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張本智和、快進撃の鍵を卓球コラムニストが読み解く

伊藤条太卓球コラムニスト
2019年「T2ダイヤモンド」シンガポール大会の張本智和(写真:Haruhiko Otsuka/アフロ)

強い張本智和が帰って来た。昨年のグランドファイナルで史上最年少で優勝して以来、思うような成績を残せない時期が続いた張本だが、先月29日から中国の成都で行われた男子ワールドカップで快進撃を続け、最終日の1日、準決勝で、世界ランキング4位の馬龍(中国)を4-2で撃破し、決勝で同1位の樊振東(中国)と互角の試合を繰り広げたのだ。五輪代表レースを抜け出したここにきて、成績が安定し出した。

復調の鍵となったのは、以前から弱点と言われて強化していたフォアハンドの球威が増したことに加え、得意のバックハンドが進境著しいことことだ。特にそれが顕著だったのが、台上の短いボールをバックハンドで攻撃するチキータの変化だ。以前はもっぱら速さで得点を狙うチキータが中心だったが、回転軸の傾いた斜め回転のチキータを混ぜることで相手のラケット角度を狂わせる場面が目立った。もともとチキータとは斜め回転をかける打法のことを言うので、いわば”本来のチキータ”を混ぜるようになったと言えるが、張本が得意にしていた速いチキータと併用することで効果が倍増した。相手がネットミスをしたりオーバーミスをしたりする場面がたびたびあったのはそのためだ。回転軸の傾きによる、相手のラケットに当たったときの跳ね返る方向の上下成分の差がミスを誘発したのだ。

相手の攻撃球をバックハンドで打ち返すカウンターブロックも精度が増した。相手のコーナーギリギリ、時には卓球台の角よりも外側に打ち込む場面、すなわちサイドラインを横切る(「サイドを切る」と言う)打球が見られた。サイドを切るコースは、左右だけではなく前後に少しでもズレると入らない極めて難度の高いコースだ。だから卓球選手は、相手の打球を待つ時、サイドを切るコースに比重を置かない。張本はそこを突く。馬龍、樊振東といった世界最高峰の選手の攻撃球に対してそれを行うのだから途方もないラケットコントロールが必要だ。

これに対して中国の選手たちの戦術は明快だ。ボールに前進回転をかける「ドライブ」による威力と安定性の両立だ。一般的には回転をかける分だけボールの速さは落ちるのだが、彼らはスイングスピードがべらぼうに速いため、それでも十分な速さのボールが打ててしまう。いわば、エンジンの回転数が高いためローギアでもとんでもないスピードが出る自動車のようなものだ。十分に速いボールをミスなく打ち込めるので、彼らはそこに持って行くまでのリスクを決して冒さない。だからレシーブからいきなりスマッシュしたり、ネット際のボールをフォアハンドで叩いたりすることはない。確実に稼ぐ方法があるためギャンブルはしないのだ。こうした戦術を支えているのは彼らの強靭な肉体だ。わずか2.7グラムのピンポン球をより速くより安全に打ち込むために全身のパワーを使う。

まだ16歳の張本はパワーでは中国選手に敵わない。だからコースギリギリを狙ったり、台上で強打するといったリスクを冒さざるを得ない。現状ではそこにもっとも高い勝機があるからだ。そのバランスが、準決勝の馬龍戦では張本が上回り、決勝の樊振東戦ではギリギリ樊振東が上回った。

しかし若者の成長は早い。五輪本番まで約8か月。そこで張本がどんな姿を見せてくれるのか、今から楽しみで仕方がない。

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卓球コラムニスト

1964年岩手県奥州市生まれ。中学1年から卓球を始め、高校時代に県ベスト8という微妙な戦績を残す。大学時代に卓球ネクラブームの逆風の中「これでもか」というほど卓球に打ち込む。東北大学工学部修士課程修了後、ソニー株式会社にて商品設計に従事するも、徐々に卓球への情熱が余り始め、なぜか卓球本の収集を始める。それがきっかけで2004年より専門誌『卓球王国』でコラムの執筆を開始。2018年からフリーとなり、地域の小中学生の卓球指導をしながら執筆活動に勤しむ。著書『ようこそ卓球地獄へ』『卓球語辞典』他。「ロックカフェ新宿ロフト」でのトークライブ配信中。チケットは下記「関連サイト」より。

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