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黒田バズーカ―砲、次の一手は「禁断」のあの手か?

岩崎博充経済ジャーナリスト

==ドラギECB総裁が関心示した禁断の金融政策?==

マイナス金利が導入されて「円安が進む」と、踏んだ日本銀行の目論見はものの見事に外れてしまった。ECB(欧州中央銀行)など他のマイナス金利を導入した国や地域も、マイナス金利によって狙った成果を上げられていない。日本、欧州ともにインフレ目標を達成できない期間が長引いており、共に「手詰まり感」が漂いつつある。

そこでいま注目されつつあるのが、異次元の金融緩和(QE)やマイナス金利導入といった金融緩和策に続く「次の一手」だ。量的緩和拡大やマイナス金利幅の拡大といった「マイナーチェンジ」では、いまや袋小路状態と言って良い。現状を打破するインパクトはない、と言ってもいいだろう。何か画期的な方法を、世界中の金融当局者が模索している状況だ。

そんな中で浮上してきたのが「ヘリコプターマネー」だ。ことの発端は、ドラギECB総裁が今年3月に発したコメントにある。「ヘリコプターマネーの導入を検討したことはあるか?」という質問に対して、「検討したことはないが、非常に興味深いコンセプトである」という発言をしたのだ。

ヘリコプターマネーというのは、文字通りヘリコプターからお金をばらまくような金融政策だが、これまでの量的緩和と決定的に異なるのは、ばらまくお金の調達方法にある。中央銀行が紙幣を印刷して、その紙幣で国債を購入し、政府に提供する。政府は財政負担とならず、返済や利払いの義務も追わない。「財政(マネタリー)ファイナンス」とか「債務の紙幣化」とも呼ばれるが、日本では法律(財政法第5条)で禁止されている経済手法だ。

ドラギECB総裁の発言は、大きな反響を呼び、1920年代にハイパーインフレを起こした歴史を持つドイツは猛反発した。加えて、米国の経済新聞「ザ・ウォール・ストリート・ジャーナル」が、ヘリコプターマネーに関する記事を掲載したことも注目された。同紙は、3月22日の紙面で「『ヘリコプターマネー』用いる時機到来か」という記事を掲載し、ここでも注目を集めた。

==次の黒田バズーカ―砲は「ヘリコプターマネー」?==

そもそもヘリコプターマネーは、1969年に米国のノーベル経済学者「ミルトン・フリードマン」が提唱した方法だ。ヘリコプターからお金を撒くような方法で市中に紙幣をばらまけば、かならずデフレから脱却して、インフレを導き、景気回復を遂げることができる、というシンプルな考え方だ。たとえば、国民一人一人もしくは世帯ごとに、期限付きの「プリペイドカード」を30万円ずつ配布する、といった方法でもいい。実行に移すのは簡単そうだ。

実際に、ヘリコプターマネーを実践した国や地域も少なくない。日本も、戦前の1930年代前半の犬養内閣の高橋是清大蔵大臣が、ヘリコプターマネーを実行し、金本位制からの離脱などと合わせて実施し、29年の米国発大恐慌に苦しんでいた欧米先進国に先駆けて、景気回復を成し遂げた。しかしながら、その後の軍部からの無制限の軍事費要求を断れずに、中央銀行が戦費を提供し、無制限の軍拡を実現させてしまった。最終的に太平洋戦争に突き進み、敗戦後ハイパーインフレを引き起こしてしまった。

そうした歴史的事実があるために、日本では明確に「ヘリコプターマネー=財政ファイナンス」を法律で禁止している。にもかかわらず、アベノミクスが始って以降、中央銀行である日本銀行が日本国債の新発債の7~8割を引き受けている状態が始ってしまった。アベノミクス以前は、日本銀行が保有する国債は50兆円程度だったのだが、いまや300兆円程度に膨れ上がっている。

「あの安倍政権なら、禁断の金融政策=ヘリコプターマネーぐらいやって仕舞うのではないか」--そんな不安が、投資家とりわけ外国人投資家の間で広がっているのだ。

問題は、明確に禁止されている財政ファイナンスを、どんな方法で合法化してしまうのかだが、実は「特別な事由がある場合には、国会の議決を経た金額の範囲内」であれば例外的に認められている。本来であれば財政ファイナンスなどあり得ないのだが、最近の野党は無論のこと、与党の自民党内でさえもストップできない。さらに、こうした国会議決を得ないでも実行できる方法もある。具体的な方法をいくつか紹介しておこう。

==方法その1 日銀保有の国債を「ゼロクーポン永久債」に転換==

ロイターが、2015年1月5日の電子版で「日本は先進国初の『ヘリコプターマネー』発動か」というコラムを掲載しているが、その中で日銀が保有する国債を「ゼロクーポン永久債」に転換する方法を紹介している。英金融サービス機構(FSA)長官だったアデール・ターナー氏のアイデアとして紹介したものだが、「裏口からの紙幣増刷」と紹介した。

ゼロクーポンというのは「金利ゼロ」のこと、通常は満期の「償還価格」から利息分を差し引いた価格で売り出し、償還時には額面通りの金額を受け取れるという仕組みだが、ゼロクーポンということは額面価格そのままで発行されて利息はなし。しかも、償還期間のない永久債ということになる。

これがどういう意味か分かるだろうか。要するに、政府は返さなくてもいい国債の枠が300兆円程度出来ることになる。返済する義務がないから、現在のように「政府債務の増大」といった指摘を受けることもなく、財政赤字への拡大に悩むこともない。

財政赤字の増大が止まるために、国民は将来の増税や政府の債務不履行(デフォルト)を心配する必要もなくなる。インフレになることも目に見えているから、今のうちに使ってしまおうという「消費意欲」もわいてくる。ヘリコプターマネーとは異なる方法のために財政ファイナンスにもならない……。

保有国債をゼロクーポン永久債に転換させるという方法は、日銀法によって制限されている「規定外の業務」に相当するのかもしれないが、これも「財務省及び首相の認可を受けたとき」は例外扱いされている。実現は可能だということだ。

==方法その2 「ベーシックインカム」という名のヘリコプターマネー!==

最近、注目を集めている言葉に「ベーシックインカム」というのがある。

簡単に説明すると、移民が多い欧州諸国などで検討されている画期的な政策で、国民一人一人に、生活保護費や最低賃金の1か月分の賃金を上回るお金を給付しようという政策だ。実際に、フィンランドでは2002年に「ベーシックインカム白書」が出されるなど、その導入に向けて準備が進められている。

ある意味で、ヘリコプターマネーそのものの政策だが、生活保護や最低賃金に関わる様々な諸問題を解決する方法として、すでに200年以上も前から提唱されている奇抜な政策だ。たとえば、フィンランドでは月額約11万円のお金を国民一人一人に給付するのだが、通常の生活保護と違って、貧しい人であろうと、裕福な人であろうと、すべての国民に現金を給付する。

その代わり、生活保護制度や最低賃金制度、年金制度などの社会保障費もすべて廃止してしまう。生活保護制度の場合、その人の収入額などに応じて給付されるわけだが、その選別が極めて困難で、コストがかかる。それなら選別を辞めて、すべての人に最低限暮らせるだけの現金を配ってしまおう、という考え方だ。移民が多い欧州独特の考え方だが、フィンランドの市民権を持っていない移民などは、その給付対象にならないために、かえって格差が拡大するのではないか、とも言われている。

さらに、国民の勤労意欲を削いでしまうのではないかという考え方もある。しかし、それでもベーシックインカムは、無駄な政策を省略してコストを引き下げることで、格差の拡大解消には効果的な方法だと主張する人もいる。

日本や先進諸国が揃って抱えている「少子化」の解決策にもなる。1人当たりの給付金額だから、子どもを一人産めば、その分だけ世帯の収入も増える。仕事をしなくても、子育てだけで食べていけることになるわけだ。

一見、共産主義的な発想に見えるかもしれないが、これはあくまでも資本主義社会、民主主義社会において実践される政策のひとつだ。

ここにきて注目されるようになったのは、スイスで1人当たり「月額30万円」のベーシックインカムの導入を巡って、この夏にも国民投票が行われることになったからだ。スイスの場合、10万人の署名が集まれば、国民投票しなければならない法律があるため、簡単に国民投票が決まってしまうという事情があるにせよ、ベーシックインカムが国民の判断に委ねられること事態が異常ともいえる。

==国民生活を破綻に導く禁断の金融政策==

いずれにしても、ヘリコプターマネーという方法ぐらいしか、現在の日銀には残されていない、という現実は変わらない。ドラギECB総裁が発言したように「興味深いコンセプト」であり、日銀にとってはヘリコプターマネー導入への誘惑が、日に日に高まっているのは事実だろう。確かに長い歴史の中では、成功したこともあり18世紀初頭のペンシルベニア植民地や1860年代の米連合政府、そして第2次世界大戦時の米国など、ヘリコプターマネーは成功例として上げられている。

とはいえ、失敗例はもっと多いし、その結果は「大惨事をもたらす」ことを忘れるべきではない。1930年代前半の日本の高橋蔵相時代のヘリコプターマネー政策は、その資金が軍部に流れて、際限のない軍拡時代をもたらした。その結果、無謀な戦争へと突入したことは良く知られている。1920年代のドイツでは凄まじいハイパーインフレをもたらした。70年代以降、何度かハイパーインフレを経験したアルゼンチンなども、財政ファイナンスが原因で悲惨な結末を迎えた。

JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長が、日本銀行がヘリコプターマネー導入の環境が整っており、その結果は「大惨事」に見舞われると警告している。

太平洋戦争時代の政府債務残高は、最終的に「対GNP(国民総生産)」比で204%に達していた。しかし、現在の政府債務残高はGDP比240%超。日本は、ヘリコプターマネーを導入していた太平洋戦争敗戦までの10年間よりももっとひどい状況であり、日本はすでに「財政ファイナンス」の状態に陥っている、と指摘するエコノミストも少数派だが存在する。

1053兆円超の財政赤字を抱える日本にヘリコプターマネーを導入すれば、どういうことになるのか。結果は火を見るより明らかだ。国民ができる資産防衛のための選択肢も、極めて限られたものになってしまう。

ドイツ銀行のレポートで、「現在の日本経済は(危機を真っ先に知らせる)炭鉱のカナリア的な位置づけ」と指摘されたことを忘れてはいけない。

経済ジャーナリスト

経済ジャーナリスト。雑誌編集者等を経て、1982年より独立。経済、金融などに特化したフリーのライター集団「ライト ルーム」を設立。経済、金融、国際などを中心に雑誌、新聞、単行本などで執筆活動。テレビ、ラジオ等のコメンテーターとしても活 動している。近著に「日本人が知らなかったリスクマネー入門」(翔泳社刊)、「老後破綻」(廣済堂新書)、「はじめての海外口座 (学研ムック)」など多数。有料マガジン「岩崎博充の『財政破綻時代の資産防衛法』」(http://www.mag2.com/m/0001673215.html?l=rqv0396796)を発行中。

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