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「刑務所にこそ対話が必要だ」異色の映画「プリズン・サークル」が描く受刑者再生の物語

亀松太郎記者/編集者
映画「プリズン・サークル」(C)2019 Kaori Sakagami

刑務所の中で受刑者たちが輪になって、自分の犯した罪や幼少期の辛い体験について真剣に語りあっている。お互いの言葉を尊重して耳を傾けあい、ときには感極まって涙ぐむ――。そんな日本の刑務所では極めて異例の光景を映し出すドキュメンタリー映画「プリズン・サークル」が1月25日、公開された。そこには、対話を重ねながら自分自身の苦い過去と向きあおうとする若者たちの姿があった。

ドキュメンタリー映画「プリズン・サークル」は新しい刑務所の姿を描いている (C)2019 Kaori Sakagami
ドキュメンタリー映画「プリズン・サークル」は新しい刑務所の姿を描いている (C)2019 Kaori Sakagami

日本の刑務所に初めて導入された「回復共同体」

舞台は、島根県浜田市に2008年に開設された新しいタイプの刑務所である「島根あさひ社会復帰促進センター」。ここでは、心理や福祉の専門性を持った民間の支援員が中心となって、「TCユニット」と名付けられたユニークな更生プログラムが実施されている。

TCとは「Therapeutic Community(セラピューティック・コミュニティ)」の略で、日本語で「回復共同体」という意味だ。米国や欧州で1960年代以降に広がったプログラムで、コミュニティのメンバーが相互に影響を与えあい、新たな価値観や生き方を身につけることで、人間的な成長を促していく。

刑務所といえば、罪を犯した者が「罰を受ける場所」として捉えられがちだ。しかし、島根あさひでは、詐欺や強盗、傷害致死といった犯罪で入所した受刑者たちが、他の受刑者や支援員との対話を繰り返しながら自らの犯罪の原因を探り、一人の人間として再生していくことを目指している。

キーワードは「対話」である。

私語の禁止が原則の刑務所にもかかわらず、TCの支援員たちは、受刑者に積極的に対話することを促す。その結果、罪を犯した自分の「本当の姿」と向きあうことを避けてきた受刑者たちの心が少しずつ解きほぐされていき、「なぜ自分がここにいるのか」が見えるようになっていく。

長年アメリカのTCを取材してきた経験を生かして、貴重な刑務所ドキュメンタリー「プリズン・サークル」を製作した坂上香監督に、刑務所における「対話」の重要性について聞いた。

ドキュメンタリー映画「プリズン・サークル」を製作した坂上香監督 (C)2019 Taro Kamematsu
ドキュメンタリー映画「プリズン・サークル」を製作した坂上香監督 (C)2019 Taro Kamematsu

この社会は「語りあう」ことを軽視している

――島根あさひは、日本の刑務所としては非常に先進的なことをやっているのでしょうか?

坂上:そうでしょうね。官と民が協働して運営する「PFI」というスタイルの刑務所が日本に4つあり、民間が中に入っていろいろなことに挑戦しています。それぞれ特色のあることをやっていますが、あそこまで言葉で語りあうプログラムを組んで、受刑者が相互に関わり合いを持ちながら更生していこうとしているのは、島根あさひだけですね。

――日本の刑務所は通常、受刑者が自由に話しあえる場所ではありません。ところが、島根あさひの「TCユニット」では、お互いに語りあうことが推奨されます。もしかしたら外の社会よりも本音が語れる場なのかもしれないと、映画を見ていて思いました。

坂上:そうなんですよね。私は1995年からアメリカの刑務所で「アミティ」という回復共同体(TC)の取り組みを撮っていますが、そこでは「語る」というのが基本にあって、すさまじい話をいっぱい聞いています。語れる環境があれば、こんなに出てくるんだ、と。

これまでの日本の刑務所にはそんな環境はなかったんですが、PFIという仕組みで民間が中に入ることによって、TCを取り入れようということになったんです。この社会はあまりにも「話す」ということを軽視しているというか、話さないから問題が見えないという面がある。でも、話せばこれだけ出てくる。まだ氷山の一角ですけどね。

自分の感情を紙に書き出して可視化する (C)2019 Kaori Sakagami
自分の感情を紙に書き出して可視化する (C)2019 Kaori Sakagami

――氷山の一角というと?

坂上:島根あさひのTCが対象としているのは、犯罪傾向の進んでいない受刑者です。もっと重罪の人を対象としたら、語られる内容はすさまじいと思いますよ。そういう意味では、もっと違うレベルの刑務所でもTCを導入すべきですし、それが可能な体制を作らなければいけないと思います。

――島根あさひの関係者によると「対話がちゃんと機能するためには、本当に安心して語れる空間を作らなければいけないが、それを刑務所の中に作るのはすごく大変だった」ということですね。

坂上:刑務所では規律や管理が優先されるので、それ以外のことがなかなか受け入れられないわけですよ。そんな中で本音でしゃべるというのは、受刑者にとっては危険なことです。自分の弱みを握られるかもしれないからです。

島根あさひのTCのように安心できる空間や信頼関係がないところで、いきなり本音をしゃべったら、もういじめのターゲットですよ。

日本の刑務所は規律が厳しいことで知られる (C)2019 Kaori Sakagami
日本の刑務所は規律が厳しいことで知られる (C)2019 Kaori Sakagami

「こんな場所は初めてだ」と言う受刑者たち

――「プリズン・サークル」に登場する受刑者には、さまざまなタイプがいますね。

坂上:TCに半年とか1年いる人と、まだ入ってまもない人が一緒に語るんですよね。そうすると、入ったばかりの人は「先を行く人」を見て反応することができる。逆に、何カ月もいる人は「新しく入ってきた人」の話に触発されて、新しいことを発見する。受刑者同士でお互いに影響を与えあうことが多いのが、TCの特徴です。

――いろいろなタイプの受刑者と話をする中で、だんだん本音が見えてくる、と。

坂上:まず、聞くということが重要です。私たちもそうですが、人の話をちゃんと聞くのって、実は難しいじゃないですか。彼らはまず、「しゃべる」よりも「聞く」ということを体験するんだと思います。「こんな場所は初めて」だと、みんな言っていました。

――TCで受刑者が向かい合って語り合う様子を見て、我々もそういう「安心できる空間」があれば、自分の本音を話せるのかなと感じました。

坂上:そうでしょうね。お互いに尊重しあって語りあうということが、この社会では共通理解になっていない。肩書きとか上下関係とかが最初にあって、「なんだお前、年下のくせに」となってしまいがちです。

自分の過去を話しているうちに涙ぐんでしまう受刑者もいる (C)2019 Kaori Sakagami
自分の過去を話しているうちに涙ぐんでしまう受刑者もいる (C)2019 Kaori Sakagami

受刑者の多くが虐待やいじめを体験している

――映画の中で特に印象的だったのは、なりすまし詐欺で刑務所に入ることになった拓也(仮称)という22歳の青年です。最初は自分の幼少時の体験をうまく口に出せなかった彼が、だんだん自分のことを語れるようになっていく。この変化こそがTCの特徴なのかな、と思いました。

坂上:彼はどうでもいい話をペラペラしゃべるタイプの子で、よくしゃべるんだけど、内容がないんですよね。TCで自分に向き合い始めると、とたんに口数が少なくなってしまう。

――「負の感情と向き合うのがめちゃくちゃ苦手」と言っていましたね。

坂上:ふだんはよくしゃべるんだけど、1対1のインタビューになると、声が震えて小鳥のような小さな声になってしまう。特に子ども時代の話を聞いたりすると、声が消え入るぐらいになってしまって。自分のことをしっかり話せるようになるまで、時間がかかりましたね。

――物語を創作するワークショップで、彼が「昔むかしあるところに、嘘しかつかない少年がいました」という話を作って発表するシーンがありますが、よくできているなぁと驚きました

坂上:彼のストーリーは完成度が高くて、すごい才能を持っていると思います。彼は江戸川乱歩が好きで、小学校低学年のときに、辞書をいつも持ち歩いて江戸川乱歩の本を読んでいたそうです。ちょっとレベルが高すぎて、みんなにちゃんと聞いてもらえなかったんだけど。

幼いころの親との関係が人格形成に影響している場合もある (C)2019 Kaori Sakagami
幼いころの親との関係が人格形成に影響している場合もある (C)2019 Kaori Sakagami

――彼は両親の育児放棄により施設に預けられて育ったため、「母親や父親に抱きしめられた記憶がない」と話していました。この映画に登場する受刑者たちは、小さいときに親から虐待を受けたり、友達から凄惨ないじめにあったりといった不幸な体験をしている人が多いですね。

坂上:虐待やいじめは、みんな多かれ少なかれ体験しています。いじめの問題は根深くて、被害者だった者が加害者になったりもしています。

――TCでは、受刑者たちがそんな過去と向きあって、対話を通して自己を回復しようとしていくわけですが、このようなプログラムは日本の刑務所ではごく一部なんですよね?

坂上:4万人以上いる受刑者のうち、TCに入れるのは約40人にすぎません。この映画を観た人たちが「こういう取り組みがもっと広がっていくべきだ」と声を上げてもらえるといいのですが。

映画「プリズン・サークル」は1月25日から東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムで上映が始まった。その後、大阪や京都など全国各地で順次公開される。

記者/編集者

大卒後、朝日新聞記者になるが、3年で退社。法律事務所リサーチャーやJ-CASTニュース記者などを経て、ニコニコ動画のドワンゴへ。ニコニコニュース編集長としてニュースサイトや報道・言論番組を制作した。その後、弁護士ドットコムニュースの編集長として、時事的な話題を法律的な切り口で紹介するニュースコンテンツを制作。さらに、朝日新聞のウェブメディア「DANRO」の創刊編集長を務めた後、同社からメディアを引き取って再び編集長となる。2019年4月〜23年3月、関西大学の特任教授(ネットジャーナリズム論)を担当。現在はフリーランスの記者/編集者として活動しつつ、「あしたメディア研究会」を運営している。

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