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広島市こども図書館移転問題を考える〜ゆらぐ「国際平和文化都市」の姿。求められる「市民力」とは

イソナガアキコフリーライター
相生橋から広島中央公園を眺める。茶色の建物が広島市こども図書館。

国内外から多くの観光客が訪れる「国際平和文化都市」ひろしまのランドマーク、平和記念資料館と原爆ドーム。そこから徒歩10数分の場所にある「広島中央公園」内にある施設の再編成を巡ってある問題が注目を集めている。

巨大クレーン群が見える場所がサッカースタジアム建設予定地。手前にある建物は園外移転や廃止が検討されている市営プール。
巨大クレーン群が見える場所がサッカースタジアム建設予定地。手前にある建物は園外移転や廃止が検討されている市営プール。

広島中央公園は戦災復興のシンボルとして整備された緑豊かな都市公園で、敷地内には整備中の旧市民球場をはじめ、市営プール、庭球場、体育館といった運動施設や、図書館、美術館、青少年センターなど多くの文化施設が集中しており、年間約470 万人(平成 30 年度における各施設の利用者及び旧市民球場跡地におけるイベントの来場者数)もの人々が訪れるという。

2021年11月、それらの施設のうち広島市こども図書館、中央図書館、映像文化ライブラリーの3つの施設を、JR広島駅近くの大型商業施設の館内に移転するという計画が広島市から発表された。

市民への情報公開も議論も不十分なまま移転計画が突然発表されたことに、一部の市議会議員からも反発の声が上がっている。特にこども図書館の移転をめぐっては、2022年3月に「こども図書館移転を考える市民の会」が2万5000 人の移転反対の署名と要望書を議会に提出するなど、市民の反発は大きい。

一方で、移転先がJR広島駅前という好アクセスの立地であること、バリアフリー化された大型商業施設であることから、誰もが使いやすい施設になるのではと期待する声もある。実際、市視覚障害者福祉協会など3団体が、移転推進を求める要望書を広島市に提出している。

「広島市こども図書館」はどんな施設か

現在の広島市こども図書館。広島中央公園(広島市中区基町)の中にある
現在の広島市こども図書館。広島中央公園(広島市中区基町)の中にある

現在の場所に設立されたのは1952年。故郷の惨状に胸を痛めたアメリカの日系人ら多くの善意の寄付によって「広島市児童図書館」として開館した。当時、こどもに特化した図書館というのは全国的にも非常に珍しい存在だったらしい。設計は平和記念資料館も手がけた建築家・丹下健三氏。全周がガラス張りで、シェル(貝殻)構造のモダンな図書館は注目を浴び、連日多くの子どもや大人で賑わったという。

1980年に建て替えられた現在の建物は、プラネタリウムを備えた「こども文化科学館」を併設する地下1階、地上4階の鉄筋コンクリート造りで、休日ともなると多くの親子連れが訪れる。しかし築40年を超え、雨漏りも見られるなど老朽化も激しいことから、建て替えについては2021年以前から議題にあがっていたようだ。

もちろん、建て替えについて異を唱える者はほとんどいない。図書館は市民にとって特別な場所であり、誰にとっても使いやすい施設であってほしいという想いは共通だ。問題は、十分な議論もなく、広島中央公園外の商業施設館内への移転という結論が出されてしまったことだ。その結果、移転に反対、賛成という二項対立の図式のみがクローズアップされ、問題の本質が見えづらくなってしまった。

解像度を上げると見えてくる問題の本質

写真提供:ひろしまのシビックプライドを考える会
写真提供:ひろしまのシビックプライドを考える会

こうした状況に一石を投じようと活動し始めた人たちがいる。多角的な視点でこの問題の本質に迫り、市民にできることは何かを考え、具体的な行動に移すことを目的に発足した「ひろしまのシビックプライド(市民力)を考える会」だ。

メンバーは、平和記念公園近くのビルでブックカフェを営みながら社会活動を続ける安彦恵里香さん、自ら設計したコミュニティ施設を運営するオーナーの谷口千春さん、社会起業家でNPO法人の代表を務める平尾順平さんの他、元新聞記者、文筆家、メディア関係者、ブックキュレーターなど様々な肩書を持つ7人が名を連ねる。

5月5日に開催されたキックオフイベント「ひろしま未来カルチャー会議Vol.0 どうする!?わたしたちの図書館!」では、こども図書館移転問題の「どこが」「何が」マズいのか、それに対して私たち市民は「どうしたらいいのか」「何ができるのか」について、3時間にわたって建設的なディスカッションが行われた。

まずこども図書館の移転が決定・発表されるまでの経緯が説明された。

・2020年3月、広島中央公園内でこども図書館とこども文化科学館、中央図書館、映像文化ライブラリーの集約・多機能化を検討する基本方針を広島市が策定された。その時点では現在の場所での建て替えが検討されていたらしい。

・しかし2021年9月に突如、JR広島駅周辺を移転先とする方向性が市議会に報告された。

・それから2ヶ月後の11月には移転先として大型商業施設の名前が報告された

行政の動向というのは積極的に取得しようとしなければ、私たちの手に届きにくい。こうして経緯が見える化されることで、JR広島駅周辺に移転するという案が突然浮上して、そこから短期間で大型商業施設館内へ移転という結論がだされた様子がよくわかる。

写真提供:ひろしまのシビックプライドを考える会
写真提供:ひろしまのシビックプライドを考える会

続いて、図書館とは市民にとってどんな存在なのか、またどんな活用方法があるのかを知るために、他エリアの図書館活用事例がいくつか紹介された。

例えば、本設計に関するワークショップを市民に開放して、市民と建築家が「共創」した図書館や、生涯学習や市民活動支援など市民に対して多様な役割を担う図書館など。そうした場所では図書館が市民の文化的な生活を支える大きな存在になっていた。

「みなさんは、世界の人々に商業施設の中にある図書館を『これが、国際平和文化都市ひろしまが子どものために用意した図書館です』と胸を張って紹介できますか?」

子どもを持つ登壇者が語気を強めて参加者に呼びかけた。

建築や都市設計に関わる事業に携わっていた経験のある谷口さんも、

「行政や開発主体に必要なのは、『広島が世界でどうありたいか、どう見られたいか』という高いシティビジョン。それを元に市民を巻き込み教育していくくらいの高い目線が必要だ」と訴えた。

そしてこう続けた。

「平和記念公園が『過去の惨劇・過ちに向き合う場所』だとすれば、現在、中央図書館やこども図書館がある中央公園は『私たちの欲しい未来を作り出す場所』であり、広島のシティビジョンの中核としてシビックプライドを体現するべき場所。図書館は『ただ本がある場所ではなく、人を育む場所』と目線設定をした上で、世界的なコンペを行なって、一流の建築家たちに次世代の広島、平和を作るために何が必要か真剣に考えてもらうのも一つの方法」と提言した。

国際平和文化都市の市民としてできること

谷口さんがイベントで発表したスライド
谷口さんがイベントで発表したスライド

1949年の平和記念公園設計コンペに当選した丹下健三氏は、1950年に「広島平和公園計画」を策定している。その中で、彼は広島平和記念公園を現在の中央公園を含む基町地区にも拡張し、その一角を「広島児童センター」と位置づけ、児童化学美術博物館、児童図書館、児童文化会館などを配置し、周辺に博物館、プール、球技広場、陸上競技場などを置くことを提案した。

実際は、平和記念公園は中島地区にとどまり、基町エリアで丹下健三氏による設計が実現したのは「広島市児童図書館」のみだった。しかしその後、長い年月をかけて、広島中央公園にはこども文化科学館、ひろしま美術館、市営ファミリープールなどが次々と建設され、当時、丹下健三氏が描いたような文化ゾーンが醸成されていった。

果たしてこども図書館移転の結論をだした場に、この歴史的文脈や広島が目指す未来に想いを馳せた人はいたのだろうか。

「『ひろしま』は『平和の始まり』という響きを持っている。「国際平和文化都市」ということがいろんなところでお題目のように言われているけれど、それを形骸化させてはいけない。平和は与えられるものでなく人の手でつくりあげていくもの。その全ての受け皿として魅力的な都市像をしっかり議論していってほしい」

谷口さんは発表の最後をこうしめくくった。

メンバーは今回の討論内容をまとめて、市議会議員や市役所に陳情に行く準備も進めているという。

子どもたちが大人になった時に「なんでこんな広島になってしまったんだろう」と思わせたくない。それならば、大人である私たちは今、一体、何ができるのだろう。

「遠くの戦争も近くの日常も、社会の障害も高齢化も貧困も、すべて地続きでつながっているんです」と安彦さんは言う。

「がんばって社会の大きな問題をいきなり解決しようとしなくてもいい。日々の気づきを重ね、知識を増やして、『この選択が、誰かに苦しみを与えることになるもしれない』ことに敏感になる。それだけでも世界を、社会を少しずつよくしていける。今回のようなイベントがそのための第一歩を踏み出してもらうきっかけになればうれしいです」

「ひろしま未来カルチャー会議Vol.0」は今後も不定期に開催されるという。情報はSocial Book Cafe ハチドリ舎のSNSで発信予定だ。オンライン視聴も可能なので、興味のある人はぜひ参加して、前に進む一歩を踏み出してほしい。

Social Book Cafe ハチドリ舎

https://hachidorisha.com/

https://www.facebook.com/Hachidorisha/

<参考資料>

国際平和拠点ひろしま

「III 基町と住宅建設」「広島平和記念都市建設法の制定過程とその内容」

「戦後すぐの広島で 子どもたちに絵本と笑顔を」

https://hiroshimaforpeace.com/

中国新聞2021/8/31(最終更新: 2021/11/20)

https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/108609

こども図書館「沿革・コレクション」

https://www.library.city.hiroshima.jp/kodomo/collection/present.html

丹下健三による「広島平和公園計画」の構想過程 (「広島平和科学」34(2012)pp.61-91)

千代 章一郎(広島大学大学院工学研究院 広島大学平和科学研究センター兼任研究員)

フリーライター

約10年のWEBディレクター業ののち、2014年よりフリーライターへ。瀬戸内エリアを中心にユニークな人・スポットの取材を続ける。本・本屋好きが高じて2019年、本と本屋と人のあいだをつくる「あいだproject」を主宰。ブックイベントの企画・運営にも関わる。

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