プーチン大統領は、集中的に対処すべき最重要課題の冒頭に、核戦力の準備態勢を高めることを挙げ、戦略的優位を維持するとしている。ソ連時代からの戦略核を軸とした防衛戦略を引き続き第一の課題としていることがわかる。ロシアのような核保有国にとって、平和とは、核なき世界ではなく、むしろ、核抑止の上に成り立つ安全保障に他ならないのだ。

プーチン大統領は2つ目の最重要課題として精密誘導兵器の能力向上を挙げている。通常兵器による抑止力を高めるというのだ。実際、湾岸戦争やイラク戦争、シリアの紛争を含め、通常兵器による戦争は現実的なものだが、通常兵器で戦闘に勝てなければ、核を使用せざるを得なくなってしまう。こうした事態を避けるためにも、核保有国だからこそ通常兵器による抑止力を高める必要があると言える。またこの文脈で、プーチン大統領は、ロシアの近隣国に中距離ミサイルを配備されれば即座に対抗策をとると明言している。これは、中距離核戦力(INF)全廃条約を破棄した米国に対する牽制である。

INF条約の破棄については、米露双方が互いに条約違反を責めているが、その真偽はさておき、面白い見方がある。仮にロシアが条約に違反してINFの開発を行っていたとしても、ロシア国民がそのことで政府を責めて問題になるという事態は起こらないだろう(そういう人物がいたとしてもいつの間にか消えているだろう)。一方、アメリカ軍が同様のことをすれば、それを知った米国民なり団体なりが騒ぎ立てるに違いない。

これは両国の政治文化の違いである。ロシアは黙って開発をすればよいのだろうが、アメリカとしてはまずは条約を表立って破棄しなければならなかったとも言える。プーチンは一見、軍縮を遵守しているような顔でINF条約を破棄したアメリカを非難するが、それを真に受けることはできない。ロシアは、ソ連時代のように軍備増強の余力がなくなれば軍縮条約に従うが、その余力が生まれれば条約を破棄することなく秘密裏に軍備増強に努めるだろう。

因みに、アメリカ側はロシアの巡航ミサイル開発が同条約に違反するとして、2019年にトランプ大統領が条約の破棄に踏み切ったが、もう一つの理由としては中国の中距離ミサイル開発への懸念があることを忘れてはならない。バイデン氏は核軍縮に前向きとされるが、国際情勢は冷戦時代とは異なるフェーズに入りつつあり、日本としてもこの問題に無関心ではいられない。

■兵器の近代化が促進する「独自の戦術の研究」

さらにプーチン大統領は、最重要課題の3番目として兵器の近代化、4番目として軍事研究、最後にAIを挙げる。ここで軍事研究を挙げていることに注目したい。戦争の勝敗を決めるものは火力だとされてきたし、実際にそのとおりなのだが、全面的な戦闘に入る前に速攻することで戦意をそぐといった戦術や、逆にヒットアンドランで地道に相手の戦意をそぐゲリラ戦術、指揮系統を集中的に破壊する戦術など、現有戦力を最も効果的に使用する戦術をとることが勝利には不可欠だ。プーチン大統領は、兵器を近代化すれば、それにふさわしい戦術を用いる必要があると述べる。

アメリカの著名な軍事戦略の研究者であるルトワックは、「戦略の動的な逆説」について論じている。ある兵器が開発されれば、それに応じた戦術があり、成功を収めるが、敵によってその戦術に対する対抗戦術が編み出されることになる。ハイテク化が進めばサイバー攻撃の対象となる。過度な成功は大きな失敗につながるというのだ。兵器の開発と戦術の研究は常に車の両輪である。プーチンの「訓示」はまさにそのことを的確に言い表していると言える。さすがは、ウクライナ危機で有名になった独自の「ハイブリッド戦術」を実践している国の大統領である。

プーチン大統領のロシア軍は、2021年も、周辺での小規模な実戦や他国の戦闘の研究をしながら軍と戦術を改良強化しつつ、アメリカやNATOという仮想敵に対峙し続けていくことだろう。

元外交官

元外交官 1980年生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業、同大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修了。外務省入省後、ユジノサハリンスク総領事館(2009~2011年)、在ロシア日本大使館(2011~2014年)、ロシア課(2014~2017年)、中・東欧課(ウクライナ担当)(2017〜2019年)など、10年間以上ロシア外交に携わる。2020年に退職し、現在は森林業のかたわら執筆活動に従事する。気象予報士。日本哲学会、日本現象学会会員。著書に「地政学と歴史で読み解くロシアの行動原理」(PHP新書)、「ロシアの眼から見た日本 国防の条件を問いなおす」(NHK出版新書)。北海道在住。

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