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小泉進次郎氏が「一生忘れない」と語った村。模索の続く「新しい議会の形」と「村民総会」のゆくえ

甲斐かおりライター、地域ジャーナリスト
高知県大川村。ダムの底にかつての村の中心地が沈む。(撮影:筆者/以下写真すべて)

これまでに日本で直接民主主義が行われた実績はほぼない

 高知県大川村といえば昨年5月、「村議会廃止、直接民主主義の村民総会を検討」の報道で名が知れ渡った小さな村。

議員の成り手不足から、議会の代わりに「村民総会」、つまり村民全員(有権者)が参加して議案を採決する直接民主主義を検討するというので話題になった。

「議会を廃止してみんなで決める」と聞けばシンプルに聞こえるが、高齢者の多い村でどう住民に集まってもらい、どう話し合うかなど、法律では決まっていないことが多い。

大川村も5月の報道後、7月には村民総会でなく、議会を維持する方向で検討を進めると発表した。

これまでに日本で直接民主主義が行われた実績はほとんどなく、八丈小島の旧宇津木村で1951年から1955年にかけて行われたことがある程度。

過去にほかの自治体でも「村民総会」が提案されたことはあるが、「緊急の村政課題に素早く対応できない」と否決された。将来、実施するとしても、課題が多い。

 

地方の議員不足は他の自治体でも抱える悩みだ。

原因の一つと言われるのが議員報酬の低さ。都道府県議会議員の平均月収が81万円なのに対して、町村議会議員の平均月収は21万円(大川村では15万5千円)。

それだけでは食べていけず、全体の約8割は兼業者。しかも7割が60歳以上と高齢化も進んでおり、3年前の統一地方選挙では、人口1万人未満の村のうち、3分の1が無投票で議員が決まっているという。

大川村の事態は多くの自治体にとって他人ごとでなく、その後の動向が注目されている。

大川村とはどんな村なのか。直接訪れ、村長の話を聞く機会を得た。

人口約400人。高知の山奥にある、離島を除けば日本でもっとも人口の少ない自治体
人口約400人。高知の山奥にある、離島を除けば日本でもっとも人口の少ない自治体

和田村長の真意。「一番は、村民へのメッセージ」

 高知市から車を走らせること1時間半。1000メートル以上の切り立つ山々に囲まれ、村の中心部には吉野川とそれにつながる早明浦(さめうら)ダムが悠々と広がる。真夏とあって、山の濃い緑にダム上流の川は澄み、とても美しい。

人口402人、231世帯(2018年6月時点)が山の斜面に沿うようにして暮らす。離島を除けば、日本でもっとも人口の少ない自治体である。ダムの建設により、かつての村の中心部はダム底に沈み多くの人口が流出した。

「私は議会廃止とか村民総会設置とか、一度も言ったことはないんです。あくまで今のうちから研究しておいた方がいいということ」と、和田知士(わだ・かずひと)村長は話した。

大川村の和田知士村長
大川村の和田知士村長

「前回の選挙でも(議員が)6人集まるか心配しました。無投票でなし崩し的に議員になったような例もある。来年の村議会議員選挙で立候補者が足りず議会が成立しなかったら、村政が混乱してしまう。今のうちに町村総会について勉強しておく必要があると思ったのです。それに地方自治法94条、95条に対する問題提起の意味もあります。今ある文面だけでは議会に準ずるとしか書かれておらず、それでは実現できない」(*1)

さらに議員不足の問題は、成り手不足というよりも、住民の無責任、無関心さが課題と話す。

「村を自分たちで守っていくためには村民にもっと関心をもってほしい。議員にはならずとも、この人になってほしいと応援するなり、担ぎ手にならんと。悪い想定をすれば3カ月以上の居住要件があれば誰でも議員になる資格はできるわけです。悪用しようと思えばできるわけで、もう少し村民にも考えていただく必要があるというメッセージを含んでいました」

大川村では、議会継続を検討しながらも、村民に意識をもってもらう目的で、近く「模擬村民総会」を行うことを計画しているという。(9月14日追記:村では模擬総会は議会との調整が必要という理由で実施を断念。「村民総会問題と(参院選)合区問題を考える」と題した村民向けフォーラムを近く開催予定)

大川村とはどんな村か?

 メディアでは「議員も出せない過疎の村」といった報道が多かったが、調べてみると、大川村では地域おこし協力隊やUターン者など若手の流入が増え、ここ5〜6年で人口は社会増(自然減を除く)に転じている。

2010-2015年比の人口分析によれば、高知県34市町村自治体の中で実質社会増減率ではトップ。7%を超え、全国の過疎指定市町村のなかでも上位7位。(*2)

大川村は地方創生の始まる何年も前から、産業振興や人口対策を積極的に行ってきた自主性の強い村であり、「議会廃止」「村民総会検討」の話も、小さな地域がどう生き残っていくかを真剣に考えるがゆえに生まれた、問題提起だったのだ。

「山中農園」の出荷作業。若い働き手も多い
「山中農園」の出荷作業。若い働き手も多い
「山中農園」の山中教夫さん。高冷地にあった栽培を営む
「山中農園」の山中教夫さん。高冷地にあった栽培を営む

村内を見てまわると、養鶏や村の給食づくりなど村営の事業も活発に行われており、産直の店では20代の移住者に会えるなど、活気ある面を多く見かけた。急な山の斜面にもビニールハウスが並び、多くの若者が百合の出荷作業に勤しんでいた。

「山中農園」ではUターン者・2代目の山中教夫さんが高冷地に適した花卉栽培を軌道に乗せ、新たな花の栽培にも取り組むなど市場に合わせた事業を展開している。

7月末に小泉進次郎氏が訪れた際に山中さんが案内したのが、標高の高い農園のすぐ脇にあるスポット。谷底まで村を一望できる絶景は、小泉氏に「一生忘れない」と言わしめた。

小泉氏が「一生忘れない」と言った、谷底まで一望できる絶景
小泉氏が「一生忘れない」と言った、谷底まで一望できる絶景

地方議会の、どんな点が改善されればよいのか?

 大川村が話題になったことで、ある面での効果はあった。県や国が入り、9月には総務省が有識者による研究会を設立するなど、町村民総会および議会運営の見直しに関する本格的な議論が始まったのだ。

 小泉氏ほか国会議員が視察に訪れたのも、今後の地方議会のあり方を検討する上で、大川村の実情を知りたいというのが目的だった。

 例えば現行制度のどんな点が改善されれば、議会が継続しやすくなるのだろう。

和田村長は、大きく2つあり、まず一つは子育て世代の議員報酬のアップだと話す。

「議会の活動だけなら、日数で割ると15万5,000円は安いものではありません。ただ議員活動となると高いとは言えない。本来議員は、議会に出ることだけが仕事ではないのです。また、70代の人が議員をつとめるのと30代の子育て世代が専業でやるのでは状況が違います。

15万5,000円では、とても子育てはできん。例えば30代で子育てしている者については、独自に子供手当てを配ることも検討してほしい。今の研究会の提案にはそれについては一切言及がないです」

もう一つは兼職・兼業の規制の撤廃。大川村のような小さな市町村では、社会福祉協議会など、公的な職に就きながら議員も兼ねられるなら…という人が少なくない。ところが現在は公務員や地方公共団体から仕事を請け負う責任者は、議員を兼ねることができない。

「何でもすぐに兼職兼業にひっかかるということで、対象者が少なくなります。例えば社会福祉協議会の役員が議員になろうとしても、好ましくないと。村の場合は私利私欲的でそうする人はいませんので、そのあたりを緩和していただきたい」

大川村役場
大川村役場

提案された新しい議会の形「多数参加型」と「集中専門型」とその問題点

2018年3月には有識者研究会から、現行制度に加えて2つの新しい議会の仕組が提案された。

「多数参加型」と「集中専門型」。「多数参加型」は、議員の数を増やし一人あたりの報酬を減らす。別に本業をもつ議員が参加しやすいよう両立しやすいよう議会は夜間や休日に行われるという。

一方で「集中専門型」は少数精鋭で専門的な議員のみで構成し、報酬も高くし生活給を保証する。多くの人による議論が必要な場合は、議決権はもたない「議会参画員」を交えた議論を行う。この2つに現行制度を加えて、地域ごとに選択できるようになればよいという提案だ。

だが、大川村で考えても、そう簡単にいかないと和田村長は話す。

「少数精鋭できちんとした議論になるのかが疑問。一方、広く参加させるといっても、うちのお年寄りのように晩早くに床へ入ってしまうような人たちが夜間の議会に参加できるかといえば難しい。

議決に参加するだけが議員の仕事ではないので。小さな村の発信を機に、議会維持に向けての策を考えていただけたことはありがたいこと。さらなる議論が必要だと思います」

大川村にできた集落活動センターおよび給食センター。給食は地産の食材を子どもたちに食べさせたいという思いから村内で賄われるようになった
大川村にできた集落活動センターおよび給食センター。給食は地産の食材を子どもたちに食べさせたいという思いから村内で賄われるようになった

政治への無関心は、過疎の村に限ったことではない。都会でも「議員に自治を託している」という実感をどれほどの人がもっているだろうか。

直接民主主義を検討するにせよ、新しい議会の方法を検討するにせよ、住民が地域自治を身近に感じることのできる場づくりや、住民同士が話し合い合意形成できるわかりやすい仕組みや方法が必要になってくる。

議会といった直接的な政治の場でないにせよ、こちらの記事で紹介したような、市民が気軽に市政について参加できる話し合いの場が増えていけば、“自分たちで話し合って自分たちの暮らしを決める”という文化の裾野を広げる可能性も生まれてくるのではないかと思う。

 

(*1)地方自治法の94条、95条は以下のとおり。

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第九十四条

町村は、条例で、第八十九条の規定にかかわらず、議会を置かず、選挙権を有する者の総会を設けることができる。

第九十五条

前条の規定による町村総会に関しては、町村の議会に関する規定を準用する。

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(*2) 一般社団法人「持続可能な地域社会総合研究所」公表のデータより

参考:

朝日新聞(2018年3月27日・朝刊37頁)「なり手不足、対策効果は 町村議の新モデル、有識者会提言」

日本テレビ『news every.』2018年7月31日放送「地方議員“なり手不足”400人の村で何が」

ライター、地域ジャーナリスト

地域をフィールドにした活動やルポ記事を執筆。Yahoo!ニュースでは移住や空き家、地域コミュニティ、市民自治など、地域課題やその対応策となる事例を中心に。地域のプロジェクトに携わり、移住促進や情報発信、メディアづくりのサポートなども行う。移住をテーマにする雑誌『TURNS』や『SUUMOジャーナル』など寄稿。執筆に携わった書籍に『日本をソーシャルデザインする』(朝日出版社)、『「地域人口ビジョン」をつくる』(藤山浩著、農文協)、著書に『ほどよい量をつくる』(インプレス)『暮らしをつくる』(技術評論社)。

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