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【広島県三次市】いろんな幸せがあっていい。「実験」を重ねた先に見えてくる町の未来とは?

イソナガアキコフリーライター
岩崎さん(左)と清政さん(右)/筆者撮影

広島県三次市吉舎(きさ)町。国道184号を外れ、馬洗川を渡り、石見銀山街道と呼ばれる通りに入ると、ひっそりとした商店街に歴史を感じさせる立派な古民家を改装したカフェ「kissa(きっさ)」がある。店主の岩崎吉剛さんは吉舎出身。28歳のときにUターンし、地元の印刷会社でデザイナーとして働いた後、独立。2019年に妻のあゆみさんとともにオープンした店だ。

そのオープンから約2年半が経った2022年6月某日、kissaの店内に広島市中区にある個人書店「リーダンディート」の分室「リーダンディート・ハナレ」がオープンし、初日には町内外から多くの人が駆けつけた。

「こんなお店を待っていた」という声もあれば「この小さな町でやっていけるのか」と心配する声もあるという。だがそんな声に力むことなく「僕たちはただワクワクすることを実験しているだけ」と話す岩崎さん。彼らの視線の先には一体どんな景色が見えているのだろうか。

なぜ「今」がダメなのかわからなかった

かつては賑わいをみせていたという七日市商店街。kissaはこの通りに面して建つ/画像提供:kissa
かつては賑わいをみせていたという七日市商店街。kissaはこの通りに面して建つ/画像提供:kissa

石見銀山街道が通る吉舎町は、かつて宿場町として栄えた歴史を持つ。しかし過疎化が進んだ現在は、1600余りの世帯が暮らす静かな町だ。岩崎さんは28歳のとき、デザイナーとして勤めていた広告制作会社を退職して、吉舎にUターンした。Uターン後は地元の印刷会社に再就職し、自治会の役員を務めたり消防団に加入するなどして積極的に地域活動に関わった。しかしポジティブにまちづくりを楽しもうとする岩崎さんの耳に聞こえてくるのは、賑わっていた昔を懐かしみ、衰退した町の今を嘆くネガティブな声ばかりだった。

「昔に比べて確かに人は減ったし、寂れたかもしれないけど、保育所から高校まで文教施設が整い自然豊かなこの町に、僕たちはなんの不満もないし、むしろ暮らしやすいと感じている。なのに、昔と比べて今はダメだという人もたくさんいて、そのギャップに驚いたし、なんでだろうって思ったんです」

岩崎さんが幸せだと感じるのは、友達や家族と過ごすなんでもない時間。妻のあゆみさんと会話を重ねる中で、みんなが気軽に集まれる場所が必要なのではと思いつく。岩崎さんは勤めていた印刷会社を退職し、グラフィックデザイナーとして独立。金物屋だったという築100年以上の古民家を三次市の建築家とともにリノベーションし、みんなの居場所になればとカフェ「kissa」をオープンした。

kissa×町の本屋の新たな実験が始まる

リーダンディート・ハナレの本棚は岩崎さん夫妻の手作り/筆者撮影
リーダンディート・ハナレの本棚は岩崎さん夫妻の手作り/筆者撮影

「ここをもっと面白い場所にしたい。そして楽しいことが生まれる場所にしたい」

オープンしてからもそのことばかり考えていたという岩崎さんは、今度は店の中に本屋をつくることを思いつく。

「本は人を惹きつける力があるし、きちんと選書された本を置けば僕たちが大切にしていることや伝えたいことを届けることもできると思うんです」

岩崎さんは広島市で本屋『リーダンディート』を営む清政光博さんに相談を持ちかけた。

実は岩崎さんと清政さんは、前職の広告制作会社で先輩・後輩の間柄だった。

「僕が会社を辞めて1年後くらいに彼も辞めて、3年くらい会ってなかったけど、岩崎くんがひょっこりうちの店に来たんです。地元で始めたカフェに本屋をつくりたいから協力してほしいと言われて、二つ返事でOKしました。彼とだったら面白いことができるんじゃないかと思ったんです」

そう話す清政さんも当時、本屋としてある葛藤を抱えていた。

「僕が本屋を始めた頃、すでに書店業界は斜陽産業といわれていました。2011年に広島では珍しくアートやカルチャー系の本を多く扱っていたリブロという本屋が広島から撤退するというニュースを聞いて『自分が行きたい本屋がなくなるなら自分がつくろう』と半ば衝動的に本屋を始めました」

そうやって始めた本屋「リーダンディート」は広島市中心街から少し外れた古いビルの2階にあり、アートブックや写真集、その他、専門性の強いリトルプレスも多く扱う「知る人ぞ知る」本屋として認知されている。しかし、広島の老舗本屋やチェーン書店が次々と閉店していく中、清政さんにある想いが芽生えていた。

「広島から本屋がどんどんなくなっていく中で、それまで感じていなかった責任感というか、町に残った本屋として本を求める人の声に応えなきゃいけないんじゃないかと思い始めた。でも立地や店の雰囲気など様々な点を考えて、現状としてうちが『町の本屋』になるのは難しいとも感じていて。そんなとき、岩崎くんからkissaで本屋をつくりたいという相談があって、幅広い世代のお客さんが訪れるkissaでなら『町の本屋』をつくれるかもしれないな、やってみたいなと思ったんです」

画像提供:kissa
画像提供:kissa

こうしてkissaとリーダンディートの、町の本屋の実験は始まった。岩崎さん夫妻と相談しながら、清政さんがオープンの日に用意した本は451冊。岩崎さんがDIYした本棚には、「町の本屋」らしく絵本や食、子育てにまつわる本、まちづくりやフェミニズムに関する本など、いろんなジャンルの本がバランスよく並ぶ。

2022年7月現在、本屋の反響は上々のようだ。

「清政さんが当初、想定していた以上に売れているみたいです(笑)。本屋ができたことを知らずにカフェを目的に来られたお客さんが『あ、本があるんだ』って、買ってくれることもある。清政さんにその話をしたら「それはすごいね」って喜んでいました」と笑顔を見せた。

「実験」を重ねた先に見えてくるもの

画像提供:kissa
画像提供:kissa

二つの店が同じ空間で競合することなく、互いにいい影響を与え合う。岩崎さん夫妻はそんな関係をこれからもいろいろな人やお店と、吉舎という町で紡いでいきたいのだと言う。

「kissaは1つのハコだと思っています。このハコを形式にとらわれずいろんな使い方をしてみたい。ワクワクできることをしたい。これは実験なんです」

これまで多くの地域で試みられてきた行政主導のまちづくりは「こうでなければ」という固定概念に縛られすぎていたのかもしれない。価値観もパターンもこれだけ多様化した今、「店とはこういうもの」「町とはこうでなければならない」と決めつけること自体がもはや意味のないことで、それをやめてしまえば、人も町も随分楽になるのかもしれない。

「いろんな実験をして、その積み重ねの結果としてここが町と人とをつなぐ場所になっていたら嬉しいですね」

笑顔でそう話す岩崎さん夫妻の未来との向き合い方に、地方におけるまちづくりの良きヒントが隠れている気がした。

kissa

広島県三次市吉舎町吉舎397 

営業時間/10:00~16:00

定休日/日・月曜 ・祝日(不定休あり)

※リーダンディート・ハナレはkissaに準じる

電話/090-9063-0376

https://www.instagram.com/kissa_nanokaichi/

READAN DEAT

広島県広島市中区本川町2-6-10 和田ビル203

営業時間/11:00~18:00

定休日/火曜日

電話/082-961-4545

http://readan-deat.com/

フリーライター

約10年のWEBディレクター業ののち、2014年よりフリーライターへ。瀬戸内エリアを中心にユニークな人・スポットの取材を続ける。本・本屋好きが高じて2019年、本と本屋と人のあいだをつくる「あいだproject」を主宰。ブックイベントの企画・運営にも関わる。

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