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「島根にすごい町がある」。地域住民が自ら決める人口減少時代の「しくみづくり」

甲斐かおりライター、地域ジャーナリスト
2018年、島根県邑南町「地区別戦略事業」の中間報告会の様子。(筆者撮影)

「島根にすごい町がある」と聞いて初めてその町を訪れたのは、2018年の春だった。公民館に年配者や地区のTシャツを着た女性、若者など幅広い層が集まってにぎわっている。各地区の住民が、来場者に自分の地域のことを熱心に説明している。一見どこにでもある移住フェアのようで、行政担当者ではなく地区住民自らが地域のPRを行っていることに衝撃を受けた。

これは、島根県邑南町(おおなんちょう)で2016年度に始まった「地区別戦略事業」(通称、ちくせん)の中間報告会の場。

邑南町は、もう20年近く前から「自分たちの地域を自分たちの手でつくる」を実践し、小規模の地区単位でボトムアップ式に自治に取り組んできたまち。地域法人による事業展開や、住民同士が福祉の助け合うしくみをつくってきた。

いま各自治体はあの手この手で移住者を惹きつける策を練っている。その時「住みやすさ」は、制度ではかられがちだ。子育てをするのにどんな助成があるのか。家は、仕事は。もちろん、そうした条件で移住先を選ぶのは自然かもしれないが、その地の本来のよさともいえる気風や活気、雰囲気は、数字や制度でははかれない。

一方、都会でも人口が減る可能性が高いこれから、まちの規模をダウンサイズしながらスムーズに維持していけるしくみが求められている。そうした地域社会の自主的な運営のしくみ、住んで楽しいのはどんなまちか?を考えるヒントに、2019年秋、再び邑南町を訪れた。

2018年、島根県邑南町「地区別戦略事業」の報告会会場。
2018年、島根県邑南町「地区別戦略事業」の報告会会場。

ボトムアップの政策で、自治意識が育まれた

島根県邑南町は、2004年に旧羽須美村・旧瑞穂町・旧石見町が合併してできた、広島寄りの山間地に位置する人口1万1千人のまち。一時は消滅可能性都市896の一つに挙げられたものの、わずか5年後には人口の減少率が大幅に改善。2011年度以降、移住世帯数は増え続け、8年連続で20〜30世帯越え。ここ5年間の移住定住者数は63、49、65、67、48人。2015年以降、20代後半〜30代前半の子育て世代が転入増となっている。

A級グルメ政策の象徴であるイタリアンレストラン「AJIKURA」。
A級グルメ政策の象徴であるイタリアンレストラン「AJIKURA」。

移住定住対策として掲げられ、邑南町を一躍有名にしたのが「日本一の子育て村構想」と「A級グルメ」だ。「日本一子育て村構想」とは子育て世代への金銭的負担を軽くすることを主眼に、2人目以降の保育料が無料、中学生までの医療費が無料になるといった制度で、ソフト面も合わせてほかの地域に先がけて始まった。またA級グルメとは、当時流行っていたB級グルメに対して、ここの食材はA級ですよという意味を込めて本格イタリアンレストランを開業。邑南町で生産される良質な農産物を用いて「ここでしか味わえない食や体験」を提供し、それを担う生産者やシェフを育成することも含めて、地域産業振興の対策として実績を上げた。

地域みらい課、まち・ひと・しごと創生戦略推進室室長の田村哲さん
地域みらい課、まち・ひと・しごと創生戦略推進室室長の田村哲さん

ところが、子育て施策にも携わった現・地域みらい課、まち・ひと・しごと創生戦略推進室室長の田村哲さんはこう話す。

田村さん「子育て支援は、始めた時期が9年前と全国的にも早かったことが成功要因にあります。確かに問い合わせは増えましたが今ではどの地域も同じような支援を始めていますし、財源さえあれば真似できること。うちのまちの特徴と言えるものではないんです。

それより移住者を受け入れるのは地域の方々。各地区がしっかり迎え入れて歓迎してあげる雰囲気がなければ、定住してもらえない。そこがうちの町の大きな強みです。田舎では周りの人たちのサポートなしでは生活が難しいですから、地域が自立していないと難しいんです」。

子育て村構想を掲げた当初は、お年寄りから「自分たちにはどんな見返りがあるのか」といった声もあがった。住民自らに、より地域の未来を自分ごととして考えてもらわなければならない。そうして2016年度から4年間の事業として始まったのが、「地区別戦略事業」(以下、ちくせん)である。

外部のコンサルに頼むのではなく、住民自らが時間をかけて課題を考え議論し、地区別に必要なプランを作成し、実践する。

ただし、住民主体の地域づくりは、ちくせんに始まったわけではない。さかのぼること約10年。2005年からの「夢づくりプラン」に始まり、その後には「地域コミュニティ再生事業」、その延長上にちくせんがある。

中国山地では、昭和から平成の大合併にかけて、急速に人口流出が進んだ。瀬戸内に工業地帯が発展し、交通の便がよくなったことも過疎化をあと押しし、全国に先駆けて、小さな地区単位でのコミュニティの機能再生が必要になったのである。

2016年度から毎年(一社)持続可能な地域社会総合研究所による人口分析を実施。地区ごとに30年後の人口総数減少率を1割にとどめるための「人口安定化シナリオ」を定め、達成に必要な世帯組数を算出し目標値に
2016年度から毎年(一社)持続可能な地域社会総合研究所による人口分析を実施。地区ごとに30年後の人口総数減少率を1割にとどめるための「人口安定化シナリオ」を定め、達成に必要な世帯組数を算出し目標値に

現在邑南町で核となっている12の公民館区も、昭和の大合併前の町村単位。問題は山積みでも「自分たちで何とかしなければ集落の存続が厳しい」という危機感を共有してきたことが、その後につながっている。

ちくせんでは12の公民館区ごとに、年300万円の事業費 が用意される(*1)。この事業をきっかけに、ある地区では移動スーパーが始まったり、ある地区では古民家を改修して宿泊事業が始まったり、15年ぶりに運動会が再開した地区も。

  • 1 財源は国による地方創生推進交付金。最長4年間。

求められることをやるのが、地域活動の第一歩

かつてあった山城の銭宝城から銭宝地区とも言われる。写真は銭宝地域マップ。空き家の状態まで把握している
かつてあった山城の銭宝城から銭宝地区とも言われる。写真は銭宝地域マップ。空き家の状態まで把握している

まず、最初に訪れたのは町内でもっとも人口の少ない布施地区(174人)。案内された公民館の一室にはプレゼンテーション用のスライドが用意されていた。職員が依頼したのではなく、地域住民によって用意されたもの。

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地区別戦略実行委員長の品川隆博さんの説明によれば、布施地区の活動は、「健康福祉」「定住促進」「農林振興」と大きく三つに分けられる。なかでも大きいのは古民家を改修して開かれた「銭宝の寄り合い処」の存在。週一度の健康チェックや体操、昼食会としての「サロン田屋」などが、この寄り合い処で開催される。月に一度はお年寄りを対象にして食事会や体操を行う「いきいきサロン」も行われるため、集落には引きこもりのお年寄りが一人もいない。さらに若い人や子どもも集まる「長ぐつCafe」では、フリーマーケットやワークショップなどの企画が催され、サロン田屋は、地域の人たちにとってなくてはならない場所になっている。

生活面ではまだ力のある60代が中心となり、「くらし応援隊」チームを結成。草刈りや配食サービスなど、ひとり暮らしの後期高齢者をサポートするサービスを提供する。

品川さんはこう話す。

品川さん「布施地区は旧瑞穂町の頃から、率先して地域の課題を話し合ってきた地域です。当時の人たちが10年後、20年後を考えて実践して……と積み上げてきたことが今役に立っている。たとえばここは高齢者は多いけれど、耕作放棄地は少ないんです。夢づくりプランの頃から、集落営農といって、みんなで田畑を管理する生産法人のしくみがあるためです。新規就農者の支援にもその頃から力を入れていて、地区内の農家で研修することもできます」

布施地区の皆さん。左から4番目が品川さん。
布施地区の皆さん。左から4番目が品川さん。

2020年の4月には田屋の加工所を使って集落の女性が中心になり配食サービスも始まる。中心メンバーの三上富子さんは、こう話した。

三上さん「つい先日、地区の方たちに声をかけて立ち上げの会をやったんです。10名ほどの有志の中に84歳の男性もいらして。自分もこのサービスが始まったら利用したいから、できることがあれば手伝いたいって。驚いたけど嬉しかったですねぇ」

やりたい人がいるからやるのではなく、必要とする人がいるからやる。布施地区の人たちにとって、地域づくりとは、自分の生活、将来に直結すること。

一人暮らしのお年寄りが週に一度みんなと笑い合える日をどれほど楽しみにしていることか。きっとカレンダーには大きな丸が付けてあるに違いない。配食サービスを女性の仕事と片づけず「手伝えることがあれば」と足を向ける老人がいる。

今まで行政がカバーしていたような仕事の多くを、地域できめ細やかに対応している。ただしすべてボランティアになると、住民の負担が大きく続かないため、時給400円のお小遣い程度であっても、有償ボランティアとして運営される。

ちくせんの事業費なしでもその費用を捻出できるよう、自走することを目指している。

移住定住促進にどうつなぐか?

地元の人たちの暮らしに役立てるだけでなく、ちくせんの大きな目的には「移住定住促進」がある。外の人へのアプローチには、どうつながっているのだろう。

品川さん「地域コミュニティ再生事業の頃から、地元出身者との交流や、新規就農支援を積極的に行ってきました。集落営農でできた農業生産法人での研修制度や雇用、空き家の改修により、ここ数年でも幾人かは就農者が増えています。ただし、ここに10人、20人も移住者が増えることは現実的ではないと思っていて。まずここの人たちが楽しく暮らしていけることが大事。一緒に楽しんでくださる人たちとご縁ができれば関係人口が増えます。そうしてみんなで協力し合っているところを見た娘さんや息子さんが戻ってくることは実際にあって。ちくせんの目標数値は各世代1世帯程度だったのに、実際は8人も増えているんです」。

布施地区では、大学生の受け入れにも積極的だ。

田屋で行われる交流事業などのマネージメントを担うのが、「地域マネージャー」の松崎恵さん。若手移住者の一人であり、定住促進の活動を進めている。印象的だったのは、松崎さんが、地区で行われていることを記した「銭宝地区別つうしん」を地区を出た出身者や、地区に滞在・交流したことのある関係者約140名に定期的に送っていること。通信には、地区で行われたカフェでの催しや、子どもたちも一緒に行ったイベントなどの様子が楽しそうに綴られている。

年に3回、送り始めてもう9年目になる。
年に3回、送り始めてもう9年目になる。

元公民館長・森田さんの息子さん、三上さんの娘さんともこの地域へUターンで帰ってきた。事情はそれぞれだが、人生の岐路にこのまちへ戻ってもいいなと思うかどうかは、家族や地域の人たちがいきいきと支え合っている様子は無関係ではないだろう。

若い地元住民の参画が一気に進んだ地区

一方、ちくせんをきっかけに若手の参画が一気に進んだ地域もある。青年部さえ存在しなかったところから、新しいお祭り「騒祭(そうずきんさい)」が始まるに至ったのが、日和地区。

高校卒業後、14年間大阪で働いていた中井大介さんが地元へ戻って「何か面白いことしようや」と声をかけたのを機に、みんなが応じる形で始まった。はじめに中井さんと話した役場職員の湯浅孝史さんはこう話す。

湯浅さん「中井さんは自分が中学校1年生の時の3年生で、めっちゃ怖い先輩やったんですよ(笑)。驚いたのは、青年部をやろうと話して、もう次の時には30人くらい集まっていたこと。僕一人やったら絶対ムリでした」

青年部のメンバーの一部。左から湯浅孝史さん(36歳)、森原真也さん(27歳)、中井大介さん(38歳)、藤彌葵実(ふじやあみ)さん(28歳)、月森拓哉さん(33歳)
青年部のメンバーの一部。左から湯浅孝史さん(36歳)、森原真也さん(27歳)、中井大介さん(38歳)、藤彌葵実(ふじやあみ)さん(28歳)、月森拓哉さん(33歳)
日和地区、「騒祭(そうずきんさい)」の様子。邑南町提供
日和地区、「騒祭(そうずきんさい)」の様子。邑南町提供

青年部からちくせん事業の一貫としてお祭りをやることを提案し、地区の人たちも応援してくれることに。祭りは、打ち上げ花火や屋台を出すなどして町内外から人が集まり盛況に終わった。以来、今年で3回目を迎える。

お祭りが成功したことで、青年部の存在感は増した。その後も地区に唯一ある商店の一部を改修してつくった交流スペース「ヒワココ」でビアガーデンを企画したり、グッズをつくって販売するなど、少しでも祭りの費用を自主的に捻出しようと動き始めている。

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「今まであまり話したことがなかった人から、あれ青年部がやったんやろ?すごいなぁって声かけられるようになったり」と話すのは、家業の酪農を継いだ森原真也さん。「青年部がなかったら、今も知り合いはほとんどいなかったと思います」とは、4年前に東京から移住してきて役場に勤める藤彌葵実(ふじやあみ)さん。今ではみんな仲がよく、毎晩のように誰かと会っていると言う。

ちくせん事業は「何かやろうや」という一人の気持ちを後押しし、青年部の活動につながった。Uターン者、Iターン者、地元組の20〜30代を結びつける大きなきっかけになっている。

それにしても、本業がある現役世代がそこまで地域のためにできるものだろうか。そう聞くと、みんなが口を揃えて子どもの頃の思い出を語った。

日貫地区では、新しくカフェとゲストハウスがオープン。Uターン者である湯浅孝史さんの奥さん、那奈さんが切り盛りしている。
日貫地区では、新しくカフェとゲストハウスがオープン。Uターン者である湯浅孝史さんの奥さん、那奈さんが切り盛りしている。
宿「日貫一日(ひぬいひとひ)」の外観。
宿「日貫一日(ひぬいひとひ)」の外観。

中井さん「僕らの地域は子どもの数が少なくて、小学校1年から6年生までの男子が全員参加せんとサッカーができんくらいやったんで、みんなが知り合い以上の関係なんです」。

月森さん「俺らの親の世代が熱心に活動していた青年部で、子どもの頃、行事がめちゃくちゃ多かったんですね。キャンプに行ったり、林間合宿に行ったりして、それがすごく楽しかった。自分たちも子どもをもつようになって、同じことをしてあげたいなって」。

「地元の神楽がなくなるんはやっぱり嫌やし」「小学校がなくなった時も、日和大丈夫かなと心配になったり」。出てくる言葉は、町というより「日和地区」への思い。子どもの頃の思い出を共有できる地元出身者同士がつながり、外からのIターン者も入りやすい雰囲気ができている。田舎だからという土地性とは関係なく、子どもの頃に地域と関わる機会がどれほどあったかで、地域への思いは変わるのではないかと思えた。

地元出身者との交流も

もう一つ、若手が地域活動に積極的に携わるのが阿須那(あすな)地区。2017年、ちくせんを機に15年間途絶えていた運動会が復活した。この時、運動会の企画メンバーをあえて若手のみに絞ったと話すのが、「YUTAかプロジェクト」事務局の松島道幸さん。

「YUTAかプロジェクト」事務局の松島道幸さん
「YUTAかプロジェクト」事務局の松島道幸さん

松島さん「その方が地域が活気づくでしょう?毎年新しい競技を考えるんですが、毎年5回ほど行う企画会議が楽しくてね。みんなで運動場で実践して大笑いしながら進めています。お年寄りは何もせんでいいということではなくて、後方支援をお願いしています。競技に使う小道具は、時間のある年寄りでつくろうやって。それも一つの遊びになるんです。こちらもみんな熱心でね。運動会って、当日だけでなくて、そこに至るまでの過程が大事なんです」

当日は、よそに出ている地元出身者も数多く帰ってくる。

ゲストハウスmikkeを運営する、松江市より移住してきた内藤直子さん
ゲストハウスmikkeを運営する、松江市より移住してきた内藤直子さん
ゲストハウス「mikke」の内観。
ゲストハウス「mikke」の内観。

さらにはちくせん事業で、古民家を改修しバーにする話も持ち上がった。この改修後の建物で、いまゲストハウス「mikke」を営むのがIターン者の内藤直子さん。知人を訪ねて阿須那へ遊びに来ていたところ、今度改修する家でゲストハウスをやってみないかと声がかかり、やってみることにしたのだそう。そんなふうにちくせんが外から人が訪れる機会を増やし、働く場を提供することにもつながっている。

地域課題を解決するための法人が増加

地区別戦略の大きな目的の一つは定住促進だが、もう一つ、地域の活力を維持するために、地区主導の法人を立ち上げることも目的にある。民間企業のように利益第一主義でなくても、手を貸す住民にいくらかの報酬を支払えるようになること。

田村さん「実際に、ちくせんの成果として、町内にNPOや社団法人など法人組織が新しく5つできました。バリバリ稼いで雇用を生んで……という民間企業でなくても、地域の活動が助成金に頼らず自走できるようになるのが理想です」

実際に、ちくせん後、法人が5つ、新規事業や交流活動は20近く増えている。
実際に、ちくせん後、法人が5つ、新規事業や交流活動は20近く増えている。

差し迫った地域課題を解決するための事業も生まれている。中野地区で始まった移動スーパー「にこ丸くん」。買い物に困っているお年寄りのためのサービスとして始まった。

中心的な人物、飛弾智徳(ひだとものり)さんは、この事業を始めるにあたって、ずいぶん勉強したと、ぶ厚い資料の束を見せてくれた。

移動スーパーの事業を手がける、飛弾智徳(ひだとものり)さん
移動スーパーの事業を手がける、飛弾智徳(ひだとものり)さん
注文受けたものを届けるだけでなく、惣菜やお刺身など品揃えして選んでもらう形式。
注文受けたものを届けるだけでなく、惣菜やお刺身など品揃えして選んでもらう形式。

飛弾さん「中野地区にはまだ3軒ほど店があるんですが、北部には店がなくなってしまって、それで移動スーパーを始めようと。徳島の『とくし丸』というスーパーを参考にさせてもらいながらですが、今のところは地元のスーパーと連携して、委託販売ではなく買取方式を取っています。

実験的に始めたつもりが、毎回お年寄りが待っとるんですよ。それで止められんようになって。中野地区以外にも行くので一日の売上が5〜6万円は立ちます。ただ運営側の人手が不足していて、今のままでは続けていくのが難しい。それが課題です」

阿須那地区と口羽(くちば)地区をまたぐ旧羽須美(はすみ)地域では、「デマンド交通」という、地元住民がドライバーとなり有償で送迎する、バスとタクシーの間のようなサービスも始まっている。現在は交通空白地内のみに限られるためまだ本格化していないが、来春には公共バスが走らなくなることが決まっており、より必要性が高まる。

前日の17時までに予約をすれば、自宅まで迎えに来てくれて目的地まで乗せてくれる。乗り合いもOKだが、料金は一人ずつかかり、運賃は200〜500円。ドライバーも地域住民が担っており、現在16名が登録。ちょっとしたお小遣い稼ぎができるしくみである。

こうした、生活に必要なサービスを、利益優先ではなく、住民サポート優先で、支払いやすい価格で提供していくことが、地域主体の法人に期待されている。

地域力とは

都会に暮らしていると、こうした話は一見遠いことのように思えるが、日本全体で人口が減り、行政活動が縮小せざるをえないこれから、都市部でも地域力によって住みやすさに差が生まれることは容易に想像できる。

ちくせん事業で行われている内容は、地区によって異なる。それぞれの地区に何が必要か、何が足りないかを住民が考えた上で実践。肝心なのは住民が主体的に進めることのできるしくみにある。

邑南町でも地区ごとにばらつきがあり、活動に住民全員が納得しているわけではないかもしれない。ちくせん事業のみで「これだけ移住者が増えた」と言える明確な数字があるわけでもない。地域づくりはつねに過渡期。

しかし地域の人たちが自分の手で課題解決しようとしている姿や、楽しそうな様子は、訪れた者の目にいきいきと映る。それがこのまちの魅力であり、地域力。外の人にもここなら安心して暮らせると思わせる、一つの理由なのかもしれない。

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※この記事は『SMOUT移住研究所』に同時掲載の(同著者による)連載記事「移住の一歩先を考える第3回」です。本連載「移住の一歩先を考える」では、各地で始まっている移住や地域の活動事例を紹介しています。

ライター、地域ジャーナリスト

地域をフィールドにした活動やルポ記事を執筆。Yahoo!ニュースでは移住や空き家、地域コミュニティ、市民自治など、地域課題やその対応策となる事例を中心に。地域のプロジェクトに携わり、移住促進や情報発信、メディアづくりのサポートなども行う。移住をテーマにする雑誌『TURNS』や『SUUMOジャーナル』など寄稿。執筆に携わった書籍に『日本をソーシャルデザインする』(朝日出版社)、『「地域人口ビジョン」をつくる』(藤山浩著、農文協)、著書に『ほどよい量をつくる』(インプレス)『暮らしをつくる』(技術評論社)。

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