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強制結婚からの自由を求めたサウジの少女。なぜ国際政治が動き、カナダ政府に受け入れられたのか。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長
第三国の受け入れが決まり、安堵の表情を浮かべるクヌーンさんのツイッター投稿

新年あけましておめでとうございます。

 今年は早々から、女性の権利を巡ってひどいニュースが相次いでいますが、新年はちょっと明るいニュースからスタートしたく、海外の記事をご紹介します。

■ サウジアラビアの女性をタイで国連が保護

新年早々、タイの国際空港を舞台に以下のような出来事があり、世界中が大きな関心を寄せてきました。NHKが報じています。

サウジアラビアの女性が、親から強制的に結婚するよう迫られたとして、海外への逃走を図り、タイの空港で拘束されましたが、「送還されたら殺される」などと訴えて国連が保護する事態となっています。

サウジアラビア出身の女性、ラハフ・クヌーンさん(18)は6日、家族と隣国クウェートに旅行中に1人で抜けだし、タイの首都バンコクに向かいました。

タイの当局は、家族からの通報を受けたサウジアラビア大使館の要請を受け、空港でクヌーンさんのパスポートを没収したうえで、空港内にあるホテルで拘束しました。

クヌーンさんは、ツイッターで「送還されたら殺される」などと訴え、タイの当局が事情を聞いたところ、親に強制的に結婚するよう迫られたため逃走を図ったと説明したということです。

この問題については、欧米メディアなどが大きく取り上げ、UNHCR=国連難民高等弁務官事務所が対応に乗り出し、クヌーンさんを保護する事態となりました。

出典:NHKニュース

 サウジアラビアをはじめ、中東の一部地域では、少女が親によって強制的に結婚させられるしきたりがいまだに根強くあります。

 そしてそうした一家のしきたりに従わなかった場合、そのような不名誉な女性が家族にいることは「一家の恥」として、家族の名誉のために、家族が女性を殺害していまうこともしばしば発生します。これを「名誉の殺人」と言います。

 そして、いったん結婚してしまえば、女性は様々な自由を奪われてしまい、厳格なシャリア法のもと、女性からの離婚は制限され、不貞を疑われれば、むち打ちの刑等を処せられます。

 そのため、結婚を拒絶して、逃げおおせるには、海外逃亡しかない、とこの女性は考えたのでしょう。そして、名誉殺人の習慣を考えれば、「送還されたら殺される」という訴えはまさにリアルなのです。

 彼女の訴えは、少女のわがままでもなんでもなく、自由と生き死にに関わることだったのです。

 ちなみに、サウジアラビアといえば昨年、女性に自動車運転が解禁される、という前向きなニュースが流れましたが、女性の人権のために活動していた人たちが拘束されたり、10月には著名なジャーナリストが殺害されるなど、人権問題については非常に闇が深い国です。

■ クヌーンさんがTwitterでSOS。世界に支援が広まる。

 クヌーンさんは、普通の18歳の少女。

 マララさんのような国際的に著名な人ではありませんでしたが、今年1月はじめに彼女がタイで拘束されて以降、急速に国際的な支持が広まり、彼女の状況が世界の主要メディアで報道され、国際関心事となりました。

 先ほどのNHKニュースに

タイの当局は、家族からの通報を受けたサウジアラビア大使館の要請を受け、空港でクヌーンさんのパスポートを没収したうえで、空港内にあるホテルで拘束しました。

 とありますが、ホテルに拘束された後に彼女のとった行動が世界中に知られることになったのです。

 彼女はTwitterで発信を始めたのです。

 彼女のツイートは1月5日に始まります。最初はアラビア語で書いていましたが、次第に英語で発信し始めます。

 

 訳すると、「私はクエートからタイに逃げてきた少女です。私は大変な危機的状況にあります。サウジの大使館が私を強制的にサウジアラビアに帰国させようとしているから。私は空港で乗継便を待っています。」というものです。このツイートがリツイートされ始めました。

 

 次に、彼女は自分の顔写真を自撮りしてツイッターにアップ、Rahaf Mohammed Mutlaq Alqununという名前も明らかにします。

 

 彼女は「失うものは何もないから、私のすべての情報を明らかにする」と宣言して、こうした情報を公開し、国際社会に助けを求めます。

 するとこのツイートはまたたくまに世界中でシェアされ、現地人権団体や国際的な報道機関が彼女と接触、国際的な応援の声がツイッター上で広がりました。

 1月6日には彼女を強制帰国させるクエート行きの航空便が手配されているなか、彼女は公式に自ら、国連の介入を求めました。 

 

 さらに、タイ警察に対し、ノン・ルフールマン原則に従い、タイで難民申請手続きを開始してほしい、と訴えました。

  

 「ノン・ルフールマン原則」とは、生命や自由が脅かされかねない人々(特に難民)が、入国を拒まれたり、強制送還されることを禁止する国際法上の原則です。18歳の少女がこうした手続について話せる、というのはすごいと思います。

 こうした彼女の訴えを受けて、1月6日にはさっそく、署名サイトChange.orgで、彼女を助けようという署名が立ち上がりました。この署名サイトは数日間で9万人以上が署名し、国際問題になったのです。

 勇敢な少女のツイッターでの発信と、それに答えたインターネット上の国境を越えた支援の広がりによって、彼女の実情は世界中の主要メディアによって報道されるようになり、国際的な関心事となります。

 この日、彼女自身のツイッターアカウントの発信はきわめて活発で、ツイッターを駆使して世界中に事態を訴え、サポートを求めました。別の国に暮らす彼女の友人もアカウントを一緒に管理して、彼女の情報発信を助けました。

■ 国連が保護し、カナダが受け入れるまで

 1月6~7日の間に既に彼女はタイの弁護士にコンタクトを取り、弁護士が彼女に対する強制送還を差し止めるための仮処分申請をしましたが、残念なことにタイの裁判所はこれを認めませんでした。

 彼女の乗るクエート行きの飛行機が手配され、彼女は強制送還されてしまったのだろうか、と多くの人が心配していましたが、彼女の友人が彼女に代わってTwitterを更新。彼女はまだタイにいて、助けを求めている、と訴えるビデオメッセージを発信しました。

  

 ここから国際政治と国連が動き出します。

 1月8日に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、スイス・ジュネーブで会見。

「クヌーンさんは現在、タイの安全な場所で国連の保護下にあり、国連が難民として認める手続きを進めている」としたうえで、「国連は人々が危険にさらされると感じる場所に返還することはしない」と強調

出典:NHKニュース

 したと報じられています。

 実は、タイは難民条約を批准していません。ではタイで助けを求めた人は難民になれないか、といえば、そうでもないのです。

 UNHCRが難民と認めた人(マンデート難民といいます)にはUNHCRとして事態に介入して、保護を進めていく、ということになるのです。

その後、国際社会の支援が一気に進み、クヌーンさんはカナダへの受け入れが決まりました。その経緯は、以下のとおり報じられています。  

UNHCRは詳しく話を聞いた結果、クヌーンさんを難民に認定しました。

  これを受けて、カナダとオーストラリアが受け入れを検討する考えを示していましたが、タイの当局は11日夜、会見を開き、クヌーンさんがカナダを選び、タイを出発したことを明らかにしました。クヌーンさんは今後、カナダ政府とIOM=国際移住機関の保護を受けることになるということです。

出典:NHK

  

 こうしてクヌーンさんは、無事にカナダで受け入れが決まり、12日には無事、カナダに到着しました。

 ピンチに屈することなく、知力と気力を尽くして本当によくがんばり、国境を越えた素晴らしいキャンペーンに支えられ、自由を得ることができたのです。

 

画像

(クヌーンさんの命綱となったツイッター。今やフォロワーは17万人を超える。)

■ 考えたいポイント

この件は、何よりも若いクヌーンさんのSNSを活用した、最後まであきらめない勇敢な行動が国際的な支援を呼び、最終的に国連が動いて彼女の自由をサポートした、という点が現代的でとても新しい難民保護の事例といえるでしょう。クヌーンさんには本当に大きな祝福を送りたいと思います。

そのうえで、今回の経過を振り返って、私たちが考えてみたいポイントがいくつかあります。

(1) まず、国連がクヌーンさんを難民として認定したことについてです。

これまで難民といえば、政治的な迫害を受けた人々、と考えられてきました。しかし、近年では、女性やLGBT等、ジェンダーやセクシュアリティに基づく迫害・差別によってクヌーンさんのように強制結婚や名誉殺人の危険にさらされたり、LGBTであることを理由に処刑の危険にさらされる人たちがいることがクローズアップされるようになりました。

 そこで、近年では、UNHCRや欧米諸国もこうしたジェンダーやセクシュアリティに基づく迫害を受けた場合も難民として認めよう、という認識が共通になりつつあります。

 クヌーンさんがすぐに難民と認められたのはこうした経緯によるものです。

 日本も是非これを見習ってほしいものです。

(2) もうひとつのポイントは、タイが難民として引き受けない場合であっても、第三国が引き受ける事例があるということです。

 この場合、カナダとオーストラリアは早々と、自分たちがクヌーンさんを受け入れます、という意思表明をしました。

 これは日本語では「第三国定住」、英語ではResettlementという制度です。

 難民受け入れ先進国は、自国に直接訪れて庇護を求めてきた難民を受け入れるだけでなく、人道目的から積極的に、他国にいて苦しんでいる人を難民として受け入れる国際貢献をしてきました。

 特にカナダはこうした難民の受け入れに積極的です。

 この二国の受け入れ表明を受けて、クヌーンさんが選択権を認められ、カナダに行くことを選んだのです。

 日本は全く蚊帳の外で、NHKはしばしばこのニュースを伝えていましたが、日本が受け入れる、ということは全く考えていなかったようです。そもそも日本は「第三国定住」はきわめて限定されており、今はミャンマー難民受け入れ等のプログラムが試験的に実施されているだけで、広く世界中で困っている人を積極的に第三国定住で受け入れるシステムがないのです。

 そのため、こういう時にあまり役に立たないのです。

(3) そして、仮にクヌーンさんが訪れたのがタイでなくて日本だったらどうなっていたでしょうか。

  日本の難民認定率はきわめて低く、2017年で、たったの20人にとどまっています

 たったの20人! です。

 しかも、いま世界で大問題になっているロヒンギャの人たちも難民として認めない姿勢を貫くなど、クヌーンさんが訴えていたノンルフールマンの原則に関する理解も十分でないのが現状です。

 難民認定の要件が著しく厳しい日本では、クヌーンさんが難民として受け入れられたか、しかもこんなに迅速な対応がされたか、といえば、そうはならなかったでしょう。強制送還されていたかもしれません。

 しかも、難民申請者への収容方針がとても厳しいですので、携帯電話も取り上げられて収容され、Twitterのキャンペーンなどすらできなかったかもしれません。

 そして、仮に国連が介入したとしても、タイのように国連と緊密に協議のうえ、カナダに引き渡す、というような柔軟な采配を取っただろうか、といえばそれもクエスチョンマークです。日本は難民の受け入れについて国際的なスタンダードから大きくかけ離れているのです。

(4) ここからは全くの仮定の話ですが、仮に、万が一、日本が受け入れを表明したとして、日本は選んでもらえたでしょうか。

 このように難民の受け入れが少ない国、そして、ジェンダー平等も進んでいない国に来たいと思ったでしょうか。

 ちなみに、2018年のジェンダーギャップ指数でカナダは16位、日本は110位、サウジアラビアは141位です。

 カナダのトルドー首相は自らをフェミニストであると言い続け、昨年発生したサウジアラビアの人権活動家の拘束に対しても、毅然と声をあげ、サウジアラビアと関係悪化をしても姿勢を貫いてきました。

 こうした事情を聡明なクヌーンさんも知っていたのかもしれません。自分が命を懸けて逃げ出し、たどり着く国が、女性の権利を大切にする国なのか、女性の権利に関して一本筋を通している政府かどうか、を若い女性は見極めるのではないでしょうか。

 こう考えると日本の現状が大変悲しくなりますが、日本が海外で迫害され、困っている人たちを受け入れる、そして選ばれる人道大国であってほしい、と私は願います。

■ サウジアラビアや中東で生きる女性や少女たちの未来のために

  

 今も世界で続く強制結婚や名誉殺人などにより、多くの女性たちがとても不自由なおびえた生活を強いられ、場合によっては暴力にさらされ、殺されています。そうした女性を難民で受け入れるということは本当に国際貢献の第一歩というべきでしょう。

 日本もこうした貢献のできる国に早くなってほしいと心から願います。

 今回の事件では、クヌーンさんの勇気と知性、行動力は驚くべきもので、伝統的なサウジアラビアの女性像を大きく覆し、世界が称賛しました。彼女のように知性と勇気を兼ね備えた女性たちがサウジには確実に育っている、そのことはとても頼もしい、勇気づけられることです。他方でそうした女性たちに強制結婚などの旧来のしきたりを押し付けようとする伝統社会の理不尽さが一層浮き彫りになりました。

 今後も、若い世代と伝統社会の対立は深刻になっていくことでしょう。

 日本からも私たちにできる、中東の少女や女性たちの未来を応援できるサポートを是非考えていければと思っています。

参考: ヒューマンライツ・ナウが2018年に公表した報告書(英語)

  http://hrn.or.jp/news/14306/ サウジアラビアは88頁から。

                                        (了)

    

 

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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