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地方に私立大学が新設できない日~武雄アジア大学構想を例に考える

石渡嶺司大学ジャーナリスト
武雄温泉駅(筆者撮影)。武雄アジア大学構想を例に大学審査の厳格化を解説。

◆2024年に4校が新設

※本稿は関係者への取材ではなく、文献と関連データのみで構成しています

文部科学省は9月4日付で北海道武蔵女子大学、仙台青葉学院大学、愛知医療学院大学、高知健康科学大学の4校について設置認可を出しました(開学は2024年4月)。

4校とも短大・専門学校からの改組になります。

一方、8月末、日本私立学校振興・共済事業団(以下、「私学事業団」と略)が私立大学の定員割れが史上最高の53.3%であることを発表しました。

私学事業団は毎年、この時期に定員割れ状況について公表しています。

そのため、9~10月ごろに私大の定員割れや大学進学の意義などが話題となり、ニュースなどでも取り上げられやすくなります。

私も、先日、この定員割れ問題についてBS11の番組に出演しました(9月15日放送「インサイドOUT」)。

「定員割れイコール即廃校」でないことはこれまでも記事にしてきました。

出生者80万人割れでも大学が潰れないカラクリ~2040年には大学進学率80%超えも(2023年3月1日公開)

少子化の影響をもっとも受けているのは短大・専門学校進学と高卒就職です。

1990年と2022年の比較で言えば、18歳人口は88.4万人の減少(200.5万人→112.1万人)。

短大進学は19.4万人減(23.5万人→4.1万人)、専門学校進学は8.7万人減(33.9万人→25.2万人/専修学校専門課程)、高卒就職は46.2万人減(60.7万人→14.5万人)。

ところが、4年制大学進学は14.3万人増加となっています(49.2万人→63.5万人)。

※数値はいずれも、文部科学省「学校基本調査」

少子化にあっても大学進学が独り勝ちしている状況であり、そのため、大学数は300校も増加しました(507校→807校)。

ただ、大学新設は今後、地方を中心に相当難しくなる見込みです。

それが、大学設置認可の厳格化です。

◆2025年認可分から審査が厳格化へ

文部科学省は今年4月、2025年設置認可申請分から申請書類を一部変更しました。

2024年新設分までであっても、申請書類を揃えるのは並大抵の苦労ではなかった、と大学関係者は話します。

それが、さらに厳しくなりました。

どれくらい厳しいか、と言えば、地方での私大新設を事実上、閉ざしているのではないか、と大学業界では評判になっています。

地方が大学に逃げられる日~北海道医療大学・ボールパーク移転を例に考える(2023年10月4日公開)で当別町の取り得る対策として、医学部構想、石狩公立大学構想、大規模校の地方キャンパス誘致を挙げました。

これについて、「石狩公立大学構想を出すなら、私立大学の新設構想はなぜないのか?」と疑問に思った読者もいるでしょう。実際、そうした問い合わせもありました。

その理由は、審査の厳格化にあります。当別町が私立大学の誘致をするとして、開設は北海道医療大学が移転する2028年以降。つまり、審査の厳格化の対象となるわけで、認可される可能性は相当に低い、と言えます。

これは当別町だから、というわけではありません。日本全国、他の地方でも同じです。

その例として、2026年開設を目指している佐賀県の武雄アジア大学構想を挙げるとしましょう。

なお、武雄アジア大学構想は当初、2025年開設を目指していました。それがなぜ、1年延期となったのか、その理由についてもご説明します。

◆武雄アジア大学構想とは?

まずは、武雄アジア大学の構想について。

今年6月、佐賀女子短期大学を運営する学校法人旭学園が佐賀県武雄市に4年制大学を新設、その校名を武雄アジア大学とすることを発表しました。

武雄市に四年制大学の新設を計画する学校法人旭学園(佐賀市)は7日、新大学の名称を「武雄アジア大学」にすると発表した。学部は現代韓国学部、次世代教育学部(いずれも仮称)の2学部とする構想原案も明らかにした。最短で2025年4月開学を目標に、10月末までに文部科学大臣に設置許可を申請する。

同学園が運営する佐賀女子短大の今村正治学長は、会見で「大学と市が武雄という名前を共有して、ともに発信することでブランド力を高め、互いに発展していきたい、という思いを込めた」と説明した。

※2023年6月8日・佐賀新聞「武雄市に計画の四年制大学 校名「武雄アジア大学」 旭学園、学部構想原案も発表」

現代韓国学部(1学年の想定定員90人)は、音楽などが世界で評価を受けるようになった韓国をはじめ、日本やアジア諸国のエンターテインメントをビジネスの切り口から学んだり、比較文化の観点で研究したりすることで、次世代の国際交流を担う人材の育成を図る。

語学や留学を軸にした佐賀女子短大の韓国語文化コースに全国から学生が集まっていることに手応えを感じているといい、4年制によってさらに深い学びができることを特長として打ち出す考えという。

一方、次世代教育学部(同40人)は、小学校教員免許を取得できる学部としつつ、ICT教育や少人数学級など時代に合った教育手法を究めたり、フリースクールなど学校以外での教育方法を学んだりできる場にしていくという。

※2023年6月9日・朝日新聞西部地方版・佐賀「名称は『武雄アジア』 Kポップも学べる大学 /佐賀県」

武雄アジア大学構想の背景には佐賀県の大学の少なさ、若者の県外流出があります。

佐賀県には国立の佐賀大学と私立の西九州大学、2校しかありません。その結果、大学進学希望者の8割は県外に流出します。

地元紙・佐賀新聞の論説記事でもこの点に触れていました。

少子化時代の大学設置に疑問を投げかける声はあるが、今村学長は「これからの社会に必要な大学として構想している」と意義を語る。来年夏とされる認可についても、文部科学省が大学新設の絞り込みを打ち出しているのに対し「大学設置は地方創生のエンジンになる。飽和状態の都会と地方を一緒にしてもらっては困る」と言い切る。確かに県内に四年制大学は2校しかなく、大学に進学を希望する学生の約8割は県外に行くという現実がある。佐賀の学生が佐賀で学び、地元で就職や起業をすれば県浮揚の一助になるだろう。

※2023年6月19日・佐賀新聞「論説 武雄市に『武雄アジア大学』 地方創生のエンジンとなるか」

その後、6月22日には武雄市議会が「大学設置に関する特別委員会」設置を決定。

議会の一般質問でも、武雄アジア大学構想への財政支援についての質問が出ました。

学校法人旭学園(佐賀市)が白岩体育館跡地に建設予定の武雄アジア大学について、庭木淳企画部長は「学生や大学職員が来ることで人口が増え、大学を訪問する人も増えることから地域経済の活性化につながるとみている」と答弁し、建設に関する市の費用負担については「学園側から資金計画が示されていないため、具体的な検討に入っていないが財政的な支援をする方向で考えている」との見解を示した。

※2023年6月27日・佐賀新聞「一般質問ピックアップ 武雄市 新大学への財政支援検討」

ところが、8月4日、旭学園は開学の1年延期を発表しました。

学園によると、25年の開学のためには今年10月に文科省に設置認可申請を行う必要がある。ただ、文科省は学生確保の見通しについて審査を厳格化。書類には入学希望者の長期的な動向や育成する人材への需要、競合する大学の定員充足状況などを記載しなければならなくなった。

書類の作成に時間をかけ認可をより確実にすることと、高校生を対象に行う学生確保に関するアンケートも必要なことから、1年間の後ろ倒しを決めたという。

新大学設置準備委員会の委員長で、同学園が運営する佐賀女子短大の今村正治学長は「大学が永続的に発展するよう、基準をクリアしてくださいということだと思う。我々としても万全な準備をしたい」と話した。

また、校舎の建設にあたっても、予定地の武雄市武雄町の体育館跡地で必要になったボーリング調査などがずれ込んでいるうえ、認可前の実地審査があることなども踏まえたという。

※2023年8月8日・朝日新聞西部地方版・佐賀「武雄アジア大開学、1年遅れ26年予定 手続き・建設に時間 旭学園 /佐賀県」

当初の開設予定から1年遅れる点について、旭学園は申請書類(アンケート)の準備、ボーリング調査の遅れが原因、としています。

佐賀女子短期大学サイトでも、審査の厳格化について触れており、厳しさを認識していることがうかがえます。

一方、佐賀県は佐賀県立大学について2028年開設を目指すこと、学部は経営情報学部とすることなどが9月に明らかとなりました(2023年9月8日・西日本新聞「佐賀県/県立大構想で県が素案 「経営情報」1学部に3分野 大学院設置も検討」)。

場所等は未定とのこと。

以上が、武雄アジア大学構想の流れとなります。

◆「審査の厳格化」は冒頭から「上から目線」

さて、それではこの武雄アジア大学、設置認可が下りるのでしょうか。

私は現状では、開設時期を2026年に延期しても極めて難しい、と考えます。

どれくらいの確率か、と言えば、佐賀県庁所在地が武雄市に移転するのと同じくらいでしょうか。

武雄アジア大学構想を推進する関係者の方には申し訳ないのですが、それくらい低い確率、と言わざるを得ません。

その理由は「学部構成」「立地」の2点。そして何よりも、審査の厳格化が挙げられます。

この審査の厳格化、大学業界の関係者以外はメディア関係者を含めて理解していない方が相当多くいます。

旭学園は開設を1年延期した後の8月8日・佐賀新聞でも、審査の厳格化について触れ、

「高校生を対象に行う学生確保に関するアンケートも必要なこと」としています。

記事中にある「アンケート」、これが2025年開設以降の審査の厳格化に当たります。

「なんだ、アンケート程度か」と思った方、実はこれがくせ者です。

審査の厳格化について、文部科学省は今年6月に「学生の確保の見通し等を記載した書類(令和7年度開設対象)」を公表しています(以下、「書類」と略)。

全ての項目において,客観的なデータ及びその資料に基づき,主観を最大限排除した上で定量的に分析を行い,その結果を踏まえ,学生確保の見通しの確実性に関する説明をしてください。

定量的分析による説明が難しい項目については,困難であるとする理由を具体的に説明してください。

設定する入学定員に見合う学生確保の見通しの確実性が認めらない場合は,補正申請において申請時の計画からの入学定員の変更と変更後の学生確保の見通しについて再度の説明を求める可能性があります。

※文部科学省「書類」より

冒頭から、上から目線がさく裂している、と思うのは私だけでしょうか。

「主観を最大限排除した上で定量的に分析を行い」などは、情熱先行で大学新設にこぎつけようとする大学関係者を抑えようとする文科省の思いがにじみ出ています。

◆人口動向まで求める文科省

「書類」では「1:新設組織の概要」「2:人材需要の社会的な動向等」「3:学生確保の見通し」「4:新設組織の定員設定の理由」の4点について説明することを求めています。このうち、2と3が以前に比べて大幅に厳しくなっています。

2については、以下の通り。

1:新設組織で養成する人材の全国的,地域的,社会的動向の分析

(1)2で説明した養成しようとする人材が,全国,地域又は社会において需要があることについて説明してください。

2:中長期的な18歳人口等入学対象人口の全国的,地域的動向の分析

18歳人口又は社会人等の入学対象となる者の人口動向(開設から10年間)のデータを用いて,中長期的な18歳人口,社会人,外国人留学生等の全国的,地域的動向を踏まえた検討,分析を行い,新設組織の定員を充足できることを説明してください。

3:新設組織の主な学生募集地域

(2)1及び2で説明した分析結果を踏まえた学生募集地域の設定の妥当性について,学校基本調査のデータ(出身高校の所在地県別入学者数)及び自大学,他大学等の実績も用いて,どの都道府県からどの程度の大学等進学者が見込まれるのかについて説明してください。

※文部科学省「書類」より

「1:全国的,地域的,社会的動向の分析」はまあ、以前から要求されていた内容なので大学新設を目指す学校法人も想定の範囲内でしょう。

問題は2と3です。

なぜ、その地域での開設なのか、人口動向や近隣地域の需要がどの程度か検討・分析せよ、という内容です。

旭学園は武雄アジア大学をアピールするサイトで「佐賀県の大学進学者の80%が県外へ」としています。

文科省「書類」は、これでは不十分でさらに細かい検討をせよ、と言っているも同然です。

◆近隣の競合校の分析も必要

「2:人材需要の社会的な動向等」もきついですが、さらに厳しいのが「3:学生確保の見通し」です。

3の1は飛ばすとして、2についてご覧ください。

2:競合校の状況分析(立地条件,養成人材,教育内容と方法の類似性と定員充足状況)

ア 競合校の選定理由と新設組織との比較分析,優位性

次のとおり「競合校の選定理由」及び「競合校との比較分析や新設組織の優位性」について,説明してください。

●競合校の選定理由

以下の観点に従い,競合校と新設組織との類似性と競合校の選定理由を説明してください。

※本稿では省略

●競合校との比較分析

以下の観点に従い,競合校と比較したときの新設組織の優位性について説明してください。

※本稿では省略

イ 競合校の入学志願動向等

競合校となる学科等の過去3年間の入学志願状況等(志願者数,受験者数,合格者数,入学者数,定員充足率)を収集し,(3)2・アの分析内容を踏まえつつ,新設組織の定員が充足することを説明してください。競合校となる学科等の状況が把握できない場合は,その理由を説明してください。

ウ 新設組織において定員を充足できる根拠等(競合校定員未充足の場合のみ)

●ア及びイを踏まえて,新設組織の定員が充足されることを説明してください。

競合校の学科等が定員を充足していない場合は,学生募集地域における新設組織の分野の動向や優位性等を分析し,新設組織において定員充足できる理由を説明してください。

エ 学生納付金等の金額設定の理由

●入学金,授業料等の学生納付金の設定理由について,アからウまでの分析結果を踏まえて説明してください。

※文部科学省「書類」より

要するに、競合しそうな近隣の大学等のデータを入手した上でそれでも勝てそうかどうか、きちんとマーケティングリサーチせよ、と言っているわけです。

仮に競合校が定員割れをしている場合は、新設校がなぜ定員充足をできる見通しなのか、その説明も必要です。

マーケティングリサーチについては、これまでの大学新設でも必要でした。しかし、今回の審査厳格化で相当、細かい部分までデータ等が必要となっています。

◆ほぼ無理ゲーの「アンケート」

そして、大学業界で「今後、地方での大学新設はほぼ無理だろう」と言わしめているのが、次の「4:学生確保に関するアンケート調査」です。

4:学生確保に関するアンケート調査

●新設組織で学生が確保できる見通しについて,調査の一環として受験対象者等へのアンケート調査を行う場合は,以下の点に留意し,信頼性の高い情報の獲得(オープンキャンパスや進学説明会の来場者,附属高校の在籍者など,既に当該大学等に興味関心をもつ者に対するアンケート結果を活用するなど)に努めてください。

●アンケート調査時期や地域が適切であること。

新設組織の開設時期や学生募集地域等と,アンケート対象者の入学時期や地域が合致しているか。(社会人,外国人留学生等の場合は,適切な者を対象としたアンケート調査を実施しているか。))

アンケート対象者に必要な情報を明示していること。 (新設組織の教育の理念等を十分に理解しているか。)

明示すべき事項例:1:学部学科等の名称 2:設置の理念,養成する人材像,アドミッション・ポリシー3:設置場所,アクセス 4:学生納付金 :競合する大学又は学部学科等の名称

●調査結果を踏まえた分析が適切に行われていること。

※新設組織に対するアンケート調査については,必ず次の選択肢による設問(1~3のみ,新設組織の種類に応じて説明や選択肢の変更可)を加えて実施し,1から5までの条件に全て合致する者をクロス集計した上で,分析を行うこと。これが満たされない場合は,審査において,学生確保に関する根拠として認められない可能性があります。

1.卒業後の進路 ※新設組織の種類に応じて説明や選択肢の変更可

【設問】

卒業後の進路をどのように考えていますか。(複数選択可)

【選択肢】

1:大学 2:短期大学 3:専門職大学 4:専門職短期大学 5:専門学校

6:就職 7:その他

(クロス集計する選択肢「設置する学校の別」)

2.進学を希望する場合の大学等の設置者

※新設組織の種類に応じて説明や選択肢の変更可

【設問】

上記設問のうち,1~4を選択した方に質問です。

志望する大学等の設置者の希望を選択してください。(複数選択可)

【選択肢】

1:国立 2:公立 3:私立

(クロス集計する選択肢「設置構想中の大学等設置者」)

3.興味のある学問分野

【設問】

高校を卒業後,学びたいと考えている興味のある学問分野を次の中から選択してください。

(複数選択可※新設組織の学問分野に該当がない場合は,選択肢の追加可)

【選択肢】

学校基本調査の学科系統分類表の中分類から,アンケート対象者の属性等を踏まえて複数の分野を抽出してください。

(クロス集計する選択肢「設置構想中の学部等に該当する学問分野」)

4.新設組織の受験希望の有無

【設問】

〇〇大学学部〇〇学科(設置構想中の学部等名)が開設された場合,受験を希望しますか。次より一つ選択してください。

【選択肢】

1:第一志望として受験する 2:第二志望として受験する 3:第三志望以降として受験する 4:受験しない

(クロス集計する選択肢「1:第一志望として受験する」)

5.新設組織に合格した場合の入学希望の有無

【設問】

上記4.で1~1:を選択した方に質問です。

○○大学○○学部○○学科(設置構想中の学部等名)を受験して 合格した場合,入学を希望しますか。次より一つ選択してください。

【選択肢】

1:入学する 2:志望順位が上位の他の志望校が不合格の場合に入学する 3:入学しない

(クロス集計する選択肢「1:入学する」)※上記4 1~3ごとにクロス集計

●アンケート調査の実施主体は,必ずしも第三者であることを要しないが,中立性や公平性を確保した上で調査を実施すること。

※認可後のアフターケアにおいて,実際の入学状況に関する説明を求めます。場合によっては,再度入学需要に関する分析を求めます。

●上記の設問以外に,新設組織の特色(大学設置基準に定める教育課程等特例制度の認定を受けた先導的な取組,主に多様なメディアを高度に利用する教育課程,入学者に外国人留学生や社会人を対象とする,大学独自の奨学制度等)を踏まえた設問及び選択肢を追加して,クロス集計して分析することを可能とする。その特色については具体的に説明すること。

●次に示す資料を添付すること。

調査対象とした高等学校名等の一覧(選定の根拠も明記すること。)

・調査に用いた調査票様式

・調査回答者に提示した新設組織に関する資料

※文部科学省「書類」より

アンケート調査と言いつつ、単なるアンケート以上に重たい内容を文科省「書類」は要求しています。

まず、「志望する大学等の設置者の希望を選択してください」という項目。

この時点で天を仰いだ私大関係者は多いはず。

高校生に「設置者」を聞いて、選択肢が国立、公立、私立の三択ならどう考えても国立・公立にマルをするに決まっています。

さらに、新設校だけでなく競合校についての説明もしたうえで、志望するかどうかを聞きます。もちろん、数が少なければ、それだけ需要が少ないとして認可が下りない可能性が高くなります。

受験直前ならともかく、現在はオープンキャンパス等では高校1・2年生が参加者の中心となっています。当然ながら、志望分野や志望校をはっきり決めた高校生は多くありません。これは高校内での進学説明会などでも同様です。

当然ですが、新設校の定員充足の根拠となるのが、このアンケート調査です。第一志望との回答者が定員と同数程度、集まらなければ意味がありません。

◆2024年以前はいい加減なアンケートでも許されたが

このアンケート調査、以前であれば、もっと大雑把なものでも見逃されていました。

新設学部の志望者について、どれくらいいるか、大学近隣地域ではなく、広域エリア全域、あるいは、極端な話、全国レベルのアンケート調査によって、「需要がある」と言い張っても、新設された大学もあった、と言われています。

しかし、今回の厳格化で「新設組織の開設時期や学生募集地域等と,アンケート対象者の入学時期や地域が合致しているか」との一文があります。

つまり、新設校の近隣地域での調査でないとダメ、対象者も入学時期に近い高校生(実質的には高校2年生)でないとダメ、と明記されているわけです。

すなわち、武雄アジア大学構想の場合、佐賀県内、特に武雄市と近隣市町村である杵藤地区広域市町村圏(鹿島市、嬉野市など)が調査対象の主とすることが求められます。

通学に若干、時間のかかる地域の高校を含む場合はどうでしょうか。

「書類」では「調査対象とした高等学校名等の一覧(選定の根拠も明記すること。) 」としています。

これは、アンケート調査に協力した高校がどこか、その選定理由も含めて明記する必要があります。

単に、アンケートで大学設置者の望む回答が集まりそう、という理由だけでは却下される可能性が高いわけです。

◆アンケートの語感以上の面倒くささ

そもそも、「書類」にあるアンケートとは、その語感や一般的イメージから軽いもの、と誤解しているメディア関係者が多くいます。

実際には、語感や一般的イメージに比べて、相当に負担の重いもの、と言えます。

まず、アンケート調査に協力してくれるだけでも高校と学校法人側の良好な関係が必要です。

良好な関係が築けていても、付属高校以外の高校ではアンケート調査は難しい、とする大学関係者も少なくありません。

何しろ、「アンケート調査」と言っても、数分程度で終わる内容ではありません。

新設校の理念や学部・学科の内容に始まり、競合校の説明まですることが前提となっています。どんなに短くても前提の説明だけで一時間は軽く超えます。

その上でのアンケート調査となるわけで、協力できる高校は設置者の付属高校以外はよほどニーズが高い学部でない限り、ごく少数しか存在しません。

それか、前提の説明をしっかりできるオープンキャンパスくらいでしょう。

高いハードルを幾重も超えたうえで、その結果が第一志望とする生徒が定員と同程度、集めることを文科省「書類」は求めているわけです。

大学関係者が「無理ゲー」とする理由、ご理解いただけたでしょうか?

◆武雄アジア大学構想が厳しい理由・1~学部構成がひどい

さて、それでは改めて武雄アジア大学の学部構成を。

韓国語やKPOPなどを学ぶ現代韓国学部、教員養成を含む次世代教育学部の2学部です。

まず、現代韓国学部ですが、芸術学、文化学や韓国語の融合学部と言っていいでしょう。

韓国語やKPOP、そこまで需要があるのか、私は疑問です。

仮にあるとしても、後述するように東京や大阪、福岡・天神などの都市部の方ではないでしょうか。

6月9日付の朝日新聞によると、「語学や留学を軸にした佐賀女子短大の韓国語文化コースに全国から学生が集まっていることに手応えを感じているといい」とあります。

旭学園サイトの情報公開ページによりますと、韓国語文化コースを設置している地域みらい学科は2023年、入学者定員110人に対して志願者数82人、入学者数73人、入学定員に対する充足率66.4%。収容定員220人に対しても在籍学生数152人、収容定員に対する充足率69.1%。

こども未来学科を合わせても、入学定員に対する充足率82.6%、収容定員に対する充足率83.2%。

佐賀女子短期大学・情報公開サイト/「上記以外の情報/収容定員充足率」欄
佐賀女子短期大学・情報公開サイト/「上記以外の情報/収容定員充足率」欄

日本全国の短大は2023年時点で92.0%が定員割れ(私立学校振興・共済事業団調査)なので、佐賀女子短大が飛び抜けて悪い、というわけではありません。

それでも、地域みらい学科は定員割れ状態にあるわけで、朝日記事にある「全国から学生が集まって」はいくら何でも盛りすぎではないでしょうか。

付言しますと、佐賀女子短期大学サイトにある「令和4年度 事業報告書」の8~9ページには令和4年度(2022年度)の入学者数がコース別に出ています。

佐賀女子短期大学・情報公開サイト/令和4年度事業報告書8~9ページより
佐賀女子短期大学・情報公開サイト/令和4年度事業報告書8~9ページより

これによりますと、韓国語文化コースは付属高校3人、一般17人の20人。

これで「全国から学生が集まっている」と言い切れるかどうか、はなはだ疑問です。

そもそも、旭学園サイトの情報公開ページ「教育条件 収容定員充足率」には、地域みらい学科については記載があっても、コース別に何人が志望して何人が在籍しているかは不明です。

さらに言えば、他大学・短大の情報公開ページは通例、その年の5月か、遅くても7月ごろには最新データが更新されています。

それが旭学園サイトでは私が確認したのは2023年9月18日と10月7日。9月時点では最新データが2022年のものでした。10月7日に確認したところ、最新データは2023年のものに。率直に言って、遅いと言わざるを得ません。

この最新データの更新の遅さは、それだけ学生集めが上手く行っていないことを示唆しています。

しかも、データを見る限り、「全国から学生が集まっている」ようには見えません。

◆教育系学部は人気低落傾向

さて、現代韓国学部以外に武雄アジア大学が設置を検討している学部が次世代教育学部です。

次世代教育学部は、小学校教員の養成や、教育手法などを学ぶ学部とのこと。

まあ、要するに教育系学部ということでしょう。

教育系学部は国立大学・教員養成系学部が地元の佐賀大学を含む全国にあります。

それでは私立大学は、と言えば、こちらは全国的に低落傾向にあります。

私学事業団データによりますと、2019年に教育系学部の定員充足率は100.75%、志願倍率は6.77倍でした。その後、下落に転じ、2023年には91.37%・4.67倍となっています。

このように、教育系学部は人気が下落しています。そうした中で新設校に学生が集まるか、疑問と言わざるを得ません。

◆武雄アジア大学構想が厳しい理由・2~立地が悪すぎる

武雄アジア大学構想が厳しい理由、2点目は立地です。

武雄市関係者には申し訳ないのですが、大学としての立地は悪すぎます。

設置予定地は白岩体育館跡地。

白岩体育館跡地の工事現場(2023年10月、筆者撮影)。設置認可が下りれば、武雄アジア大学が新設される予定。
白岩体育館跡地の工事現場(2023年10月、筆者撮影)。設置認可が下りれば、武雄アジア大学が新設される予定。

JR・武雄温泉駅から1キロ圏内で、自転車だと10分程度。すぐ近くにショッピングモールのゆめタウン、それから武雄市図書館などがあります。

周辺に商業施設も多く、武雄市内では好立地と言えます。

武雄市は2013年、日本の図書館では初めて、CCC(TSUTAYA等を運営)社が指定管理者となりました。通称・ツタヤ図書館です。

CCCが指定管理者となり、図書館内にはスターバックスを入れ、開館時間を平日21時まで延長となりました。

その結果、2013年度は来館者数が92.3万人(2012年以前は20万人台で推移)となり、話題となりました(2021年度は75.7万人)。

武雄市図書館(2023年3月、筆者撮影)。
武雄市図書館(2023年3月、筆者撮影)。

その後、ツタヤ図書館は全国に広がっています。

この成功例から大学も、と考える武雄市関係者も多いでしょう。

私はツタヤ図書館を否定的に見るものではありません。

ツタヤ図書館と大学が決定的に異なるのは、前例と競合校の有無です。

ツタヤ図書館は、CCC社が指定管理者となるのも初、スターバックスが館内に併設されるのも初でした。

さらに付言すれば、図書館の前にはゆめタウンという商業施設・大型スーパーや公立の武雄高校などがあり、一定の利用者が元々見込めた、という事情もあります。

その点、大学はどうでしょうか。

現代韓国語学部、次世代教育学部とも佐賀県内外に競合校が複数あります。

「書類」では、こうした競合校のデータを把握した上で、それでもなお勝算があるのかどうか、明記することを設置者に求めています。

◆現代韓国・次世代教育とも、近隣の伝統校が強力すぎる

そこで筆者は競合校が九州エリア、特に佐賀県ないし近隣県(福岡県、長崎県、熊本県)にどれくらいあり、その競合校の人気等のデータについても調べてみました。

現代韓国学部の近隣・競合校

筆者作成/説明は下記に記載
筆者作成/説明は下記に記載

次世代教育学部の近隣・競合校

筆者作成/説明は下記に記載
筆者作成/説明は下記に記載

表について

・旺文社『蛍雪時代 臨時増刊 全国大学内容案内号』2023年版のデータを元に筆者作成

・「武雄市から」は武雄温泉駅から、「佐賀市から」は佐賀駅から、それぞれ大学所在地までの距離(単位:キロメートル/Yahoo!路線情報を使用)

・偏差値は河合塾のもの/BFはボーダーラインが設定できなかった区分を示す

・充足率は各大学の情報公開ページの数値から入学定員充足率を筆者が算出・作成

・偏差値はBFを含む大学を濃いオレンジ、35.0~37.5を薄いオレンジ、45以上をブルー表記とした

・倍率は旺文社本非公開の大学、ならびに、1.5倍以下をオレンジ、2倍以上の大学をブルー表記とした

・充足率は90%以上をブルー、70%台を薄いオレンジ、60%台を濃いオレンジ表記とした

現代韓国学部はKPOPなど韓国文化を学ぶ学部とのこと。

上記のように、福岡大学は順調に学生を集めていますし、偏差値・志願倍率の高さからも人気があることがわかります。

佐賀県内の高校生で韓国語・文化を学びたい場合、成績上位層は福岡大学へ。中下位層であれば、鎮西学院大学、筑紫女学園大学などを志望することが考えられます。

6校合計の入学定員は420人。ここに武雄アジア大学現代韓国学部がどれくらい割って入れるでしょうか。

次世代教育学部は現代韓国学部以上に苦戦が予想されます。

競合校は8校(入学定員955人)もあります。

そのうち、九州エリアの私大トップ層に位置する西南学院大学に人間科学部児童教育学科があります。

さらに、九州エアリアでは教育系学部の伝統校として現在も学生を順調に集めている中村学園大学教育学部も強力なライバルでしょう。

おまけに、同じ佐賀県の私大として西九州大学子ども学部があります。佐賀県東部の神埼市に立地。佐賀市の東に位置するため、佐賀市内の高校生で教育系学部志望、かつ、地元志向でも武雄アジア大学ではなく、西九州大学を選択することが予想されます。

武雄市から西九州新幹線で繋がる長崎県には長崎純心大学人文学部こども教育保育学科が存在。2003年設置の児童教育学科が前身であり、2019年に学科名変更と合わせて共学化しました。

長崎県内の高校生で教育系学部志望、かつ、地元志望ならこの長崎純心大学を選択することが濃厚です。

以上のように、現代韓国学部、次世代教育学部とも武雄アジア大学は近隣に強力な競合校を抱えています。そうした立地で勝負をかけるにはあまりにも分が悪すぎる、と言わざるを得ません。

◆理念先行で廃校となった愛知新城大谷・保健医療経営と類似

理念が先行しすぎて、現実に追い付かないことを私は大学業界の誤謬、と呼んでいます。これは大学新設で過去にも事例があります。

愛知新城大谷大学は社会福祉学部の単科大学として2004年開設。

社会福祉分野の人材養成は2000年代から現在に至るまで需要が追いついていません。その点では大学を新設する意義はありました。

しかし、その新設校の立地は、愛知県の中でも過疎地域である新城市に。県庁所在地の名古屋市はもちろんのこと、豊橋市からもJRで50分離れた立地では学生が集まりません。

結果、2009年に募集停止となりました。

保健医療経営大学は2008年開学。聖マリアグループが母体となり、病院の医療事務を担う人材育成を目的とした保健医療経営学部のみの単科大学です。

病院事務の人材育成は2008年当時も2023年現在も、専門学校が中心です。

それと、立地は福岡県みやま市。博多駅から特急と普通の乗り継ぎで90分近くもかかります。九州新幹線だと築後船小屋駅が最寄り駅でした。それでも、博多駅から新幹線で25分、車で20分程度、45分以上もかかります。

学部の教育内容が専門学校と重複するうえに立地も悪すぎました。

2011年に九州新幹線が開業すると、大学は新幹線定期代の補助を始めます。しかし、それでも学生は集まりません。それどころか、最大でも充足率は65%と低迷。2019年に募集停止となりました。

保健医療経営大学について自治体側は開学当初、16億円の経済効果がある、とそろばんをはじいていました。

来年度の学生募集停止を決めた保健医療経営大(福岡県みやま市)は当初、合併前の旧瀬高町が用地を無償譲渡し、開校する予定だった。当時の町長は660人の学生が集まると想定、学生アパート建設などで約16億円の経済効果を見込んでいたが、07年3月の合併に伴う市長選で無償譲渡に反対した候補が当選、貸与に変更した経緯がある。市議の一人は「開校前から学生が集まるか疑問だったが、その通りの結果になった」と話した。

※西日本新聞2019年5月15日朝刊「地方私大、淘汰の時代に 保健医療経営大 募集停止へ みやま市、来年度以降」より

ところが、定員150人のところ、初年度の入学者は27人。その後、2013年に定員80人に減員してもなお、定員割れが続いていました。

在校生は多い年でも200人を超えていなかったとみられます。当然ながら、経済効果は当初試算の16億円を大幅に下回っていたことは想像に難くありません。

両校とも理念が優先して現実が追いつかず、募集停止・廃校に追い込まれています。

特に保健医療経営大学は九州新幹線が開業し新幹線定期代の補助を出しても、学生は増えませんでした。

このことは、西九州新幹線(長崎~武雄温泉)開業で「長崎からも学生が来そう」と考える武雄アジア大学構想に重なるように見えてなりません。

◆政治介入で審査厳格化の特例も?

ここまで武雄アジア大学構想がいかに厳しいか、ご説明してきました。

繰り返しますが、私は武雄アジア大学構想の推進者の方々と利害関係も含むところも一切ありません。

学部構成があまりにも無理があるので難しいと客観的に考えた次第です。

武雄アジア大学構想に限らず、私立大学新設は2025年以降、ほぼゼロになるでしょう。

今回の審査の厳格化はそれくらいハードルが高く、事実上の締め出し策とも言えるほどです。

これは武雄アジア大学構想だけでなく、他地域の大学新設でも同様です。

大学新設に行き詰まり、その打開策としては政治介入による審査の特例条項設置が考えられます。

すなわち、政治家への働き掛けがあり、その結果、審査厳格化が見直されるというものです。

ただ、文部科学省側としては、審査の厳格化の背景には少子化と不健全経営の私大を排する、という目的があります。この点は、世論も支持するところです。

審査の厳格化について、いくら政治介入があっても、撤廃するところまでは行かないでしょう。

落としどころとして考えられるのが、特例条項です。

具体的には、

「国・政府として人材を増やしたい分野に関連する学部」「通学90分圏内に競合する大学・学部が存在しない」「大学新設後も健全な経営を期待できる資産を有する」

この3条件に該当すれば、審査の厳格化を緩和する、というものです。

「人材を増やしたい分野」は具体的には、理工系、農業系と看護・医療系などが考えられます。

「資産」は、要するに自治体に土地を無償提供させるなどを禁じる、そして、仮に大学が募集停止した場合の廃校までの運営資金(5~10億円)を預貯金等で有する、というものです。

この3条件に当てはまる新設構想であれば、高校生アンケートについて、第一志望を定員と同数ではなく半数とする、などの緩和策が考えられます。

◆武雄に大学を誘致する逆転の一手とは?

政治介入による、緩和策の特例条項付与があったとしても、また数年かかるでしょう。

そうなると、2026年どころか、2028年ないし2030年設置認可分まで、私大新設は難しいのではないでしょうか。

それと、こうした特例条項が作られても、武雄アジア大学構想については無関係です。

「人材を増やしたい分野」「通学圏内に競合校が存在しない」には抵触しますし、資産についても、旭学園は事業報告書等を読む限り、潤沢とは思えません。

それでは武雄市の大学新設が武雄アジア大学構想以外でも100%無理か、と言えばそんなことはありません。

具体的には、県立大学誘致、武雄公立大学構想、武雄医療大学構想、大規模校・医療系大学の学部誘致(4年間)、大規模校の1年次キャンパス誘致、この5点です。

1点目の県立大学誘致は、現在、佐賀県が進めている佐賀県立大学のキャンパスを武雄市に誘致する、というものです。

2023年10月現在、山口祥義知事は県立大学の設置をどこにするかは明言していません。武雄市も候補となるでしょう。県立大学なので、武雄市の財政負担がそこまでかからない点もメリットです。

ただし、県立大学誘致は、山口知事と小松政・武雄市長の関係性から疑問です。

山口知事は2015年の佐賀県知事選挙に出馬、当選しました。

この知事選の対抗馬が樋渡啓祐・武雄市長(当時)。選挙時は樋渡候補が自由民主党、公明党が推薦し、激しい選挙戦となりました。

そして、樋渡候補が知事選出馬に伴い、武雄市長を辞職。後継候補として当選したのが小松市長です。

2015年、選挙カーで回る小松政・武雄市長候補(2015年1月、筆者撮影)。
2015年、選挙カーで回る小松政・武雄市長候補(2015年1月、筆者撮影)。

現知事の対立候補の後継が現市長であり、この点だけでも県立大学誘致は他の自治体に比べて難しいと考えられます。

2点目の公立大学構想は、武雄市または近隣自治体の共同で運営する、というものです。

公立大学であれば、国公立合格者を増やしたい高校からの受験が期待できます。また、受験生やその保護者も、得体のしれない私立大学よりも公立大学の方に安心感を持ち、出願します。

運営費も事実上、国の税金が投入されるので、自治体負担はそこまで大きくはありません。高知工科大学、山口東京理科大学、長岡造形大学、旭川大学など10校が私立大学から公立大学に転換した背景にはこの財政負担の軽さも影響しています。

この武雄公立大学構想、問題点は学部構成の再検討、そして、校舎の建設費用などの負担です。

公立大学でも、学部は何でもいい、というわけではありません。

さらに、いくら公立大学運営に国の税金が投入されるとは言え、それはあくまでも運営についてです。キャンパス整備や校舎建設などは自治体側の負担です。

建設費が高騰している中で、その財政負担に耐えられるかどうかが問われるでしょう。

3点目の武雄医療大学構想、これは私立大学としての開設です。医療系学部であれば、看護師や理学療法士など佐賀県でも人不足が続いています。佐賀県西部には看護・医療系の専門学校はありますが、大学は皆無です。武雄市に新設する意義はありますし、学生も一定数、見込めます。

もっとも、審査の厳格化で医療系大学だったとしても、現状では新設が難しいのは上記の通りです。

4点目の大規模校・医療系大学の学部誘致、実はこれが一番、実現性があります。審査の厳格化は大学新設についてであって、学部新設はまだそこまで厳しくありません。

学部新設についても厳格化が2025年認可分から導入されました。ただ、こちらは、定員充足率の低い大学(5割未満)が新設できない、というものです。

大規模校や医療系大学が学部を本キャンパスと離れた地方に新設することについては問題ありません。

九州エリアでも、国際医療福祉大学大川キャンパス(福岡県大川市/福岡保健医療学部〈2005年〉、福岡薬学部〈2020年〉)、近畿大学福岡キャンパス(福岡県飯塚市/産業理工学部〈1966年〉)、帝京大学福岡キャンパス(福岡県大牟田市/福岡医療技術学部〈2005年〉)、東海大学熊本キャンパス(熊本県熊本市/文理融合学部〈2022年〉、農学部〈1980年〉)などの例があります。

知名度のある大規模校の学部を誘致すれば、大学新設の面倒な手続きはすべて飛ばせます。もちろん、学部新設はこれはこれで大変ですが、高校へのアンケート調査などは無関係となります。

大規模校はそのほとんどが知名度の高さを誇るブランド校です。受験生からすれば、知名度が高い分、新設であっても選びやすくなります。

医療系大学はブランド校ほど知名度が高くなくても、看護・医療系学部であれば学生が集まりやすいことは前記の通りです。それと、看護・医療系大学はその多くが病院なども合わせて経営する医療法人が母体となっており、運営資金には安心感が持てます。

ただし、ブランド校の学部誘致をしても、学生の集まりが悪いと、立地のいい都市部へ移転するリスクがあります。この点は「地方が大学に逃げられる日~北海道医療大学・ボールパーク移転を例に考える」でまとめた通りです。

5点目の、1年次キャンパス誘致、これは4点目の大規模校誘致の変化球です。武雄市に限らず、どの地方でも、東京や大阪の受験生とその保護者からすれば、「4年間、地方で過ごすの?」と躊躇してしまいます。

その点、1年間だけ武雄市(または北海道でも九州でもどこでも)、というのはどうでしょうか。海外留学ならぬ国内留学となるわけで、2~4年次は東京(または大阪)の本キャンパスに戻る、これについて、「4年間、地方は嫌だけど1年なら変化もついて面白そう」と考える高校生やその保護者は一定数、出てきます。

そして、1年間だけ地方キャンパスで過ごす、という教育手法はすでに東京理科大学が実施しています。

1987年に基礎工学部を開設した際に、1年次の教養課程を北海道・長万部キャンパスで実施。2~4年次は東京の本キャンパスに戻る、というものでした。

1年生のみ、しかも全寮制で、サークル活動でも何でも何かをしようと思えば、同級生同士で進めるほかありません。

この教育手法は大学内外ともに評価が高く、基礎工学部の改組後も、経営学部国際デザイン経営学科に引き継がれています。

この1年次のみ別キャンパスという手法は来春開設予定の宝塚医療大学観光学部でも導入予定です(1年次は宮古島キャンパス)。

1年次キャンパスの誘致であれば、大学側の負担もそこまで大きくはありません。学部をわざわざ新設しなくても、東京理科大学のように学部の一部学科を改組して、その学科のみ、武雄キャンパス、という扱いにすれば済みます。

4年間学ぶ大学・学部よりも経済効果は小さなものになりますが、その分だけ、自治体側にとって撤退リスクも運営費も低く済む、というメリットがあります。

さらに、軌道に乗れば、他大学の1年次キャンパスを別に誘致。そうすれば、2~3校で教養課程の共通化が図れます。最初に誘致したのが観光系学部であれば、次は農学部、次は経営学部…、としていけば、同じ1年生同士の交流も生まれていくでしょう。

学生が1年生だけとは言え、定住すれば、アルバイトの供給先にもなります。

武雄市の場合、観光需要が高まっている自治体なので、アルバイト学生が増加することは市の観光・経済界関係者も歓迎するはずです。

以上の5点、武雄市が武雄アジア大学構想以外で取り得る大学誘致策となります。

実現可能性としては、1点目(県立大学誘致)は5%未満、2点目(武雄公立大学構想)は10%程度。

3点目(武雄医療大学構想)は現状では10%程度(審査厳格化の特例条項新設後は20%程度)、4点目(大規模校・医療系大学の学部誘致)は30~40%程度。

5点目(1年次キャンパスの誘致)は30~50%程度、と考えます。

◆私大新設は内容も立地も問われる時代に

いずれにせよ、武雄アジア大学構想は現状のままでは2026年開設どころか、審査の厳格化の影響で立ち消えとなる可能性が高い、と言わざるを得ません。

審査の厳格化は大学新設を希望する学校法人に高いハードルを課しています。

仮に今後、緩和による特例条項が付いたとしても、それでも、立地や学部の内容、競合校の分析などを課される点は変わりありません。

立地や学部内容、競合校の分析などは、民間企業で言うところのマーケティングリサーチです。

TSUTAYAを運営するCCCが武雄市図書館の指定管理者を引き受けたのも、CCCがマーケティングリサーチをして勝算あり、と踏んだからこそです。

民間企業や図書館と大学では事情が異なる、という人もいるでしょう。確かに大学は高等教育研究機関であり、全てビジネスの論理と同じとするのは無理があります。

もっとも、ビジネスの論理を無視しすぎるのも考えものです。実際に、立地の悪い大学が募集停止・廃校となる、あるいは、都市部に移転していますし、あるいは学生集めに苦戦しているところも多々あります。

審査の厳格化(文科省『書類』)は現状のものがベスト、とは思えませんが、それでも、数字の操作などが簡単にできた一時期よりは、はるかにましです。

武雄アジア大学構想の関係者は、「佐賀県に大学を増やす」という理念よりも、武雄市に武雄アジア大学構想が適当かどうか、今一度、立ち返ることをお勧めします。

最後に、武雄アジア大学構想の中で「大学設置は地方創生のエンジン」とあります。

大学取材21年の私からすれば、その通りになる大学もあれば、そうでない大学もあることを熟知しています。

付言しますと、ジェットエンジンや自動車を製造するイギリスのメーカーにかつて、ロールス・ロイスという会社がありました。同社はエンジン開発の失敗などにより、1971年に経営破綻・国有化されています。

このように民間企業の歴史を紐解いていくと、同じエンジンでも良質なエンジンを製造するメーカーもあれば、不良品を出して売り上げの落としたメーカー、潰れたメーカーもあります。ひとくくりに「エンジン」とまとめるのは、いかがなものか、と考える次第です。

地方自治体は単に「エンジン」とありがたがるだけでなく、その「エンジン」の見極めも必要な時代になっているのです。

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計31冊・65万部。 2023年1月に『ゼロから始める 就活まるごとガイド2025年版』(講談社)を刊行予定。

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