ロックダウン、デジタル化、ワクチン……、コロナ禍がもたらした根本的変化とは?

 コロナ禍に陥った人類が直面した問題は数多くあった。ロックダウン(都市封鎖)がはじまり、企業はリモートワークに走り、行政も含めて仕事の「デジタル化」を迫られた。

 コロナ禍は、人類に何をもたらしたのか。 過去のパンデミックでは、産業革命がおこり、中世の欧州を支配していたカトリック教会は、その権力を失墜させた。世界的なパンデミックは、これまで度々それまでの常識を覆す歴史的な転換点となり、様々な分野のターニングポイントとなってきた。

 デルタ株の急速な感染によって、今回のパンデミックもまたそう簡単には収束しそうもない様相を呈してきたが、世界で437万人(8月16日現在)もの死亡者数を出したコロナ禍は明らかに何らかの歴史的転換点をもたらすはずだ。

  パンデミックがもたらす様々な時代の転換について、そして今回のコロナ禍によってどんな新しい枠組みが作られるのか……。検証してみたい。

コロナ禍で何が起きたのか?

 今回のパンデミックでは、各国政府が最初に取った政策は「ロックダウン」もしくは「外出自粛のお願い」だった。この感染症対策が効果的なのかどうかは、コロナ禍が収束して専門家の検証を待たないと分からないものの、大半の国がロックダウンや外出規制という選択肢を取った。

 ロックダウンという政策が実施されたことで、人々の働き方は革命的に変化したことはよく知られている。リモートワークが増え、そのために「デジタル化」や「DX(デジタル・トランスフォーメーション)化」が急速に進むことになった。

 人々のコミュニケーションは、ZOOMなどのリモート会議が一般的になり、「AI(人工知能)技術」がさらに進み自動運転技術やワクチン開発などにも応用されて、この分野の技術も急速に進歩することになった。今後の経済成長を支えるキーワードが「デジタル化」であり「AI化」であることは間違いないだろう。

 とりわけ、電子マネーや暗号資産といった「フィンテック」はコロナ以前から急速に普及しつつあった。世界のハイテク企業が数多く上場する米国の「ナスダック市場」が上場来最高値を更新し続けたことでも明らかだ。

 一方、デジタル化の波は、マンパワーに頼り切っていた企業が、改めて時代遅れになりつつあることを認識することになった。マンパワーに代わってAIパワーの重要性を理解した企業も多いはずだ。損害保険会社が保険の査定をAIに委ねる、商品発注の判断をAIに委ねるといった、これまで熟練した専門家や社員が担ってきた仕事をAIが奪うシーンが、コロナによって加速された。

 日本では、企業よりも行政のデジタル化の遅れが目立ち、マンパワー頼りの感染症対策や給付金支給プロセスに大きな支障をもたらした。マンパワーに頼った感染症対策はすぐに限界に達し、打つ手がなくなってしまう。感染症アプリの出遅れなども、日本のデジタル化、AI化の遅れを露呈した。

 政府は、急遽「デジタル庁」の創設に取り掛かったものの、発案から1年近くもかかっている。行政府の「変化」への取り組みがいかに遅いか、ここでもその欠点を露呈している。

 デジタル化以外で注目されたものには、新型コロナウイルスの原因が温暖化であるという定説を背景に化石燃料から脱却し脱炭素社会を目指す、いわゆる「グリーン化」が進むという動きがあった。また、国境も各地で封鎖されたことからグローバル化が後退し、自給自足社会へのシフトが本格化するのではないか、という指摘も数多くあった。

 もっとも、ここに来てパンデミック収束の動きが出てきたことで、貿易は再び活発となり、どうやらグローバル化が後退することはなさそうだ。むしろ、米国と中国の対立の方がグローバル化には大きなブレーキをかけている。

コロナ後に残る莫大な「過剰債務」の行方?

 そして、もうひとつコロナ禍によってクローズアップされたのが、世界から金融機関の「利息」がほとんど消えたことだ。ゼロ金利どころか、マイナス金利を実施する国や地域が増えた。こうした傾向は、コロナ以前から、日本などで一部実施されてきた金融政策だが、パンデミックによって経営難に陥った企業や個人に惜しみなく資金を融資し、それでも足りなくて中央銀行が国債や債券を購入。日本銀行は株式市場でETF(上場投資信託)を購入することで、株価の下落を食い止めた。

 ゼロ金利政策や量的緩和政策は、世の中全体に過剰流動性をもたらし、株式や金、暗号資産、不動産などなど、様々な価格を押し上げた。日本では、個人(家計部門)の金融資産が1946兆円(日本銀行、資金循環統計、2020年)となり、前年より7%以上も伸びた。10万円の給付金が出て、個人消費も減少したためだが、米国など海外でも同じような現象が起きた。

 その反面で、世の中はロックダウンや外出規制が実施されたために「雇用」が消え、雇用保険や政府の給付金に頼って生活しなければならない人が増え「貧富の格差」が拡大した。メキシコのように国民の44%が「貧困層」という国も現れた。

 そして、コロナによって生まれた最大の負の遺産とも言えるのが、世界中に残る莫大な「過剰債務」の問題だ。世界中の中央銀行が取ったコロナ対策のために、中央政府や打撃を受けたセクターの企業には莫大な過剰債務が残る。

 ただ、日本では大半の企業や個人には内部留保や貯蓄があり、比較的過剰債務の影響は少ないと思われるが、その一方で、政府は長年ゼロ金利政策を続け、財政赤字も史上空前の規模になっている。

 第2次世界大戦で敗戦国になった時点の財政赤字よりも、現在の財政赤字の方が大きい、という歪んだ状況にある。対GDP比での財政赤字ではあるが、いまだにPCR検査が躊躇されていたり、思い切った医療施設の整備が行われない。あくまでも、平時の延長で何とかしようという政府や自治体の姿勢が見え隠れする。予算がない、という印象を受けた人は多いはずだ。

コロナ禍がもたらした「歴史的転換点」

 こうした大きな変化が、コロナによるパンデミックで起きたわけだが、これらの変化は、これからの社会にどんな影響をもたらすのか。簡単に、その未来像や今後起こるであろう問題点などをピックアップしてみよう。

①デジタル化へのシフト

 デジタル化への動きは、コロナ禍が収束しても逆戻りできない動きといっていい。企業や行政が揃って、デジタル化を進めることで、日本全体の生産性を上げて国際競争力を上げていかなければならない。デジタル化が遅れている日本では、とりわけ司法や行政の遅れが目立つ。デジタル化は遅れれば遅れるほど、その国の国際競争力を落としていく。

 とはいえ、デジタル化を推進できるのは企業のトップであり、政治家といっていい。従来通りの価値観を持っているトップには一刻も早くデジタル化の重要性を認識してもらうしかないだろう。

②マンパワーからAIパワーへ

 デジタル化を推進する意味でも、マンパワーを管理するAIの存在意義が高まる。デジタル化の実現にはAIの導入が不可欠だが、日本の「AI導入率」はわずか「4.2%(出所:AI白書2020)」しかない。

 コロナ収束後も、AI導入の動きは進んでいくはずだ。ただしAIパワーが高まっていく社会では、マンパワーがどんどん不要になっていくという副作用が出る。結局、政府が生活保護や失業給付といった名目で、国民の多くを支援していくことになる。国民全員にお金を配る「ベーシックインカム」が注目を集めるのも、こうした一面があるからだ。

 むろん、貧富の差もさらに拡大することが予想される。これまで、ほんの一握りの富裕層が世界の富の大半を独占している状況があったが、それがさらに進行する可能性がある。個人の貧富の格差だけではなく、企業間、国家間の格差もさらに拡大することが予想される。AI技術を使える者と使えない者との格差が拡大するということだ。

③コロナ後に残る莫大な過剰債務

 過剰流動性からの脱却のカギを握っているのが、米国の中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)だ。FRBが「テーパリング」を実施するかどうかにかかっている。テーパリングとは金融緩和の縮小を意味しており、現在コロナ対策として実施している国債購入などを縮小していく動きのこと。米国では、コロナ収束が見え始めており、テーパリング→ゼロ金利政策解除への期待が高まっている。

 問題は、日本がテーパリングやゼロ金利政策を解除できるのか、ということだ。莫大な財政赤字は、コロナ対策にかかるコストや東京五輪の無観客開催などによってさらに膨張することになる。加速する財政赤字を、どう処理していくのか。米国も含めて、財政健全化がコロナ後の最大の課題と言っていいかもしれない。

コロナ収束は2023年以降か?

 過去の感染爆発から学ぶと、世界的な感染爆発はおおよそ3年~4年で嘘のように収束していく可能性も否定できない。たとえば、当時18億人程度だった世界人口のうちの8000万人が亡くなったといわれる「スペイン風邪」も、数年で姿を消している。日本では、1918年10月に患者第一号が現れ、その後2300万人が感染し、38万6000人が亡くなったとされる。しかしその後、1921年になるとスペイン風邪は嘘のように消えていく。

 そういう意味で言えば、現実味はほとんどないが、新型コロナウイルスも早ければ2023年、遅くとも2024年頃にはパンデミックという状況は収まる可能性もあるということだ。

 デルタ株発祥の地となったインドでも、急速にワクチン接種が進んだわけでもないのに、突然感染者の増加傾向が鈍化して収まりつつある。集団免疫ができたのかどうかは、専門家ではないのでわからないが、感染症はある程度進行すると、その勢いが鈍化するのは間違いなさそうだ。

 では、そうしたコロナによるパンデミックが収束に向かった時、世界はどう変わっていくのか。確かなのは、コロナ前の世界にすべて戻るのか、といえばそれは厳しいということだ。

 今回のコロナ禍は、人類史上初めて中央政府が本気になって、感染症による死者の数を減らそうと様々な政策を実施した。人々の外出を抑えるために、給付金を国民一人一人に提供し、企業や個人営業店には休業を命令。もしくは日本のようにお願いした国でも、持続化給付金といった形で資金を提供した。

 さらに、ワクチンを先行開発という形で早期に開発に着手し、通常であれば10年程度かかるワクチンをわずか1年程度で開発に成功させた。これは、「mRNA」という遺伝子工学の恩恵だが、こうした政策をいち早く打ったのも人類史上初めてといっていい。科学の進歩が実現させた感染症対策だ。

日本はセオリー通りの景気回復ができるのか?

 1929年の米国株の大暴落から始まった大恐慌では、経済の落ち込みがピークになったのは1937~8年のことだった。経済的なパニックのピークが本当に来るのは、数年後になるケースが多いということだ。

 良い意味でも、悪い意味でも、今回のパンデミックによるツケを払うのは、これからということになる。もっとも、経済基盤のしっかりしている米国では、早くも中央銀行であるFRBが、経済統計を見ながら「正常化」に向けて動き始めようとしている。

 では、日本はどうか。政府の感染症対策の不備もあって、いまだに収束が見えてこないのが現実で、今後どこまでいけば感染者数が減少していくのか見えない。とはいえ、日本もいずれは「コロナ後」を迎えることになる。先行して米国や欧州、中国といった国が景気回復を遂げて、デジタル化やAI化を推進させたときに、日本はどうなっていくのか。日本だけが、世界のデジタル化やAI化の波に乗り遅れることは許されないはずだ。

 あくまでも筆者の個人的見解だが、日本がデジタル化やAI化の波に乗り遅れないためには、いくつか優先的にしなければならないことがある。たとえば、行政が率先してデジタル化やAI化を進めることが重要だ。

 デジタル化には、冒険心と野心が不可欠で、官僚に代わって責任をとれる機関や人物が必要だ。そういう感覚で行政改革を進めていく必要があるのかもしれない。ちなみに、日本で最も遅れているのは実は「司法」ではないかといわれる。司法のデジタル化を含めた近代化が不可欠といえる。司法の停滞が、日本経済の改革スピードを妨げているかもしれない。

 いずれにしても、世界の投資家が日本企業に投資したいと思うような環境を作る必要がある。ソフトバンクグループのビジョンファンドの投資対象になる企業が、数多く輩出されるようなビジネス環境の整備を進めていく必要がある。

 そして、最後に最も懸念されるシナリオが、世界中で金利が上昇していく中で、日本だけがテーパリングや金融緩和に踏み切れない状況が続く可能性があることだ。金利を上げてしまうと、日本政府が大量に発行している国債の金利も上昇してしまい、国債の新規発行に歯止めがかかる可能性がある。

 その後のシナリオについては、その時の状況になってみないと分からないが、大増税時代がやって来るのか、インフレになるか、それとも今まで通りの不景気が続くのか……。変化は確実に訪れそうだ。

 パンデミックは、常に時代の大きな転換点となり、人々の暮らしが変わったことを認識すべきだろう。