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概算要求99兆円にみる日本の財政危機

岩崎博充経済ジャーナリスト

国家の存亡より“省益”を優先させる日本の官僚

来年度予算を決める上で最初のアプローチとなる各省庁の「概算要求」が8月30日に出揃った。その総額は、過去最大の99兆2000億円に達したそうだ。毎年、この時期になると行われる各省庁の来年度概算要求だが、今回はアベノミクス成長戦略を盾にとったものが多かったとはいえ、どうも納得がいかない。日本の国の歳入は43兆960億円(平成25年度当初予算)しかない。にもかかわらず、なぜ各省庁の概算要求を合計すると99兆円にもなるのか。

43兆円しか収入がないとわかっていて、なぜ総額で99兆円の概算要求ができるのか。どの組織だって、予算が危機的状況だとわかれば、予算の申請をする前に各担当者が集まって、何とか調整しようという意識を持つ。しかし、国の各省庁の幹部にはそんな意識はまったくなさそうだ。まさに「縦割り行政」の弊害だが、日本の場合、国家予算の概算要求にはいろいろ複雑な仕組みがあって、結局それが1000兆円にも上る財政赤字を生み出してしまったと考えるのが自然だ。

もともと日本の国家予算は、いわゆる「シーリング(概算要求基準)」と呼ばれる方式が採用されている。財務省があらかじめ、予算の「上限」を決めて、その範囲内で予算を要求するスタイルだ。上限を決められれば、どの省庁だって上限まで要求したくなる。さらに、族議員などのバックアップも背中を押す形だ。

結局、財務省はシーリングによって自らの権力を集中させているわけだが、鳩山由紀夫内閣のときに「シーリングは予算配分の大胆な変更を阻む」として廃止したのだが、かえって要求額が増大し、菅直人内閣の時代に復活させてしまった。この当たりは、民主党の未熟さと経験不足からきているものだが、シーリングを廃止するのではなく、思い切った“上限設定”をすべきだったのに、最も重要な部分で官僚にコントロールされてしまったわけだ。

「シーリング方式」がもたらす国家予算の限りない膨張

今回の概算要求では気になったのは、国債の元利払いに当てる「国債費」が、いよいよ25兆円を突破してきたことだ。2009年度の実績では20兆2437億円だったのが、5年後の2014年度には25兆円を超えてしまう可能性が高い。国家予算全体が国債に依存する割合を示した国債依存度も、2009年度の51.5%をピークに下落しているものの、国家予算全体が膨張しているせいで国債費は一向に減らない。

にもかかわらず、日本政府は省庁間同士で「自主規制」する動きさえ見せない。国家は大きすぎてコントロールできない、といってしまえばそれまでだが、最近は企業でも「コーポレイト・ガバナンス(企業統治)」が問われるが、政府としての統治(ガバメント=統治者)ができていないということなのか……。

言い換えれば、日本の国家予算が限りなく膨張をつづけている原因のひとつが「シーリング方式」にあると言うことだ。シーリング方式には、「当初の予算のみに採用されて補正予算には適用されない」「一度予算として設定されると同じ予算要求は無条件で求められる」といった欠点がある。もともとシーリング方式は、前年と同額の上限を設定する「ゼロ・シーリング」であっても、歳出は増大するもの、という欠点がある。

現実的には難しいかもしれないが、すべての予算項目を例外なく「時限措置」として、必要性が認められた支出だけを継続させる「サンセット(時限)方式」に切り替えるなど、大胆な構造改革が必要かも知れない。少なくとも、消費税率をアップしようという政府であれば、国民に各省庁でも努力していることを態度で示すべきではないのか。それとも、財政赤字の額は現段階ではまったく問題ないと考えているのか……。

予算編成の仕組みを換えなければ財政赤字は増え続ける

民主党政権が一度廃止した「シーリング方式」を再び取り戻すときに、各省庁のトップは「増大してしまった民主党政権下の国家予算を再び縮小傾向に導くためにはシーリング方式に戻すことが重要。シーリング方式に戻せば、きちんと予算を削ってやる」といった趣旨の発言が新聞などでよく報道されていた。

しかし、実際には補正予算を組むことが多い日本のような財政システムでは、補正予算はシーリングの対象外とされるために効果はあまりない。政府もただ手をこまねいて予算の膨張を見過ごしているわけではないことはわかる。各省庁でばらばらに組んでいた関連予算を、先端的な医療分野での新薬開発をリードする新組織「日本版NIH」をスタートさせて、一括で要求をまとめる方法もスタートしている。

だが、現在の安倍政権の成長戦略とか消費税導入のための経済対策といった政策を見ていると、財政のプライマリーバランス(基礎的収支)黒字化を何が何でも実施するという覚悟もなさそうだ。2020年度に予定されていたプライマリーバランスの黒字化も、内閣府が早々と「中長期の経済財政に関する試算」でほぼ不可能というレポートをまとめている。

自国通貨建ての国債だから金融マーケットで暴落するようなことはあり得ない、といった希望的観測を抱く人はいまだに数多いが、現在の株式市場がしばしば「先物主導で暴落」している姿を見ている人なら、外国人投資家が取引高では5~6割を占めている「国債先物市場」が「いつ牙をむく(売り浴びせられる)」のかを心配する必要がある。

日本の国債市場は「なぜ常に価格維持できるのかが不透明」であることは、海外でも良く知られている。この日本だけの「特殊現象」がいつまで続くのか。政府は、国債の価格が維持できているいまのうちに、国家予算を自然に減少させられるシステムに切り替えるべきだろう。こんな状況を作ってしまった自民党は、その責務を負っている。シーリング方式から強制的にサンセット方式にしなければならなくなったときでは、もう遅いのだ。

経済ジャーナリスト

経済ジャーナリスト。雑誌編集者等を経て、1982年より独立。経済、金融などに特化したフリーのライター集団「ライト ルーム」を設立。経済、金融、国際などを中心に雑誌、新聞、単行本などで執筆活動。テレビ、ラジオ等のコメンテーターとしても活 動している。近著に「日本人が知らなかったリスクマネー入門」(翔泳社刊)、「老後破綻」(廣済堂新書)、「はじめての海外口座 (学研ムック)」など多数。有料マガジン「岩崎博充の『財政破綻時代の資産防衛法』」(http://www.mag2.com/m/0001673215.html?l=rqv0396796)を発行中。

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