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地方移住して起業に300万円、就業に100万円の新制度で、移住する人は増えるだろうか?

甲斐かおりライター、地域ジャーナリスト
(写真:Photo AC)

2019年度から始まる「首都圏から地方へ移住して起業すると最大300万円、就業すると最大100万円」の支援制度。

今年で5年目に入る地方創生。地方移住の現状をふりかえりつつ、本制度が「どう使えるの?」「効果はあるのか?」といった視点から、現場の声を聞きました。

「移住」が目的化していないか

そもそも「移住」とはとても曖昧な言葉です。海外でも都会へも「よその土地へうつり住むこと」。最近は「地方に移り住む」文脈で使われることが多い。

ところが実際の人の動きをみると、地方から首都圏に出る移住者の方が圧倒的に多く、2018年東京圏への転入超過数は14万人と、前年に比べて1万4千人増(*1)。「都市住民の農山漁村に関する意識調査」によれば、移住に関心の高い人は合わせて30.6%。20代では70% (*2)。にもかかわらず地方への移住が進まないのは、なぜでしょうか。

移住は漠然と「しよう」と思ってするものではなく、その先に目的があります。

「のびのび子育てしたい」とか「自然の多い場所で趣味を充実させたい」「自分の足で立てる働き方がしたい」「農業をやりたい」など、目的は一つではないかもしれないし、始めから明確でないにしても。移住とはあくまで、手段。

希望者は、その目的を実現できる場を探しています。

それに対して、多くの地域では「ここは自然は豊か。田舎暮らしに興味がある気のいい人が来てくれたらいいな」と漠然と“移住”してくれる人を探している。

その地域がほかとどう違うのか。

何が魅力で、そこへ行けばどんな人に会えてどんな仕事ができるのかといったイメージを、地元の人たちが具体的に持っていないところが多い。逆にそれが明確な地域には、不便な場所であっても人が増えています。

高知県佐川町では「自伐型林業」にフォーカスを絞った支援制度で関心のある若者が集まり移住者が増えている。(筆者撮影)
高知県佐川町では「自伐型林業」にフォーカスを絞った支援制度で関心のある若者が集まり移住者が増えている。(筆者撮影)

「移住して起業する場合、最大300万円の支援」に効果はある?

そこへ、昨年発表されたのが「起業支援金・移住支援金」制度です。首都圏(東京都、神奈川、千葉、埼玉の各県)から地方にUIJターンして起業すると「起業支援金」に最大200万円、起業・就業すると「移住支援金」に最大100万円を支給。

首都圏に5年以上在住かつ都内に勤務していた人が対象で、起業は地域課題に取り組む社会的起業が条件。就業も移住先の地方公共団体があっせんする中小企業に就業した人に限るというもの。(詳細はこちら

これから始まるこの制度について、利用者にとってどんなメリットがあるのか、地方移住を促進する効果はあるのか。ここでは現場の声を聞いてみようということで、移住の先輩や地域で起業支援に携わる3名の方々にお話を伺いました。

(Photo AC)
(Photo AC)

北海道下川町の総合戦略を推進する団体で移住促進・起業支援に携わる長田拓さん、熱海での地域起業の実践者で株式会社machimoriおよびNPO法人atamista代表の市来広一郎さん、

そして8年前に岡山県美作市上山地区に移住し地域事業を手がける水柿大地さん。

3人のお話から、ポイントをご紹介します。

(1)地域おこし協力隊と今回の支援制度はどう違うか?

まず、長田さん、水柿さんが挙げたのは「地域おこし協力隊」(以下、協力隊)との重複感です。移住対策に積極的な地域ではすでに協力隊の制度を活用して、生活費(給与)200万円と活動経費200万円を用いて起業支援をしています。最長で3年間継続でき、金額でみれば今回発表になった支援より手厚く、さらに3年目にはプラス100万円の起業支援金の申請もできます。

ただしミッション型の協力隊には観光事業や第3セクター勤務など決まった任務があり、自分の起業に時間が割けないため、その点で今回の制度はメリットがあるとも言えます。

水柿さんいわく「手に職のあるデザイナーや木工職人など、起業のイメージがすでにあって、自分一人で始められそうな職種の人には向いた制度ではないか」とのこと。

ただ、地域と深く関わるローカルベンチャーを立ち上げる場合は、地域を知ったうえで起業する方が後々やりやすいと話すのは、長田さん。

長田「下川町では、起業希望者には町ぐるみで伴走支援をしています。お金の支援だけではなく、商工会や役場、先輩起業家などの関係者みんなで定期的に集まって戦略会議をやるんです。地域で起業する場合、まず人とのつながりが重要になるからですね。

素材一つ仕入れるにしてもこの人紹介するよとか、こっちのルートから当たる方がいいとか、地域内のコミュニケーションが不可欠。都会じゃないので、急に見知らぬ人が現れて仕入れさせてくださいと言っても、お前誰だって話になりますから(笑)。

ただし、今下川町で進めている『シモカワベアーズ』という起業支援は毎年1枠と限りがあるので、それ以外の方に紹介できる制度としては、生かせると思います」

下川町の起業支援サイト「シモカワベアーズ」では、現在3期生を募集中>
下川町の起業支援サイト「シモカワベアーズ」では、現在3期生を募集中>

(2)起業支援で大切なのは、お金じゃない

さらに起業にあたって「最初に必要なのはお金ではなく、周囲との人的なつながり」と話すのは、熱海の市来さん。20代後半で大手企業を辞めて地元でNPOや株式会社を立ち上げ、カフェの運営や空き不動産の斡旋事業など自ら地域事業を手がけてきました。

創業支援プログラムを通して、熱海に起業者を増やす試みも行っています。

市来「ただの起業と違って、移住して起業する際の一番の課題は、まずその土地で暮らしていけるのか、起業して継続していけるかどうかです。地域の人たちと知り合って、協力できるパートナーや顧客を見出すのかが先。事業の構想を詰めるうちに、これなら大きな資金は必要ないという結論になることもありますから」

机上のアイデアを抱えて地方に来ても、それが現実的なプランかどうかはその地域に入ってみなければわかりません。制度では、移住後3ヶ月以上1年以内が支援金の申請期間。市来さんの話から起業の助走期間としては少し短かい印象。

市来「仮に国や地域が支援するとしたら、1~2年かけて事業内容がかたまって、これからという時に経営のノウハウを学ぶためとか、研修などに使った方がいい。それもただお金を渡すのではなく、融資。本来、地銀がやる方がいいと思います。

もしくは成長ステージにある地方ベンチャーに対して、融資や出資の形で金融支援すれば、結果そこから起業家が生まれていく可能性が高い。

自分の経験から言えば、お金を払ってでも地域に通って学びに来る人の方が気概があります。この3年間、熱海でパートナーになれる企業を増やしたいという意図で起業支援プログラムをやってきましたが、ここで直接的なお金の支援をしない理由はハッキリしていて、二流の人たちが集まってしまうからです。面白いことを考えて、これをやりたいって気持ちが先にあってトライする馬力のある人でないと、ローカルではやっていけないと思うんです」

『熱海の奇跡』市来広一郎著(東洋経済新報社)(筆者撮影)
『熱海の奇跡』市来広一郎著(東洋経済新報社)(筆者撮影)

市来さんの著書『熱海の奇跡』には、自身がカフェを始めた際に地元の企業家に資金援助を依頼して「まず自分の金でやりなさい。成功してから、もう一度来るといい。そのときは、話を聞くから」と言われ、自分の甘えに気づいたというエピソードがあります。

自己負担と銀行からの借り入れで調達した資金の重みが違います。

安易にお金を得られても起業する側に覚悟がなければ、逆に地域を疲弊させてしまう可能性もあるという話です。

(3)就業支援はどんな企業が掲載されるか?に注目

一方、就業支援についてはどうでしょうか。

水柿さんは次のように話します。

岡山県上山地区に移住した水柿大地さん。お年寄りの困りごとを手助けする「孫プロジェクト」や地域事業を手がける。(筆者撮影)
岡山県上山地区に移住した水柿大地さん。お年寄りの困りごとを手助けする「孫プロジェクト」や地域事業を手がける。(筆者撮影)

水柿「引っ越し代と考えれば、移住する人にとってはないよりはあった方が助かりますよね。やっぱりお金はかかるので。ただし地域の視点から言えば、これまでにもあった商工会や経産省の就業支援とどう違うかが重要かと。地方創生の一貫で出すお金だとしたら、稼ぐ仕事だけでなく、地域活動への貢献も考慮してもらえたらいい。

農村部ではお祭りや清掃活動などの担い手が不足しています。強制はできないし、今ある地域行事には効率化できるものもありますが、税金出して来てもらうのであれば町の活動に協力的な企業がマッチングされるのが望ましい。

どういう企業が斡旋されるかが重要だし、期待されるところですね」

起業就業支援だけでなく、企業の分散が効果的では

最後にご紹介したいのは、「若者の移住」調査の結果レポートです。東京圏に住む地方移住に興味のある20〜30代の既婚男女500人を対象にしたもの。

「地方への移住を妨げている大きな要因は何ですか」との質問に対して、もっとも多かったのは「仕事関連」。その内訳は「移住先では求める給料水準にない」(25.6%)、「現在の仕事のやりがいが高い」(13%)、「移住先では専門性を活かせない」(11.6%)が上位を占めます。「仕事関連」の次には「人間関係」「情報不足」と続き「コスト関連」は4番目 (*3)。

移住を阻む大きな要因は、一時的なコストではなく、長期的に見た際の年収や仕事のやりがい、さらには人間関係や子育て環境への不安のようです。

こうした結果をみると、今回のような一時的な助成より、今東京に集中している企業の地方分散支援などが、効果があるのではとも考えられます。地方支社をつくる支援や、リモートワークの促進。

都会のサラリーマンも、同じ条件で働けるなら地方で暮らしたい人は多いはずです。

企業でしっかり働きながら、農や自然を楽しむ趣味の両方が手に入るライフスタイルが理想的なのではないでしょうか。

3人のお話から見えてきたのは、起業にせよ就業にせよ、お金よりも周囲との関係性がより大切ということ。漠然とした「移住」に支援をするのではなく、地域の側にも明確な目的をもった人や企業をしっかりバックアップしていく目が必要。

「移住」という曖昧な言葉の解像度を上げる段階に来ているように思えます。

文:甲斐 かおり

※本連載「移住の一歩先を考える」では、移住に使える支援制度や、多様になりつつある移住スタイルのリアル、地域で始まっている事例を紹介していきます。

この記事は『SMOUT移住研究所』に同時掲載の(同著者による)連載記事「移住の一歩先を考える第1回」です。

(*1)総務省は2019年1月31日、住民基本台帳に基づく2018年の人口移動状況を発表。東京圏(東京、埼玉、千葉、神奈川)は転入者が転出者を上回る「転入超過」が前年より1万4338人多い13万9868人となった。

(*2)「田園回帰」に関する調査研究報告書(総務省)回答者3,116名。平成29年1月実施、平成30年3月報告)「移住する予定がある」「いずれは移住したい」「条件が合えば移住してみてもよい」を合わせて30.6%

(*3)一般社団法人移住・交流推進機構(JOIN)が2017年に行った調査。

ライター、地域ジャーナリスト

地域をフィールドにした活動やルポ記事を執筆。Yahoo!ニュースでは移住や空き家、地域コミュニティ、市民自治など、地域課題やその対応策となる事例を中心に。地域のプロジェクトに携わり、移住促進や情報発信、メディアづくりのサポートなども行う。移住をテーマにする雑誌『TURNS』や『SUUMOジャーナル』など寄稿。執筆に携わった書籍に『日本をソーシャルデザインする』(朝日出版社)、『「地域人口ビジョン」をつくる』(藤山浩著、農文協)、著書に『ほどよい量をつくる』(インプレス)『暮らしをつくる』(技術評論社)。

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