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全村避難となった双葉町の避難者の方々の実情はあまりに深刻 一日も早い長期生活拠点の整備を

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

福島県双葉郡双葉町は、中間貯蔵施設建設、仮の町建設等、様々な問題・課題を抱える。住民の立場に立って、発言を続けてきた井戸川町長は、2月12日、辞職により失職した。町長は、辞任について、「放射線量などの問題で信念を曲げてまで町長を続けるつもりはない」「町民の健康と町を守りたいという思いだけで取り組んできた。悔しい気持ちもある」と語ったとされる。双葉町のウェブサイトには、町長からの「双葉町は永遠に」と題するメッセージが掲載されている。

http://www.town.futaba.fukushima.jp/message/20130123.html/

この一連の動きの背景にあるものはなんだろうか、双葉町の人々が置かれている状況をはたして私たちはどれだけ知っているだろうか。

私たちヒューマンライツ・ナウは、2012年12月25日、原発事故のために避難指示を受けて住み慣れた故郷から避難し、避難生活を送っている埼玉県の騎西高校避難所を訪れ、町長と町民から聞き取りを行い、双葉町の人々が置かれた課題について報告書をとりまとめた。

多くの人々が仮設住宅や民間の借り上げ住宅に住居を移しているのに、騎西高校には未だ避難所生活を送っている方々が約140人もいる。賠償交渉も長期化し、政府等から再定住先の提供等の施策も実施されていないなか、避難所で先の見えない過酷な生活を強いられている。是非参照していただきたい。

http://hrn.or.jp/activity/topic/-598-1-20121220132/

1 騎西高校避難所の生活実態

双葉町民のうち、騎西高校避難所で生活している住民は私たちの調査当時、未だに146人もおり、その圧倒的多数を占めるのが、災害弱者に該当する高齢者だった。その居住実態は、体育館や教室に畳を敷き、段ボール紙のパーテーション以外に、世帯を区切るものはない状況で、個々のプライバシーが確保しがたい。

食糧は、現在は自己負担となっているが、炊事環境がないめ、避難者の多くは、やむなく、コンビニ食品を購入してそのまま食するか、またはレンジで温め食していて、栄養価的にバランスの取れた食糧を摂取できているとは到底言えない。さらに、食費を浮かせるために三食を食べずに二食で我慢している実情も聞いた。このような劣悪な食事環境により、栄養失調も懸念されている。

これで憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活」が保障されているといえるだろうか。

原発事故で全村避難となり、最も深刻な被害を受けた住民には国や加害企業である東京電力から手厚い生活支援がなされるべきなのに、こうした被害者がかくも深刻な生活を強いられている実態は衝撃的というほかない。しかも、避難民の圧倒的多数が災害弱者として特別な配慮が求められる高齢者なのだ。

2 騎西高校における避難生活を継続せざるを得ない背景事情

聴き取りを通じて、双葉町の高齢者の方々が仮設住宅・借り上げ住宅に入居せずに騎西高校での避難生活を続けている背景には以下のような事情があることがわかった。

1) 強制避難地域であり、長期的な移住・復興計画が未策定であること

まず、双葉町の汚染の実情からみて、長期的に帰還が困難であることは明白だ。このため、早急に「仮の町」のようなかたちで、長期的に双葉町の住民が移住し、生活できる町や住宅施設が設置される必要があるが、そうした計画が2012年末までの間に全く策定されず何らの見通しもなかった。原発事故から2年が経過しようとしているなか、このような国の政策の欠如は深刻である。

2) 住環境的な事情

双葉町の高齢者の方々の多くが原発事故以前には比較的広いスペースの一戸建ての自宅に、子どもや孫と二世代、三世代の同居をしていた。しかし、一緒に避難してきた子どもや孫の世代は、現在では就学、通学や学習環境の確保などの事情から埼玉県内の借り上げ住宅等に移動した者が多いという。

借り上げ住宅が狭く、三世帯同居に十分なスペースがないため、高齢者の方々は避難所に残るしかなかったようだ。高齢者にとって家族と別離して生活しなければならない精神的苦痛、一家団欒を奪われた心の痛みは極めて大きいはずである。また、高齢者にとっては、借り上げ住宅に移動すれば、従前からの双葉町の知り合い等とも離れ離れになってしまい、様々な面で助け合い、支えあいが出来なくなってしまうという不安がある。

3) 経済的な事情

双葉町民は全村強制避難を強いられ、未だに警戒区域に指定されている地域の住民であるにも関わらず、東京電力による補償は遅々として進んでいない。

東京電力からは一人月額10万円の精神的賠償が支払われているのみだ。原発事故により仕事を失い、避難先で再就職の機会を得られない人々は、10万円の収入のみでは足りず、経済的に著しくひっ迫している。また、住宅ローンを負担していた人々の多くが、遅延利息回避等の理由から、住宅ローンの支払を続けざるを得ないようであり、精神的賠償のほとんどが住宅ローン返済に消えてしまっている。

こうした経済状況のもと、人々が避難所から移転するのは著しく困難である。借り上げ住宅等に移動すれば電気代等も自己負担しなければならず、自力で住居を探して生活すれば賃料等も負担しなければならないからである。財物賠償を含め、住民が満足できる被害回復のための補償の提案が東京電力から誠実になされていないため、住民たちは将来に全く見通しが持てない状況である。町民の代理人としてADR手続を進めている弁護士からは賠償の解決が遅延しており、東京電力の「兵糧攻め」にあっているとの分析がされている。こうした状況のもと、避難所に残る道を選択せざるを得ないのだ。

2 将来に向けての双葉町民の希望

聴き取りを行った避難所の方々は、双葉町に戻って暮らすことはほぼ不可能であると認識していた。双葉町が放射性物質により汚染され、危険である以上戻ることに加え、原発事故そのものの恐怖や転々とした避難生活へのトラウマから、未だ原発事故そのものが収束していない福島第一原発の近くに戻りたくない、という気持ちも強いことがうかがわれた。放射線量の低減については、1mSv以下に放射線量が低減することを帰還の条件として望む声が多かったのが特徴的だった。

避難者の方々は、住民復興住宅等により、双葉町外の生活拠点を早く築くことを望んでいる。その際に、高齢者の人数が多いことから、既存の双葉町のコミュニティを維持した住宅構想に注意してほしいと願っており、既に慣れ親しんだ加須市の周辺に住宅・コミュニティをつくってもらうことを希望している。こうした住民の声にこたえた長期的な生活再建の場所が早急に設置されることが求められる。

3 町長からの事情聞き取りと政府・県等の対応

双葉町長は、帰還条件、補償に関し、せめてチェルノブイリ事故後の旧ソ連・継承国と同様の住民保護の施策を求めて活動してきた。

チェルノブイリ並みの対応とは、自然放射線を除き年間1mSv以上の地域に避難の権利を求め、これに該当するすべての地域の人々に対し、完全賠償と避難・移住支援を政府が実施することであり、チェルノブイリ事故後、旧ソ連やロシア、ウクライナ、ベラルーシで採用された政策だ。

私たちヒューマンライツ・ナウも、かねて主張してきた。http://hrn.or.jp/activity/project/cat11/shinsai-pj/fukushima/post-111/

しかし、政府・県はこれを全く受け付けようとしない。

町長は、強制避難の対象者の保護に関する特別立法措置や、長期的な生活拠点となるような「仮の町」を提唱し、国として責任をもって避難を余儀なくされている住民の生活支援・移住支援を行うことも求めてきた。住民の権利を考えれば当然の正当な主張であるが、国は不誠実な態度でこれに応えず、東京電力も包括的な賠償も行わない。

その一方で、政府・県は中間貯蔵施設の設置という新たな負担のみ性急に押し付けようとした。2012年11月28日には、県知事も出席した福島県と町村長の協議の会合において、双葉町長は欠席のまま、双葉、大熊、楢葉に調査を実施することが決定しているようである。

井戸川町長によれば、中間貯蔵施設は双葉町の中心地から2キロメートル周辺の地域に建設されるとされるが、環境アセスメント等が適切になされず、自治体や住民からの意見聴取もなく、補償や用地買収、移住支援に関する具体的な提案はない。町長が指摘する手続き上の問題もはらんでいる。

町長は中間貯蔵施設に関する一方的な決定に同意できなかったことから、11月28日の会議に欠席したが、これが大きな理由とされて不信任案が町議会で可決となり、その後辞任に至っている。その後、2013年に入り、ようやく「仮の町」に関する予算措置が講じられることになったものであるが、長期的な生活拠点を国として責任をもって提供することもないまま、中間貯蔵施設のみを深刻な被害を被った自治体に押し付けようとしてきた政府・環境省の態度は極めて問題であったと言わざるを得ない。

4 今、求められていること

騎西高校で避難者の方々が劣悪な環境であるにも関わらず、生活を続けているのは、国が、中長期的な生活拠点を早急に提案・具体化すべきであるにもかかわらずこれを行わない一方、東京電力が被害に相当する包括的で十分な賠償を行わないまま住民を「兵糧攻め」の状況におき、被害住民を経済的に困窮させ、何らの中長期的な生活展望の展望も示していないことによるものだ。原発事故の深刻な被害を受けている被害住民に対する国・加害企業の対応は極めて問題であり、これ以上このような事態を放置するのは非人道的で許されない。

平成25年度の復興庁・予算概算決定概要には、「長期避難者生活拠点形成交付金」が503億円計上されており、「仮の町」への第一歩であるが、原発事故で避難を余儀なくされて疲弊している方々に、とにかく早急にその希望に沿う生活拠点を提供してもらいたい。

ヒューマンライツ・ナウでは、調査の結果を深刻に受け止め、以下のことを政府に要請した。

1) 長期生活拠点の速やかな具体化

・政府は、長期避難者に対する「仮の町」等の中長期的な生活再建の場所を一刻も早く具体化し、避難者に当面無償で提供すること。

・中長期的な生活再建拠点の具体化においては、住民を意思決定過程に参加させ、住民の意向を十分に反映させること

2) 国際基準・チェルノブイリ基準に基づく住民保護

・政府は、国際基準・チェルノブイリ事故の先例に依拠して、自然放射線を除き年間1mSvを越える地域について、人々の健康の権利等を保護するためのすべての措置をとること。

・自然放射線を除く年間被ばく量が1mSvを超える地域の住民に発生した損害に対し補償措置を行い、避難により生活基盤を奪われた人々に対し、包括的な生活再建を保障すること

・自然放射線を除く年間被ばく量が1mSv以下に低減されるまで、住民は帰還を強制されず、避難に基づく支援・賠償を継続して受けるようにすること

3) 放射性物質中間貯蔵施設に関して

放射性物質中間貯蔵施設の決定プロセスに透明性を確保し、住民の意向を反映できるプロセスとすること。

・また、関連法規に基づく、環境アセスメントを行うこと。

・またそれが行われるまで工事を中断すること。

4) 損害賠償・補償について

・ 東京電力は、賠償に関する独自の基準を抜本的に見直し、避難を余儀なくされている人々の経済的損失の完全な賠償を行い、迅速な被害回復を進めること

・ 政府は、完全な被害賠償を促進するとともに包括的な補償措置をとること

深刻な人権状況におかれた避難者・被害者の状況を一刻も早く改善するため、政府及び東京電力に対して迅速かつ適切な解決を求めたい。

これ以上原発事故の被害者の方々が国から見捨てられることがないよう、是非社会的に注目を寄せてもらいたいと願う。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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