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「トトロの樹」の近くの選挙ポスター「貼るのがしんどかった」

亀松太郎記者/編集者
選挙の時期になると、各地に設置されるポスター掲示板(撮影・亀松太郎)

東京から山梨に向かって西へ伸びる中央線。始発から約20キロの西荻窪駅(東京都杉並区)で降り、北に10分ほど歩くと、住宅街の中にいきなり「トトロの樹」と呼ばれる巨大なケヤキの木が現れる。

15年前、マンション建設のために伐採されそうになったが、住民たちの存続運動によって守られた。その後、杉並区の公園となった土地で、巨木は悠然と生き続けている。

その公園に隣接した坂道の脇に、杉並区議選のポスター掲示板が立っている。4月18日に訪れると、69人の候補者のほぼ全員のポスターが貼られていた。多くの人にとっては、どこにでもあるポスター掲示板にすぎないだろう。

しかし「ここは貼るのがしんどかった」と嘆いている人物がいる。区議選に出馬した候補者の一人だ。ポスターを貼る位置が高すぎて、かなり苦労したというのだ。

「トトロの樹」として親しまれている大きなケヤキの木の近くに、選挙ポスターが設置されている。一番上の高さは2メートルを超える(撮影・亀松太郎)
「トトロの樹」として親しまれている大きなケヤキの木の近くに、選挙ポスターが設置されている。一番上の高さは2メートルを超える(撮影・亀松太郎)

「ポスター貼りは一番つらい作業」

この候補者は、業者に依頼するほどの資金がないため、高校時代の友人など約10人にポスター貼りを手伝ってもらった。さらに、街頭演説の時間を削って、自らの手で100枚以上を貼った。

杉並区内のポスター掲示場は全部で529カ所。すべてに貼り終えるまで、3日かかった。

トトロの樹の近くの掲示板に貼ったのは、告示翌日の4月17日。ポスターを貼る位置が地面から2メートル以上あり、持参したミニ脚立に乗っても、貼るのが難しかったという。

杉並区の選挙管理委員会によると、区議選のポスター掲示板の横幅は約9メートル。「これ以上、横に広げるのは難しいので、候補者の人数が多くなると、高さを上げるしかないんですよね」(選管の職員)

ポスター掲示板の高さに苦しむ様子は、ほかの場所でも見られた。告示日の4月16日、杉並区役所前の掲示場。ある候補の運動員の女性が一番上の位置にポスターを貼ろうとして、四苦八苦していた。

「選挙運動の中で、ポスター貼りが一番つらい作業です」

女性は不満を口にした。

杉並区議選の場合、ポスターの番号はランダムに配置されている。特定の政党の候補が1カ所に集中するのを防ぐためだという(撮影・亀松太郎)
杉並区議選の場合、ポスターの番号はランダムに配置されている。特定の政党の候補が1カ所に集中するのを防ぐためだという(撮影・亀松太郎)

「選挙の仕組みを知るため」にポスターを貼る

そもそも選挙ポスターは誰が貼っているのか。知らない人もいるかもしれない。役所が依頼した業者が貼っていると思っている人もいるだろう。

実際にポスターを貼っているのは、候補者とその支援者、あるいは、候補者が発注した業者だ。なかには、ボランティアを募って、ポスターを貼ってもらう候補者もいる。

杉並区に住む60代の女性Aさんは、そんなボランティアの一人。今回の杉並区議選では、ある政党の公認候補者を支援するため、ポスター貼りを手伝った。選挙のボランティアは初めてだ。

「選挙の仕組みを知りたかったので、手伝ってみました。選挙に興味がある人と繋がりたいという気持ちもありました」

選挙の告示日に、候補者の運動員からLINEで連絡が届く。抽選で決まった「番号」を知らせるメッセージ。掲示板でその番号を探し、ポスターを貼るのだ。

Aさんは1時間かけて自宅近くの掲示板を回り、8枚のポスターを貼った。

「ポスター貼りは新鮮な体験で、面白かった。ほかにもボランティアの人たちが貼っていて、心強かったです」

区議選のような地方選挙では、メディアの報道もごく限られたものになる。それだけに選挙ポスターが果たす役割は大きいと言えるのかもしれない。

だが、Aさんは「メディアに問題があるのではないか」と指摘する。

「選挙の報道が少なすぎます。投票率が低いのは、メディアが選挙戦をあまり取り上げないからでしょう」

各候補者には、ポスター掲示場の案内図が配布される。これを見ながら、ポスターを貼っていく(撮影・亀松太郎)
各候補者には、ポスター掲示場の案内図が配布される。これを見ながら、ポスターを貼っていく(撮影・亀松太郎)

資金力・組織力がものを言う「ポスター貼り」

選挙になると、街角で見かけるポスター掲示板。我々にとって当たり前の光景だが、情報伝達の手段としては、アナログな要素が強い。

紙に印刷した大量のポスターを、人の手によって、木で作られた掲示板に1枚ずつ貼っていく。そんなふうに手間がかかる「選挙ポスター」は、資金力・組織力がある候補者ほど有利といえる傾向がある。

「トトロの樹」の近くで嘆いていた前出の候補者は「資金力のない候補者にとって、ポスターを貼る作業は大きな負担ですよ」とこぼす。

「たとえば、最近広告のディスプレーなどで広がっている『デジタルサイネージ』を活用すれば良いのでは? 候補者はポスターのデータを送るだけで良いので手間が省けますし、資金力や組織力がある候補者とそうでない候補者の格差も縮まるのではないかと思います」

別のある候補者も「公職選挙法の基本が昭和からほぼ変わっていないため、アナログな手作業を要する仕事が多く、悪戦苦闘しています」と、旧態依然とした選挙制度に疑問を投げかけている。

杉並区議選は他の統一地方選と同じく4月23日が投票日。期日前投票もできる(撮影・亀松太郎)
杉並区議選は他の統一地方選と同じく4月23日が投票日。期日前投票もできる(撮影・亀松太郎)

「誰を選んだらいいか、わからない」

選挙ポスターは、選挙管理委員会にとっても悩みの種といえるかもしれない。

ポスターの掲示場は、各自治体の選挙管理委員会が法令にしたがって、所定の数を設置しなければいけない。だが、近隣住民との関係で、設営が難しい場合があるのだ。

今回の杉並区議選。区の管理する公園にポスターの掲示板を設置しようとしたら、「子供が遊ぶときに危ない」という苦情の電話が入った。結局、別の場所に移動しなければいけなくなった。

このように選挙ポスターは、候補者にとっても、選挙管理委員会にとっても、負担が大きいという側面がある。

そこまでして、現在のような選挙ポスターが必要なのだろうか? なんらかのデジタル的な手段で代替することはできないのだろうか?

杉並区議選が告示された4月16日。杖をついた女性がポスターの前を通りかかった。ポスターは投票の参考になりますか? そうたずねたら、女性は答えた。

「こんなポスターを見たって、誰を選んだらいいかわからないわよ!」

※参考記事:「あなたの推しは誰?」投票に行きたくなる、かもしれない新感覚ウェブサイト

記者/編集者

大卒後、朝日新聞記者になるが、3年で退社。法律事務所リサーチャーやJ-CASTニュース記者などを経て、ニコニコ動画のドワンゴへ。ニコニコニュース編集長としてニュースサイトや報道・言論番組を制作した。その後、弁護士ドットコムニュースの編集長として、時事的な話題を法律的な切り口で紹介するニュースコンテンツを制作。さらに、朝日新聞のウェブメディア「DANRO」の創刊編集長を務めた後、同社からメディアを引き取って再び編集長となる。2019年4月〜23年3月、関西大学の特任教授(ネットジャーナリズム論)を担当。現在はフリーランスの記者/編集者として活動しつつ、「あしたメディア研究会」を運営している。

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