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張本智和が世界ラング2位も 代表選考システムの危うさ

伊藤条太卓球コラムニスト
張本智和(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

22日に発表された世界ランキングで張本智和が、4位から2つ上げ、自身最高の2位となった。先週のアジアカップ優勝で500ポイントを獲得したのが反映された形だ。

アジアカップでの日本選手の優勝は、1989年の斎藤清以来、実に33年ぶりの快挙である。張本は今年9月の世界選手権(団体戦)でも日本選手として49年ぶりに中国から2勝を挙げた。当然ながら、いずれもあのレジェンド・水谷隼も成し遂げられなかった偉業だ。

中国メディアも張本に警戒を強めており、男子シングルスはもとより、男子団体においても、日本の悲願である中国越えが現実味を帯びてきている。まさに張本は日本卓球界の宝と言ってよい存在となっている。

しかし、その張本が、実は9月の世界選手権のとき、日本代表から漏れる可能性があったと聞いたらどうだろう。

卓球は、単純な速さ比べや力比べからもっとも遠いところにある複雑多様な競技であるため、相性や慣れの要素を無視できない。AよりBが強く、BよりCが強いからといってAよりCが強いとは限らないし、お互いに慣れていて、試合をすれば常に勝ったり負けたりの2人が、対外的な実力では段違いということも珍しくない。

こういう競技だから、あるチームが対外的に勝つためのベストな人選は、チーム内での勝敗で機械的に決めたものとは必ずしも一致しない。公平性を重視するなら、総当たり戦をやって上位者から順に選べばよいが、勝つことを重視するなら、公平性を犠牲にして勝てそうな選手を選ぶ行為が必要になる。当然それには、選手の対外的な実力を測る知見と、選ぶことによる責任が伴う。日本中の学校やクラブで日常的に行われていることだ。

日本卓球協会が代表選手を決める場合も、これまでは公平性への配慮として全日本選手権と選考会の優勝者に出場権を割り当てつつ、対外的実力の期待値である世界ランキングを指標に入れ、さらに強化本部推薦枠を設けていた。張本が2017年に世界選手権に初出場したときは、強化本部推薦で選ばれた。機械的な選考だけでは、急激に強くなった張本を選ぶことができなかった。結果、張本は男子シングルスで丹羽孝希とともにベスト8に入り、選考の妥当性を証明した。

代表選考の歴史「選考リーグ1位で出られないならどうしたら出られるんですか?」

ところが今回の世界選手権の選考は、世界ランキングを使わず、ただ一度の3月の選考会、それも一回負けたら終わりのトーナメント戦で行われた。そこでベスト4に入った4人をそのまま日本代表としたのだ(もう一人はすでに決定済みで合計5人となった)。日本卓球史上、希に見る乱暴な選考方法だった。

いかに強い張本でも、常に勝てるわけではない。実際、全日本選手権で初優勝した後は、宇田幸矢、及川瑞基、吉村真晴に敗れているし、今年9月のパリ五輪の第2回選考会でも戸上隼輔に敗れている。そんな卓球競技で、1回の選考会、しかも組み合わせの要素が大きいトーナメント戦で代表選手を4人も決めるなどあり得ないことである。中学校の卓球部でもやらない。それが日本代表選考で行われたのだ。

もしそこで張本が敗れていたら、当時すでに世界ランキングが日本選手で断トツの4位(次は丹羽の23位)なのに世界選手権に出られず、その後の活躍もなかったかもしれない。そんなバカな選考があろうか。しかしそれは十分にあり得た。世界ランキングを指標に入れるか、推薦枠を設けるべきだった。特別に強い選手を選考で特別扱いすることは不公平ではない。

「誰を出してもどうせ勝てない」とか「誰を出しても優勝確実」という状況なら、全日本選手権の都道府県予選でそうしているように、国内選考会を世界選手権の予選にしてしまってトーナメント一発で決めるのもアリかもしれない。

しかし、日本は今、男女ともに世界2位であり、中国に迫る位置にいる。日本中の卓球ファンが待ち望んでいる中国越えがなるかもしれない状況にあるのだ。日本卓球協会には、勝つための最良の選考をする義務があるはずだ。

よく「選手ファースト」という言葉を聞く。しかしこれを選考に適用するのは間違いである。下位の選手にしてみれば、選考にランダム性を入れるほど自分が選ばれる確率は上がるため、多数決をすれば「トーナメント戦一発決めの方がよい」という選手が多くなる。だから、選手やその母体から異論がないからといって正しい選考であることにはならない。当事者の意見を聞いてはいけないのだ。

それでは誰の意見を聞けばよいのか。誰の意見も聞く必要はない(意見をしていることと矛盾するが)。自らの判断と責任において、勝つためにベストの選考をしてくれればよい。それが全卓球人から託されていることである。今年の世界選手権の選考は明らかにそうなっていない。世界ランキングも使わず、1回のトーナメント戦で4人も決めることがベストな選考なわけがない。

すでに発表されている規定によれば、来年5月の世界選手権ダーバン大会に出る選手5名も、パリ五輪のシングルス2名も選考ポイントだけで決まる。ポイント対象大会は複数あるから、今年の世界選手権のように1回のトーナメント戦で決めるよりは総合的な実力を測れるだろう。

しかし、肝心の対外的な実力の期待値である世界ランキングを使わない点で合理的ではない。戦力のみならず、世界ランキングはシードにもかかわるからなおさらである。もしも世界ランキングが低い選手が選ばれれば、シード権を得られず、不利な戦いを強いられる。そんな危うい選考方法となっているのだ。世界ランキングだけで選ぶのが理想だが、それが今からでは難しいなら選考ポイントに組み入れて、そうした”事故”を未然に防ぐべきである。これまでそうしてきたように。

よりによってやっと中国の背中が見えてきた今になって、日本卓球協会にいったい何が起きているのだろうか。

卓球コラムニスト

1964年岩手県奥州市生まれ。中学1年から卓球を始め、高校時代に県ベスト8という微妙な戦績を残す。大学時代に卓球ネクラブームの逆風の中「これでもか」というほど卓球に打ち込む。東北大学工学部修士課程修了後、ソニー株式会社にて商品設計に従事するも、徐々に卓球への情熱が余り始め、なぜか卓球本の収集を始める。それがきっかけで2004年より専門誌『卓球王国』でコラムの執筆を開始。2018年からフリーとなり、地域の小中学生の卓球指導をしながら執筆活動に勤しむ。著書『ようこそ卓球地獄へ』『卓球語辞典』他。「ロックカフェ新宿ロフト」でのトークライブ配信中。チケットは下記「関連サイト」より。

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