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全日本卓球 大逆転でベスト4進出を決めた高校2年の木原美悠「カットマンに勝たないと日本一になれない」

伊藤条太卓球コラムニスト
木原美悠[JOCエリートアカデミー](写真:森田直樹/アフロスポーツ)

全日本卓球選手権の6日目となる29日、女子シングルス準々決勝で高校2年の木原美悠(JOCエリートアカデミー)が佐藤瞳(ミキハウス)をゲームカウント0-3の劣勢から大逆転で破り、2年連続3度目のベスト4入りを決めた。

試合後の会見で木原は「日本には佐藤さん、橋本さんという強いカットマンがいるので、カットマンに勝たないと日本一にはなれないと思い、しっかりと対策をしてきた」と語った。

カットマンとは卓球独特のプレースタイルで、ボールに「カット」と呼ばれる後退回転をかけながら、高く遅いボールを返し続けて相手のミスを誘う守備的スタイルだ。相手に攻撃されることを前提としているので、卓球台から離れて構え、どんなボールが来ても返し続ける。相手の選手は、延々と返されるので、なんとか打ち抜こうと、つい自分の力量を超えたリスクを犯してミスをしてしまう。それがカットマンの得点源となる。相手にとっては非常にやっかいなスタイルだ。そんな「カットマン」が卓球のトーナメントにはところどころに潜んでいるため、卓球選手は対戦するかどうかもわからないカットマンのために対策練習の時間を割かなくてはならない。そういう点も卓球の複雑なところだ。

参考記事 卓球にはなぜ”カットマン”がいるのか

木原は2019年全日本卓球でも準々決勝で佐藤と対戦し、促進ルール(※)に持ち込む死闘の末に4-3で破ったものの、2020年の同大会では準々決勝で同じくカットマンの橋本帆乃香に0-4で敗れている。決してカットマンを得意とするわけではない。その上、佐藤は2019年のジャパンオープンでリオ五輪金メダルの丁寧(中国)を破ったほどの世界最高峰のカットマンなのだ。

※促進ルール解説記事  "世界最長試合" その背景にある悲劇の歴史とは

バックハンドでカットをする佐藤瞳[ミキハウス]
バックハンドでカットをする佐藤瞳[ミキハウス]写真:森田直樹/アフロスポーツ

第1ゲーム、10-6でゲームポイントを握った木原は、勝ち急ぐようにバッククロスのコーナーギリギリを狙うスマッシュを2本ミスし、逆転されてこのゲームを落とした。見事に佐藤の術中にはまり、しかも逆転で取られたのだからもっとも嫌な形だ。

2ゲーム目以降、今度は佐藤の攻撃が冴える。カットマンと言えども、守備しかしないわけではない。相手が慎重すぎるプレーをして甘すぎるボールを送ってくれば、それは逃さずに攻撃する。そういうボールを確実に攻撃できるだけの必要かつ十分な攻撃力を備えているのがカットマンである。だから相手は慎重すぎてもいけないし、リスクを犯しすぎてもいけない。カットマンと試合をする場合、カットボールに対する打法そのもの以外にも、このリスク配分も独特のものとなるため、対策練習が必要となる。それが木原のみならず、卓球選手がカットマンとの対戦を特別視する理由だ。

木原は第2ゲーム以降も、わずかにボールが外れる攻撃ミスと、佐藤の要所の攻撃によって、ゲームカウント0-3と追い込まれた。

しかしそこから木原は会見で語ったように「我慢した」。それはすなわち、無理な攻撃をしたくなる気持ちを抑え、冷静にリスク配分を守ったということに他ならない。

木原美悠[JOCエリートアカデミー]
木原美悠[JOCエリートアカデミー]写真:森田直樹/アフロスポーツ

木原は、後がなくなった第4ゲームを13-11の大接戦でもぎ取ると、徐々に攻撃の精度を増して許容リスクの上限を広げていき、最終ゲームは佐藤の捨て身の攻撃をも攻撃で打ち返すスーパープレーが火を吹き、この大試合を物にした。

佐藤はこれで、5大会連続でベスト8となり、5年ぶりのベスト4入りはならなかったが、攻撃スタイルが優勢である現代卓球において、カットマンが生き残るためのプレーの水準を示してくれた。

卓球コラムニスト

1964年岩手県奥州市生まれ。中学1年から卓球を始め、高校時代に県ベスト8という微妙な戦績を残す。大学時代に卓球ネクラブームの逆風の中「これでもか」というほど卓球に打ち込む。東北大学工学部修士課程修了後、ソニー株式会社にて商品設計に従事するも、徐々に卓球への情熱が余り始め、なぜか卓球本の収集を始める。それがきっかけで2004年より専門誌『卓球王国』でコラムの執筆を開始。2018年からフリーとなり、地域の小中学生の卓球指導をしながら執筆活動に勤しむ。著書『ようこそ卓球地獄へ』『卓球語辞典』他。「ロックカフェ新宿ロフト」でのトークライブ配信中。チケットは下記「関連サイト」より。

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